第4話 最初の依頼

 ひとしきり泣いて、落ち着いた。

 静かに見守ってくれていたデリックさんからは、お互いを頼りすぎないようにと釘を刺されたけど。

 頼るところは頼って、自分で考えるところは自分で考える。

 それと子供の面をもっと出せっていう意味もあるのかな。

 正直なところずっと年上の人の目を気にしてきたから、今更子供っぽくなれと言われても、何をどうすればいいのか分からないけど。


「きっかけはあったんだ、あとは時間が解決するだろうよ。

 んで話を戻してだ、ガー子の名前、結局どうする?」

「どちらにしても私にセンスがないのは事実なので……」


 とは言うものの、全身全霊で期待の眼差しを私に向けるガー子を見たら、他人やガー子自身につけてもらうのは無理だ。

 だったらせめて、名づけのヒントをもらおう。

 そう思ったのだが、デリックさんは直感派で参考にならず、ノーマンさんは無言で首を振る。

 ミリアムさんは見た目派、アリシアさんは過去のペットや知り合いを捩る、そしてクラウスさんは地域名を捩る。

 正直なところ、ちゃんとヒントに出来そうなのはクラウスさんだけかなと思う。

 だとすると、ガー子をテイムしたヒナナミ遺跡から名前を頂くか。


「ヒナナミ遺跡……ヒナは可愛いけどガー子のイメージじゃないし、ナミも石のモンスターには似合わないなぁ。

 となると三文字にして、ヒナナ……ナナミ……?」


 その瞬間、私にお任せの姿勢だったガー子の眉が動いた。

 気に入ったのならば、それ以上私が口をはさむ必要はない。


「よし決めた。あなたの名前はガー子改め、ナナミ」

「はい。わたしはナナミです。これからよろしくおねがいします。マスター」


 若干誘導された気がしないでもないけれど、ナナミが嬉しそうだからいいか。

 代わりにナナミのお腹の虫が鳴いたけど。

 ちなみに名前を付けたら進化するみたいな夢物語はない。

 利点としては、魔力と知識の提供が簡単になるくらい。


 七人で食事を終え、乗合馬車で次の町へと出発。

 ゆっくりだけど喋れるようになったナナミとの会話は、ぎこちない。

 なにせ相手は何年前からそこにいたのか分からないガーゴイル。

 分かったことと言えば、装備が脱げるのと、暑さ寒さに平気なのと、羞恥心が全くないことくらい。

 そうそう、ナナミの胸にある緑の魔石だけど、プロテクターに付いているのかと思ったら、ナナミ自身に埋め込まれていた。

 魔石なので魔力の源になっているんだろうけど、本人も首をかしげていたから細かくは分からない。

 そして本人が分からないことを私たちが分かるはずもない。




 陽が落ち切ったころ、ようやく次の町【ホカンド】に到着。

 宿は二部屋しか空いていなかったので、男女で分かれる。

 ナナミは何を言うでもなく私たちの部屋へ。

 その所作から、どうやら私の守護者を気取っているみたい。

 ほかの二人が少し妬いていたけど、一緒に守ると言われてまんざらでもない様子。


 夕食を終えたところで、ホカンドでの行動で相談があるという。


「ルーネちゃんたち、今後も冒険者としてやっていくんだったら、この町で冒険者ってものに慣れておいたほうがいい。

 要はいくつか依頼をこなすべきって話だ。

 王都の冒険者協会には遠方からも大量の依頼が舞い込む。

 駆け出しが山のような依頼書の中から自分たちの実力に見合った依頼を見つけるのは、ゴブリンの群れを倒すより難しいぞ。

 経験者が言うんだから、間違いない」


 経験者?

