第3話 ガーゴイルだから、名前は
ヒナナミ遺跡で偶然隠し通路を発見し、通路の先にいたガーゴイルをどうにかテイムに成功した私。
だけどテイムしたガーゴイルは【変質者】の影響で、まさかの女の子に姿を変えてしまった。
何度か深呼吸をして動揺を抑え、コンタクトを開始。
「えっと、言葉は分かる?」
(コクリ)
「私の仲間になったっていうことで、いいんだよね?」
(コクコク)
意思疎通は可能。
言葉は話せないのか、今は話したくないのかは分からない。
……テイマーって、テイムしたモンスターと魔力で繋がるから、モンスターの考えていることも分かるようになるはずなんだけど、今のところその気配がない。
やっぱり失敗しているのでは?
「おい、まだか!」
冷静に混乱している中で、デリックさんの怒号に近い声が聞こえる。
そしてガーゴイルもその声を気にしている様子がうかがえる。
ここはひとつ、試してみよう。
「よし、君にはさっそく活躍してもらうよ。
通路の先にいるモンスターを倒してきて!」
(コクリ)
私の指示に頷いて、ガーゴイルの……ガー子(仮称)は背中の翼を広げ、狭い通路に引っ掛かりつつ、モンスターを倒しに向かった。
一瞬【変質者】の影響で飛行魔法が壊れるのではと思ったが、属性が関係なければ影響も少ないらしく、ガー子の飛行魔法も属性依存ではない様子。
私も監督するので続き、あぜんとしていたアリシアさんとクラウスさんも我に返り戦闘に加わる。
通路から出ると、さっそくガー子が活躍している光景が飛び込んできた。
飛ぶには狭い地下下水道を、壁を蹴りながら縦横に動き回り、溜まりに溜まったゴブリンを次々倒していく。
明かりはあるがそれでも暗い地下下水道に、緑の残光が綺麗だ。
その様子を見て、ミリアムさんが一息ついている。
「ふう、どうにかなりそうね」
「なんでこんなにゴブリンがいるんですか?」
「トレインしまくった愚か者がいたのよ。
本人は出口を探して逃げてたって言ってたけど、だったらもっと頭を使いなさいってのよ、まったく」
トレインというのは、モンスターがモンスターを呼ぶ状態。
今回はそれに加えてモンスターの群れを他者に押し付けるという、最低の行為も犯している。
当然これらはすべて望ましくない危険な行為なので、今回ゴブリンの群れを私たちに押し付けた冒険者は、冒険者登録の抹消処分だろう。
「ところであの子は誰?」
「変質したガーゴイルです。たぶん」
「まさか。確かにモンスターはその土地の魔力の影響を強く受けるけど、ああはならないでしょ」
「あはは、私も信じられません」
ミリアムさんとお互い苦笑いしていると、ゴブリンが散り散りに逃げていくのが見えた。
戦闘終了のようだ。
念のため心の内でガー子に戦闘終了を告げると、聞こえたかは分からないけど帰ってきて、律義にも私を守るように横に並ぶ。
表情が硬いのは、元が石のモンスターだからかな?
「弱いゴブリンでもあれだけ群れると危なかったな。
ところで……色々気になることはあるが、部屋の中は物色したのか?」
「あ、忘れてた」
クラウスさんとアリシアさんが小走りで宝箱チェックへ。
罠はアリシアさんが魔法で看破できるらしいので安心。
中身は六等分できればよかったのだけど、紺色の魔導書だったので断念。
ミリアムさんもアリシアさんも魔導書は使わない派なので、必然的に私がもらえることになった。
内容は初級ではあるが攻撃魔法と補助魔法の詰め合わせと、中々に上等な品。
とはいえ【変質者】がある私には向かないので、売るか譲るかになる。
とにかくすっかり疲れたので、今日は宿に泊まって、残りは明日考えることになった。
今回は三部屋取って、私はガー子と一緒。
相変わらず話はしないものの、意思疎通は出来るので大丈夫か。
「私寝るね。おやすみなさい」
(コクコク)
……モンスターと一緒に寝て大丈夫かな?
