第5話 巨大キノコ(たべられません)
ナナミに再び飛んでもらい、空から私たちを誘導してもらう。
索敵や偵察のために鳥型モンスターをテイムする人はいる。
ただナナミはそれに加えて攻撃も会話もできるというのが大きい。
そもそもモンスターが人と会話できるという時点で前代未聞なのだけど。
しばらくナナミの指示で移動していると、赤い大きな傘を発見。
はぐれマイコニドは私の想定以上の大きさで、私たちの中で一番背の高いノーマンさんでも見上げるサイズ。
だけど魔力はあまり感じないから、強すぎタイプではない。
多分だけど、育ちすぎたのが原因で追い出されたんじゃないかな。
「あんな太くて大きいの、私の口には入らないや」
食べるつもりは毛頭ないけど。
一見してキノコっぽいというか、キノコそのままな見た目のマイコニドだけど、味はやっぱりモンスターらしく臭味とエグ味がひどいらしい。
ついでに毒を持っている可能性があるとなれば、それはただの邪悪な存在でしかない。
……男性陣が目線を逸らしてるけど、なに?
「ルーネちゃんは気にしなくてもいいのよ~、ホント」
「はあ……?」
「ところでルーネちゃん、戦闘で有利を取るには、どうするべきかしら?」
「相手に気づかれずに間合いに入る。
そのためには、においで気づかれないように風下から接近する……んだけど、マイコニドの風下にいると毒胞子が飛んできそうですよね」
「実際飛んでいるわよ。あいつの横を通る蝶を見ててごらんなさい」
ミリアムさんの言うとおり、マイコニドの近くを通る蝶を観察。
すると次々と蝶が力なく墜落していく。
毒か麻痺か、とにかく危険な胞子を振りまいているのは間違いない。
デリックさんの指摘通り、事前に解毒薬を買っておいて正解だった。
「風下からの接近は危険。風上からも気づかれるので危険。
となると……横から?」
「私たちにはそれが正解でしょうね。
ちなみに風の魔法で胞子を抑えるっていうテクニカルな方法もあるわ」
「属性魔法は【変質者】の影響があって難しいから、今回は使えませんね」
私のこれからの旅でも、これが一番問題になる。
今のうちに対処法が見つかればいいんだけど。
そう思っていたら、アリシアさんとミリアムさんが小声で相談を始めた。
そしてその輪に私も引きずり込まれた。
「ルーネちゃん、改めて【変質者】の説明してくれないかな?
具体的に、何がどう変わるのか」
「王立研究所で言われたのは、魔力の質そのものが変化するって。
だから魔力自体を必要とする補助とか回復魔法には影響が少ないけれど、魔力の質が重要になる属性魔法は大きな影響を受ける。
学校で最初みんなが魔法を失敗していたのは、この変化に対応できなかったからだって言われました」
「あ~、つまりフィールドエフェクトと同じなんだ」
フィールドエフェクトとは、場所による魔法への影響のこと。
魔法の属性は、攻撃魔法ほど重要になる。
例えば火山の近くだと火属性魔法が強くなり、海だと水属性魔法が強くなる。
ある程度魔法の行使に慣れてしまえば些細な違いでしかないけれど、最初のうちはその些細な違いで失敗する。
ただし【変質者】の場合、厳密には魔法が発動した瞬間に属性が変化してしまうので、本来の詠唱や魔法陣で魔法が使えてしまう。
だから火の魔法陣から水の魔法が出てきたり、風魔法なのに炎上したりする。
ため息交じりにそう説明すると、二人は自信あり気に問題ないと言う。
詳細を聞こうとしたところで、しびれを切らしたデリックさんに急かされた。
私も含めて戦闘態勢を取るが、ナナミは一旦上空待機にしておく。
今回はミリアムさんとアリシアさんが前に立った。
「要するに、魔法は撃てるのよね」
「だったらやることはひとつ!」
妙に楽しそうな笑顔。
二人が揃ってマイコニドへと手をかざし、魔法陣が浮かび短縮詠唱で攻撃開始。
だけどその数がおかしい。
「炎よ炎よ炎よ炎よ炎よ!」
「水よ水よ水よ水よ水よ!」
乱発される詠唱とは関係なしに飛び出す、様々な属性の魔法たち。
傍から見れば『わー綺麗ー』と言えるのかもしれないが、すぐ近くだと圧倒という言葉しか出てこない。
そんな呆気に取られる私を置き去りにして、デリックさんとクラウスさんも飛び出しはぐれマイコニドに剣を突き立てる。
私が正気に戻った時にはすでに、はぐれマイコニドは倒され灰へと変わっていた。
どれほどの戦闘時間だったか全く覚えていないが、私に一切の活躍の時間がなかったのだけは、間違いない。