 と聞いたら、デリックさんも駆け出しのころに分不相応な依頼を受けて大失敗したという。

 その時に作った借金の額を聞かされて真顔になった。

 ナナミも真顔になったので、たぶん金銭感覚は私と共有している。

 これも名付けの効果かな。


 そして翌日。

 大きな町に似合わない小さな冒険者協会に到着。

 五人は選択は私に任せると言い、ナナミも私に任せるだろう。

 肝心の依頼内容は、モンスター討伐ははぐれ中心。他は薬草採取や失せ物の回収が中心。

 はぐれモンスターは大抵一匹だけで狙いやすいけど、群れから追い出されたのか、群れを必要としないのかで、実力がまるっきり違ってくる。

 逆に群れの討伐は規模さえ分かれば必要な戦力も測りやすいけれど、そもそも必要な戦力が多い。

 薬草採取は町に近ければ危険も少ないけど、森の中に入る必要がある場合は一気に危険性が上がる。

 失せ物の回収は……まだ私にその覚悟はない。


 群れを相手にするには私たちの実力が測れていない。

 モンスターとの遭遇がある薬草採取も同じく。

 となると、撤退が容易なはぐれ討伐が一番かな。

 その中で手ごろなのは……マイコニド討伐。

 マイコニドは人の背丈ほどある歩くキノコ。

 目が無くて縦に開く口、扇のように平たい手足が生えたモンスターで、強さはゴブリンとオークの中間くらい。

 そしてはぐれのタイプとしては、場所的に森を追い出された個体だろう。

  依頼者は町長さん。報酬は銀貨五十枚。

 はぐれ討伐の依頼料としては安いけど、倒しやすい相手だと思おう。


「皆さんがいいのならば、はぐれマイコニド討伐をしようかなと」

「聞く相手は俺たちじゃないぞ」

「……ナナミ、いい?」

「はい、だいじょうぶです」

「嫌なら嫌って言ってくれて構わないからね?」

「いやじゃないです」


 一応念を押したけど、ナナミはやる気のようだ。

 掲示板から依頼書を取り、受付に冒険者カードとともに提出。

 承認されたら依頼書に判が押されるので、これを持って依頼を遂行。

 達成したら再び依頼書と冒険者カードを提出し、確認され次第報酬が支払われる。

 この流れは、ルタードの冒険者協会に道具を卸す手伝いで何度も見ている。

 ちなみに冒険者カードには、依頼達成の可否が分かる特殊な魔法がかけられているので、嘘をついても無駄だし、一発で冒険者登録抹消が確定する。


 早速依頼をこなそうと、私もナナミも張り切る。

 しかしデリックさんに止められた。


「相手が何者だろうと、準備は万全に、だ。

 特にルーネちゃんは魔力特性がどう作用するか分からないんだから、慎重過ぎるってことはないだろう。

 例えば今回のはぐれマイコニド討伐、相手に変化が生じて毒や麻痺の攻撃をしてきた場合、それに対処できる準備はあるか?」

「……ない、ですね」

「だろう?

 それに今回の依頼には期日がない。

 旅の目的があるから急ぐ気持ちも分かる。だが何事にも余裕を持って臨むのが、達成への近道ってもんだ」


 私はアイテムチェストの魔法が使えるのだけど、回復や毒の治療などは薬ではなくて、魔法で代用するつもりだった。

 【変質者】が回復魔法には影響しないからこその選択肢だったのだけど、もしも回復魔法も変質してしまった場合、最悪の事態もありえる。

 そう考えると、今の私はあまりにも準備不足だ。

 つくづく自分の考えが甘いのだと思い知らされる。


 反省もそこそこに、町でお買い物。

 周囲の人がナナミを見てどう反応するか、あるいはその逆が気になっていたのだけど、期待外れの時間が過ぎている。

 見た目が人間だと、たとえ背中に翼があっても誰も気にしないのだ。

 あるいは男性限定だが、ミリアムさんとアリシアさんが視線を吸収しているのかも。

 私に視線が来ないのは……胸か? 胸なのか!? 将来性は一番なんだぞ!