大丈夫かな。なんとなく、そう思う。
そして私は、緊張と疲れとテイム時の魔力消費が重なり、目を閉じた数秒後には夢の中だった。
翌日、私が起きると、ガー子はまだ寝ていた。
寝て? いや、ガーゴイルの待機状態と言ったほうが正しいかも。
壁にもたれて座り、片膝を立てた状態で目を閉じている。
……考えれば、背中に翼があるから普通には寝られないのか。
そんなことを思いつつ、私の興味はガー子の肌が硬いのか柔らかいのか、という部分へと向かった。
石のモンスターならば人の肌に見えても硬いかもしれない。
それを確かめるために慎重に手を伸ばす……と、ガー子と目が合った。
「っ、と。おはよう」
(コクリ)
驚いても叫ばなかった自分を褒めてあげたい!
それはそれとして、今のうちに出来ることをしておこう。
まずはガー子の見た目の話。
髪や服装は全体的に灰色で、白も混ざっている。石像がモチーフだからかな。
髪型は中央分けの短いポニーテール。髪を結っているリボンも灰色。
瞳はクリンと丸くて、元の緑の魔石と同じ緑色。
全体的にかわいい顔をしている。私よりもかわいい……かも。
ちなみに、鎧の隙間から見える胸が私よりも少し大きいように見えるけど、私には将来性があるからうらやましくはない。ないったらない!
問題は服装。
元が全裸の悪魔だからなのか、体のラインが出る灰色のボディスーツを着用。
腕と足も同様で、肩回りと足の付け根から腰回りだけ肌が出ている。
胸から下がスカートもなく体のラインが出ているのだけど、もっと過激な服装の冒険者もいるので、気にするほどではない。
装備は胸と腕と足に、石を切り出したような角ばった防具を装着し、鎧の中央には長方形にカットされた緑の魔石。
頭にも細い角のような小さな飾りをつけていて、それらの一部や魔石が、戦闘時には緑色に光っていた。
そして一番目立つのが背中に背負う翼。
ガー子の装備全てに言えるのが金属的な質感なのだけど、翼はそれがさらに顕著で、飛行中に触れれば斬れてしまいそうな鋭利さがある。
今は畳まれていて、高さはあるが幅は剣の鞘とさほど変わらないので、狭い場所でも邪魔になることはなさそうだ。
最後にガー子の使う剣。
片刃の直剣で中央に溝があるタイプで、普段は腰に横方向に収められている。
服装で手の平だけ黒いのだが、どうやら剣を持つための滑り止めのようだ。
全体的に見て、私たちの世界には全く似つかわしくない姿だと思う。
……あの時私が見た白昼夢、それが影響しているのは間違いない。
まるでこの世界とは違う、例えるならばはるか未来の世界。
私は小さい時から、時折違う世界を覗いているかのような夢を見る。
だけどそれはただの夢。鮮明だけど曖昧な記憶。
しばらくじろじろ観察していると、ガー子が右腕を私に向けてきた。
「触れってことかな?」
(コクリ)
きっと先ほどの私の行動から、私の確かめたいものが分かったのだろう。
なので遠慮なく触ってみる。
「あっ、硬い! やっぱりガーゴイルだから人の肌に見えても石なんだ」
(ちょいちょい)
「え、もう一回? ……おー! 今度はちゃんと人間の肌だ。
そうか、ガーゴイルって普段は石像に擬態しているけど、動き回るときは軟らかいもんね」
(コクコク)
防具で覆われた範囲の狭さに少し不安もあったけど、ガーゴイルの特性をちゃんと持っているのならば、防御面での不安はない。
昨日の戦闘で攻撃面でも心強いことが分かってる。
私は最初から大当たりをテイムできたようだ。
偶然でも通路を発見してくれたアリシアさんと、時間を稼ぎ続けてくれたみんなには感謝をしないと。
五人と合流して、これからのことを決める。
私の予定は、王都へと向かい、父親の情報を少しでも集めるつもり。
「俺たちも王都に行って、そのあとは国内をめぐる。
王都までしばらくは一緒だな」
「そうですね。……あ、依頼料の支払いをしないと」
「それは王都に着いてからな」
ここから王都までは三日以上かかる。
当然その間には生活費がかかる。
……ガー子はどうなんだろう?