「私の受けた依頼なのに、皆さんが倒しちゃいましたね」
協会への道中にそう苦笑い。
ナナミも苦笑いしており、考えることは一緒のようだ。
そんな私たちに、アリシアさんがなぜあのような戦い方をしたのか教えてくれた。
「たぶんルーネちゃんとナナミちゃんだけでもあれは倒せたよ。
というか、下水道でのゴブリン戦を考えると楽勝なんじゃないかな」
「じゃあなんで?」
「正直に言えば、【変質者】を試してみたかったから。
ルーネちゃんはもう覚えてないと思うけど、学校ではタイミングが合わなくて、私だけ【変質者】の影響を体験してないんだよ。
だからミリアムを誘って、盛大に魔法を連発させてもらったってわけ」
「本当に不思議よね。失敗も暴発もせず、詠唱した魔法とは別の魔法が飛び出すなんて。
楽しい体験をさせてもらったわ」
そう一言付け加えて、ミリアムさんは笑顔でウインク。
つまりは二人が、特にアリシアさんが【変質者】を体験したかったから。
これには私たちのほかに、男性陣も苦笑い。
協会に着いて、受付に依頼書と冒険者カードを提出。
達成確認はその場ですぐにしてもらえたけれど、報酬の用意に少し時間がかかる。
なぜかというと、依頼者に確認を取るため。
荷馬車の護衛を例に挙げると、荷馬車自体は無事だけど荷物を一部盗まれた場合は減額されるし、想定以上の活躍を見せれば増額や、専属としてスカウトされることもある。
今回は依頼者が町長さんだから、書類の確認程度で終わるはず。
……呼ばれた。予想通りあまり待たなかった。
「それじゃあ山分けで、銀貨八枚と……」
「いや、俺たちはいいよ」
「え? でも」
「いいからいいから。それは旅の足しにしな」
申し訳ない気持ちと、得をしたという気持ちが半々。
そんな私を尻目に、デリックさんがもう一つ行くかとやる気を見せる。
時刻はまだお昼。
本来の目的である、私たちの実力を測るという目標がうやむやになってしまったし、稼げる時に稼いでおきたい気持ちもある。
またもや決断は私に委ねられたので掲示板を眺めて考えていると、ナナミにツンツンと突かれた。
「マスター。つぎは、かれらにえらんでもらったら、どうでしょうか?」
「確かに、実力のあるデリックさんたちのほうが、私たちの実力が測れる相手を見繕いやすいかもね」
たぶんデリックさんたちは、まずは自分でやらせて考えさせる派。
だったら次は頼んでもいいはず。
それも含めてすべてを私に委ねているのかもしれないけど。
早速ナナミの提案を採用して、次はデリックさんたちに選んでもらう。
難色を示すかと思いきや、迷いなく机に置いてある依頼書を取るデリックさん。
この依頼書は他とは違って木の札なので、恒常依頼だ。
「最初から目を付けてたんでな。マーモルースの討伐だ。
一匹につき銀貨四枚、割は悪くない」
「マーモルースってたしか、マイコニドの親戚ですよね。
小型で無毒だけど、数十匹単位で群生するっていう」
「おう、正解だ。
これなら買った薬が無駄にならないし、多数相手の練習にもなる。
まー俺の見立てでは、これでもまだまだ楽勝だろうけどな」
またキノコ。当然食べられない。
場所は王都方面の森で、街道からは少し離れている。
つまり、ナナミの飛行能力が制限されるフィールド。
私の指示が需要になりそうだ。
ということで森に到着。
遠く微かに町が見える距離で、街道はこの森を迂回するように作られている。
昔はオオカミ型モンスターが多く生息していたけれど、人通りが増すのに比例して被害も増えた結果、王の勅命で一斉討伐されたらしい。
その後に森の支配者となったのが、これから討伐するマーモルース。
基本的には森に迷い込んだ小動物や、牛や馬や鹿などを捕食するモンスターで、積極的に人を襲うタイプではない。
だけど数が増えれば被害も増えるわけで、ホカンドの町では恒常依頼としてこのマーモルース討伐依頼が出されている。
「依頼目標は二十五匹以上だけど、僕たちの経験上、マーモルースは少なくても三十匹以上のコロニーを作る。
時間的に長居もできないから、見つけ次第倒していこう」
「うん、分かりました。ナナミもいいね?」
「はい、マスター。それとクラウス」
ちゃんとクラウスさんにも返答するとは、えらい子だ。
森の中は、高い草はないもののあちこちに苔とキノコが生えており、歩きにくくはないけど滑りやすい。