 などと心を荒ませながら準備完了。

 購入したのは回復薬、各種治療薬、デリックさんのお勧めで煙幕玉と、ひもを引っ張るタイプの打ち上げ照明弾。

 デリックさん曰く、どちらも逃走する時や、敵の隙を作るときに便利だそう。

 使えるものは何でも使う。ボロいリュックでも振り回せば武器になる。

 それくらいしないと冒険者はやっていけないと、五人が口を揃える。

 五人に会わなかった世界の私は、果たして何日生きていられるのだろうか……。

 そう思い恐怖心が湧いたのだが、同時にそれも看破され笑われてしまうのだから、私が五人に勝てる日は来そうにない。


「気負いすぎず、適度な緊張感をもって臨む。これが出来れば新人卒業だよ」

「壁、高くないですか?」

「ははは。かもね。

 だけど命を守るためには必要なことだからね」

「誰かを守るためには必要なこと……」

「違う。誰かじゃなくて、自分だよ」


 クラウスさんのこの言葉で気づいた。

 デリックさんたちからのアドバイスは、全部私が私を守るための言葉だ。

 自分の実力を把握して、事前の準備を怠らず、緊張感を常に持ち、しかし気負いすぎず、周囲を見渡せる程度の余裕を持つ。

 ……深呼吸をして、心に刻み込む。


「マスターは、わたしが、まもります」

「うん、頼りにしてる。だけどこれは、私が持つべき気概だから」


 私がそう笑顔で返すと、ナナミは深く頷き、さらにいい笑顔で返してくる。

 本当に分かっているのか不安になるほどの笑顔。

 大丈夫……だよね?




 はぐれマイコニドの目撃情報があった、森に近い草原に来た。

 王都とは別方面に行く街道が森に突き刺さっており、馬車の護衛依頼が恒常依頼として張り出されていたのを思い出す。

 一方の草原は、穏やかな風が吹き抜けていて平和そのもの。

 この平和な草原のどこかで、はぐれマイコニドが徘徊しているはず。


「地図ではここら辺で目撃されていますけど……いない感じ?」

「相手だってずっと同じ場所で突っ立っているわけじゃないからね」

「それもそうですね」


 アリシアさんの言葉に納得。

 探し出すのに骨が折れるタイプの依頼だったのかな。

 見回す限りモンスターの影はないので、焦らずにやって行こうか。

 モンスターも昼間に見通しのいい草原に出てくることは滅多にない。

 人気のない荒野か、それこそはぐれ個体でもない限り。


「マスター、そらから、さがしますよ?」

「あ~! その手があった!

 それじゃあ私たちからナナミが見える範囲で、空から探して」

「はい。いってきます」


 もっと浮かぶように飛ぶのかと思ったら、勢いよく一直線に飛んで行った。

 元の姿だと悪魔の翼を羽ばたかせていたけれど、今のナナミは翼を広げた後はほとんど動かさずに飛んでいける様子。

 そもそもが翼で飛んでいるわけじゃなくて、魔法で飛んでいるのだろうけど。

 一方のこちらは、ミリアムさんが飛行魔法に興味を示し、アリシアさんに危険だからと止められている。

 実際、人間が使える飛行魔法はある。

 だけど常に魔力を消費するし、それを魔石で補っても魔力と姿勢の制御を同時にこなす必要があるので、現実的ではないらしい。

 それを容易くやるのだから、さすがモンスターということなのだろうか。


 無いとは思うけど、ナナミが逃げ出さないように見守っている。

 はぐれモンスターの中には、元テイムモンスターもいる。

 テイマーが死んだり、逃げ出したり、見捨てられたり……。

 少なくとも私は、後者にはならない。

 ……家族のいなくなった私が、彼女を同じ目にあわせるだなんて、神様の正体が悪魔だったとしても、絶対にない。


 ナナミが私たちの頭上に来た。

 何かを言っているけれど、距離があって聞こえない。と思ったら腕を振って方角を示した。

 その方向は、ホカンドの町の方向。

 まさかとは思うけど、確認のため手を振って下りてくるように指示。

 着地は元が石像だとは思えないほど優しくて、逆に驚き。


「マイコニド、いました。

 ここからまちにむかえば、みつかります」

「町に入ろうとしているってこと?」

「うーん? たぶん、まいご」


 迷子。

 その一言に、討伐に対する罪悪感が少しだけ芽生える。


「今倒さなかったとしても、どうせ数日後には誰かに倒されるわよ」

「……ですよね」


 なぜミリアムさんに私の心情が分かったのかと言えば、思いっきり顔に出たからだろう。

 ともかく、はぐれマイコニドを追おう。

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