第2話 ヒナナミ遺跡

「……なるほどな。それで二つ名が【変質者】か。

 だったら道中、俺たちも気を付けたほうがいいな」


 デリックさんの総括に頷く。

 この中で影響が出そうなのはミリアムさんとアリシアさんだから、私はなるべく距離を置くつもり。

 そのミリアムさんが、魔力の変質とは違う質問をしてきた。


「ねえルーネちゃん、学校にいたのは十歳の時なのよね?

 そして二人とは二年ぶりの再会。

 ……ルーネちゃん、今何歳なの?」

「先日十三歳になりました」


 私のことを知らない三人が、そろって驚いた。

 それもそうか。


 私、ルーネは十三歳。

 この国では十五歳で成人だから、私はまだ子供。

 だけど父親の血なのか、すでに大人の女性と変わらない身長になっている。

 胸はない。これから成長する。絶対に!

 髪は先日切ってショート、色は栗色に少しだけ父親譲りの赤色が混じる。

 瞳の色は薄いグレーで、これは母親譲り。

 服装はごくごく普通の冒険者な感じだけど、寒いのが苦手だから保温効果のあるローブを着用。お義父さんお義母さんからの餞別だ。

 ローブは基本がクリーム色で、差し色に赤が入っている。

 冒険者としての職業はテイマー兼ヒーラー。

 【変質者】が回復魔法には影響がなくてよかった。


「私も最初はルーネちゃんか自信が無くて、声をかけようか迷ったよ」

「あの頃はまだ小さかったですもんね。

 でも今日からこの通り、大人の仲間入りです」


 ちなみに、特例として教会で洗礼も受けているし、冒険者登録も済んでいる。

 だから年齢以外は大人と変わらない。




 隣町までの乗合馬車に乗車して移動開始。

 ルタードから王都までの街道は人通りも多いので、モンスターの出番は無し。

 夜にはヒナナミ遺跡に到着する予定で、馬車とその乗客は遺跡周辺にある宿屋で一泊する。

 私たちも一泊した後、ヒナナミ遺跡でテイムに挑む。


 道中は卒業後の話もした。

 二人の励ましもあってどうにか折れずに卒業したら、母親が死んでいたこと。

 今のお義父さんお義母さんに迎え入れられ、不自由なく暮らせていたこと。

 そして本当の父親を探すと決意したきっかけも。


「両親は駆け落ち同然でルタードの町に来たらしい。

 だから母親のお墓は身寄りのない人の区画にあって、そこは五年で入れ替える決まりになってる。

 この制度を知ったのが半年前。

 私がいればちゃんとしたお墓も建てられるんだけど、そのお金が私にはない。

 だからその前に父親を見つけて、母親をしっかり弔ってほしいんだ」


 私の旅の目標は、三年以内に父親を見つけること。

 もしくは、母親のお墓を建てられるくらい、お金を稼ぐこと。

 もしくは、父親のも……考えたくはないけど。

 そんな話をした結果、ノーマンさんが一番涙もろいと判明した。


 遺跡に到着後は男女に分かれて宿を取る。

 初日という緊張と疲れもあってか、ベッドに入った私は数秒で眠りに落ちた。


 翌日、本番。


「ヒナナミ遺跡は、新人が鍛錬に使うような場所だから、強いモンスターはいないはず。

 だからあまり危険もないと思いますよ」

「危険が無いってのは、全部済んだ後に感想で使う言葉だな。

 相手がモンスターである以上、危険は必ずある。

 ルーネちゃんも覚えておきな。じゃないと父ちゃんを見つける前に終わっちまうぞ」

「……分かりました。肝に銘じておきます」


 自分が子供なんだって、一瞬で分からせられた。

 デリックさんの言葉は本物の忠告だし、声色もそれを如実に表している。

 すぐに実践できるかは自信がないけど、しっかり考えて動こう。


 入場前に案内所で地図と情報を手に入れておく。

 ヒナナミ遺跡はおよそ千年前にあった石造りの町の跡。