「ねえ、ガー子は食事どうするの?」
首を傾げた。
これは……私の質問が悪い。
もしも喋れないのならば、はいかいいえで答えられない質問は困って当然。
「ルーネちゃん、その子をガー子って呼んでるのね
モンスターの姿なら分からなくもないけれど、人の姿なんだからもう少しまともな名前を付けてあげないの?」
「ガー子は仮の名前なので、あとで改めて正式名を付けるつもりです。
それにテイムしたモンスターに名前を付けるのって、主従関係とか魔力の繋がりとか色々な要素が絡むので、慎重に決めなくちゃダメなんです」
ミリアムさんの質問にそう返すと、元テイマー志望者の二人も頷く。
ついでにガー子も頷いている、と思ったら(えっ?)という表情。
むしろこっちが「えっ?」なんだけど。
「テイムの時ルーネちゃんが従えって言ったから、主従関係は契約済みっていう認識なんじゃない?」
(コクコク)
「正解みたいだね」
うーん、無我夢中だったから、言った記憶があるような、ないような。
だけどこれなら名付けをしても問題はなさそう。
それにしても、クラウスさんの言葉にも反応するあたり、私の言葉しか聞かないっていうわけではなくてよかった。
緊急時に柔軟性がないと、お互いに危険だから。
「だけどルーネちゃんって、ネーミングセンス壊滅的じゃなかった?」
「うっ……」
「仮名でもガー子はちょっとな」
「女の子なんだから、せめて可愛いか綺麗な名前してあげないとね」
デリックさんとミリアムさんにもツッコミを食らう。
とはいえ壊滅的ネーミングセンスなのは間違いないから、どうしたものか。
ガー子のキラキラとした期待の眼差しが痛い。
そうだ、妙案が浮かんだ。
「ガー子が自分で決めて、私が命名する。これなら私のセンスは関係ない!
ついでにガー子の声も聞けて一石二鳥!」
これで万事解決。
そう思ったのだが、当のガー子が一転して申し訳なさそうな表情で、隣にいたアリシアさんに救援要請を出している。
これにアリシアさんは「分かった分かった」と苦笑い。
私は分かってない。
「ルーネちゃん、少し厳しいことを言うんだけど、耳をふさがないでね」
「それは……はい」
アリシアさんは信頼しているし、年上だ。
お小言を頂いても、それを無碍にするつもりはない。
「たぶんルーネちゃん自身も気づいてないと思うんだけど、この子が話せないのは、ルーネちゃんが心の扉を固く閉じたままだからだよ」
「私が? いや、そんなつもりは全くないんですけど」
心当たりがない。
だけど次のアリシアさんの言葉が真実だった。
「ルーネちゃん、変わったよね。
学校にいた時はもっと明るくて、表情もころころ変わって、年上の私たちにも遠慮がない、年相応の子供だった。
だけど今は、ずっと遠慮して、ずっと作り笑顔だよ」
「そんなつもりは……」
「責めてるわけじゃないよ。分かってる。
自分の気持ちを押し止めてでも、早く大人になろうとした結果だもんね。
だけど、それじゃ駄目。この子に嘘を言ってるのと同じ」
「そんなつもり!」
思わず立ち上がり、強く反論しようとした。
だけど、目に涙をためているガー子の姿を見て、次の言葉が出てこなくなった。
まるで私の代わりに泣いているような、そんな姿。
そんなの……ずるい!
「だったら……だったらどうすればよかったのさ!
お母さんが女手一つでずっと苦労してきたのは知ってる!
だから少しでもお母さんの負担を減らそうと思って学校に入ったら変な特性で回りに迷惑かけまくるし!
それでもどうにか頑張ってたら私のせいで大事故になるし!
ようやく卒業してこれでお母さんに楽させてあげられると思ったらお母さんもういなくなっちゃってるし!!
店番するたび頑張れ頑張れって、言われなくても私頑張ってるじゃん!!
なのに次はお母さんのお墓がなくなるって、お金がないとどうしようもないって!!
だから、だから私は! 私はッ!!」
今まで溜め続けてきた言葉が一気にあふれ出した。
そんな私の言葉を止めたのは、ガー子だった。
私以上に泣きべそをかいて、私を強く抱きしめてくる。
これじゃまるで、君が私みたいじゃん。
「……私、なんにも悪いことしてないのに……。
なんで、なんでいっつも……もう、私を奪わないで……」
私からではなくて、私を。
ポロリと出た言葉の違いで、今の私には自分がいないことを自覚してしまった。
声は震えるのに、涙が出てこない。
涙を流す役の私がいないから。
「わたしが、います」
聞きなれない声が、耳元からした。
「わたしが、まもります。
だから、あなたは、あなたのままでいてください。
ね? わたしの、マスター」
言葉は短く拙い。
だけど、それこそがずっと私が求めていた言葉そのもので、涙を流す役の私が帰ってくるのには、十分だった。
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