間もなく、まだ森に入って少しなのに、私の魔力感知に反応あり。
それだけ数が多いという証拠。
ちなみにテイムできそうな反応もあるけど、目的もなくやみくもにテイムするのは愚行なので、今回は関係なく倒す。
「今回のメインはルーネちゃんだ。俺たちはサポートに回る」
「分かりました。ナナミ、行ける?」
「もんだいありません、マスター」
ナナミの表情は、いいところを見せたくてうずうずしているようにしか見えない。
テイマーだから余計にそう感じるのかも。
ともかく、ここからは私たちの実力が試される。気合を入れて行こう。
いた。
と同時に飛び出そうとするナナミの頭を押さえつけて待ったをかける。
数が多い敵に何も考えずに突っ込むのは、ただの馬鹿。
そう言うと、叱られたと思ったのか、それはもうめちゃくちゃ分かりやすく落ち込むナナミ。
その姿に笑いそうになっちゃったけど、笑うと相手に気づかれるから抑える。
戦闘では、敵の戦力を把握して、常に自分が有利になるように動く。
これが重要。
ナナミが飛び出そうとしたのは、クラウスさんが見つけ次第倒そうって言ったのを、見つけたら即攻撃だと勘違いしたんじゃないかな。
数は結構いる。たぶん三十匹くらい。
近くに別のコロニーの気配はないから、増援はないと考えていい。
見通しは悪いけど、地下下水道でゴブリン相手に立ち回ったナナミなら大丈夫だと思う。
あとはどう戦術を組み立てるか。
学校でも戦術は学んだから、脳筋突撃戦法はしない。嫌いじゃないけど。
「……よし、決めた。
クラウスさん、コロニーの周りを走ってくれませんか」
「いいけど、何故だい?」
「キノコ型モンスターって振動で相手を探知するから、クラウスさんにマーモルースの意識が行っている隙に、ナナミを飛ばして後ろから削っていきます」
「なるほど、僕は囮か」
すみませんと謝ると、それが斥候の役割だと笑ってくれる。
デリックさんたちも「いつものだな」と言っているので、私の作戦は正解のようだ。
作戦が決まり、さっそくクラウスさんが動く。
まずは振動を与えないように慎重に。
ある程度私たちと離れたら、足音を立てて走る。
この足音が私たちへの合図にもなる。
私はナナミに……試しに思念で伝達。
テイマーとテイムモンスターは魔力による繋がりが出来ており、言葉を交わさなくても意思を伝えることができる。
この遠隔思念伝達能力をテイマー用語で【コンタクト】と呼ぶ。
今回はその練習だ。
当のナナミが小声で「わかりました」と言ったので、ちゃんと伝わったようだ。
足音が聞こえて、マーモルースたちが一斉にそちらに向いた。
『ナナミ、行って』
口に出さずに出した指示に、ナナミは即座に反応して翼を広げて攻撃を開始。
周辺警戒をしつつ見守ってくれていたデリックさんたちも、私の横に来て臨戦態勢を取っている。
けれどデリックさんたちの出番はないように思える。
作戦が当たり、マーモルースはすぐ近くにいるナナミを探知できていないし、ナナミの剣が一撃でマーモルースを倒しているからだ。
「サクサク倒せてる」
「マーモルースだと俺でもあんな感じだぞ。
ただ、飛べるっていうアドバンテージはでっけーな。
全く気付かれる様子がない」
ドサリと倒れた振動で、ようやく隣の個体が気付く。
そんな状態なので、本当に驚くほどサクサクと倒せてしまっている。
それだけの余裕があるので、ナナミも翼を木に引っ掛けるような下手を打つことなく、きっちり仕事をこなしている。
私の仕事は……うん、無い。あーいや、あった。
『ナナミ、左奥に一匹いる。そう、そっち』
コロニーの中心から離れている個体を見つけて、その情報をナナミに渡す。
これが今できる私の仕事だ。
その夜。
マイコニドとマーモルースの群れを討伐して、私の懐も少しだけ温まった。
夜はそのお金で私が一品おごり、みんなで楽しく食事だ。
キノコ料理は、無いです。
「ほんじゃー本日も無事過ごせたことを祝して、カンパーイ!」
今日の体験で、デリックさんのこの言葉がどれほど重いものなのかを知った。
デリックさんたちと別れてからは、私がナナミや今後テイムするモンスターたちのリーダーになる。
つまり私の指示ひとつで、何人も死ぬことになるかもしれない。
……気負いすぎず、適度な緊張感を持つ。
思わず「難しいな」と口から漏れた。
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