 見えている建物は二階部分で、一階部分は土に埋まっている。

 そして地下に枯れた下水道があって、ここがダンジョン化してモンスターの巣窟になっている。

 何度も言っているように、初心者の鍛錬の場にもなっているので、今更お宝は望めない。


「出てくるモンスターは動物系とゴブリンだな。

 ルーネちゃん、狙ってるモンスターはいるのか?」

「いえ、最初なので波長の合うモンスターならば何でも」

「分かった。じゃあターゲットを見つけたら教えてくれ。

 それまで俺たちは適当に周りの奴らの相手をするぞ」

「「「おー」」」


 気の抜けた雄たけびを上げて、私たちは地下下水道へ。

 それだけ五人は戦闘に慣れているということなんだろう。


 下水道の内部は、それとは思えないほど整備されていて、明かりも十分にある。

 しっかり整備されているというのも、初心者の鍛錬に使われる理由なのかも。

 実際、時折初心者と思われるパーティーを見る。

 戦闘中でなければ会釈程度、戦闘中ならば援護が必要か声をかけ、必要ないならば速やかにその場から去る。

 それが冒険者のマナーで、学校でもしっかり教えてくれる。

 一方こちら側が戦闘になった場合だが、デリックさんとクラウスさんが先頭に立ち、ミリアムさんとアリシアさんが魔法で援護、ノーマンさんは私の護衛。

 連携の取れた動きでモンスターをバッタバッタと切り伏せていく前列二人と、それに呼吸を合わせてしっかり援護射撃を決める後列二人。

 冒険者二日目の新人に出番は無かった。


 朝からアタックして、昼休憩に一度外に出て、再び潜る。

 今までに私と波長のあるモンスターは現れていない。

 たぶん他のパーティーに狩られてるんじゃないかな。

 その後もターゲットが見つからず、私たちは地図上で下水道の端まで来ていた。

 ここは古い区画らしく、他よりも通路が狭くて、かつ袋小路になっている。


「行き止まり、か。

 クラウス、ここまで見つからないものなのか?」

「僕の時でも半日はかかったから、他と競合する今の環境だとまだかかるかも」

「……よし、一旦休憩だ」

「ルーネちゃん、疲れてない?」

「大丈夫。ぜんぜん活躍してないから」

「あはは。気にする必要ないからね」


 私を一番気にかけてくれているのはアリシアさん。

 元々気を配れる人だというのはあるけど、本音は【変質者】の暴走を気にしているんじゃないかな。

 それくらい魔法使いと【変質者】の相性は最悪だ。

 そんなアリシアさんが「ヤバッ!」と動揺の声を出したから、私たちみんなが固まった。


「あ、ごめん。ここの壁が凹んだから、罠かと思って」

「……何も起こる気配はないな。

 まったく、驚かさないでくれよ」


 アリシアさんが壁に手をついた場所のレンガが奥に入り込んでいる。

 これは私でも罠かと思っちゃう。

 ノーマンさんが地図を出して、念のため隠し部屋の存在を疑う。

 デリックさんも地図を覗き込むが、二人は何もないという見解で一致。

 一方の私は、なぜかその場所に吸い込まれるように足が向いた。

 凹んだレンガの、その下のレンガも強く押し込んでみる。


「これも動いた。

 こっちは……動く。ここは……だめ」


 動いたレンガは横に三つ分、縦にも結構な数が動いた。

 だけど何かで固められているようで、これ以上は私の力では無理。


「こりゃ、明らかに何かあるな。

 どれ、下がっていろ」


 力のあるデリックさんに交代。

 デリックさんは左肩を突き出し、壁にタックル。

 すると数個のレンガが勢いよく奥へと抜けて、覗けるほどの穴があいた。

 待ってましたとばかりにノーマンさんが穴に火のついたマッチを放り込み、ミリアムさんとアリシアさんが即座に防御魔法を展開、屈んで様子を見守る。


「……爆発の危険は無さそうだな」


 好奇心から穴を覗くと、マッチの火に照らされた細い通路の先に、真っ黒な空間と何か箱のようなもの見える。

 私は思わず「お宝!」とはしゃいでしまったのだが、五人の表情はむしろ真逆で、これは開けてはいけない扉だとでも言いたげ。

 その表情を見て私も冷静になる。

 すると、その先からかすかに漂う魔力を感じ、それが直感的に私の求めていたものだと分かった。


「この先に、いる。私のターゲット」

「あ~……ッスー、マジか」


 私の言葉に、デリックさんが苦い表情で頭をかいた。


「あのな、この通路の狭さだと、通れるのは君とクラウスとアリシアだけだ。

 俺とノーマンは鎧が引っかかるかもしれないし、ミリアムは……な?」

「素直に胸が大きいって言いなさいな。

 どちらにせよルーネちゃんの特性で私はお荷物だから、ここは友人同士で過去に決着をつけてきなさい」

(コクリ)


 そこまで言われたら、引き下がれないよ。


 壁を壊すと、思わず横向きに進みたくなるほどの狭い通路が姿を現した。

 デリックさんでも通れそうではあるけど、詰まりそうでもある。

 私とアリシアさんとクラウスさんで目配せして頷き、クラウスさんが先頭で通路を進む。

 奥行きは家一軒ほどある。

 通路を抜けた先には天井の高い小部屋と中央に宝箱、そして宝箱を守護するように置かれた、右手に剣を持つ悪魔の石像。

 ターゲットはこの石像、ガーゴイルだ。


「なるほど、宝を守るガーゴイルがルーネちゃんのテイム相手だね」

「さっさとテイムして戻ろう……って気づかれた!」


 クラウスさんの言葉を遮るように、石像の目と胸にはめられた緑色の魔石が輝き、ガーゴイルがゆっくりと動き出す。

 いきなりの強敵に、私の中に少しずつ不安と恐怖が広がっていく。


「僕が気をひく。アリシアは防御魔法。ルーネちゃんはテイムに専念!」


 クラウスさんから矢継ぎ早に指示が飛び、アリシアさんも即座に対応。

 一方の私は実地訓練以来の出来事に、恐怖心で動けない。

 さらには私を急かすデリックさんの声も聞こえた。

 ゴブリンの団体が現れたらしい。

 恐怖と焦りで泣きそう。


「ルーネちゃん、深呼吸!」

「う、うん」


 クラウスさんは私がターゲットの視界に入らないように陽動、アリシアさんは何時でも魔法を使える状態で、それでも私を気にかけてくれている。

 ガーゴイルは翼を使って飛び上がり、石の体とは思えないほど軽快な動きで何度もクラウスさんを襲う。

 軽戦士のクラウスさんはそれを間一髪で避けたり、腕に装備した盾で受け流す。

 暗く狭い部屋で、ガーゴイルに埋め込まれた緑の魔石が光の糸を引くのは、怖くもあるが綺麗でもある。

 だけど、傍目に見てもこの状況は長くは続かない。

 どうにかできるのは、私だけ。

 冷静に、冷静に、冷静に……。


「すぅ……よしっ。ここが頑張りどころだぞ、ルーネ。

 お父さんを見つけないと。……見つけないと!」


 深呼吸し自分を鼓舞して、目を閉じて集中。

 魔力操作は人それぞれイメージに違いがあり、私は色を合わせるイメージを持っている。

 私は何色にも染まる白、ガーゴイルは薄暗い緑。

 絵具を混ぜるように、明瞭な緑からガーゴイルの持つ薄暗い緑へと変えていく。

 少しずつ、慎重に。

 ……よし、完璧。


「クラウスさん!」


 次はガーゴイルに私を認識させて、調色した魔力で偽装し、仲間だと思わせて警戒心を解く。

 私の合図に、クラウスさんは私の元へ。

 右にクラウスさん、左にアリシアさん、中央に私。

 ガーゴイルと目が合った。ここからが勝負だ。

 恐怖心をかなぐり捨てて一歩前に出て、手を伸ばす。

 悪魔の姿をしたガーゴイルは、一瞬戸惑う様子を見せるも、私に飛び掛かり剣を振り下ろす。

 しかしこの攻撃はアリシアさんの防御魔法で防がれ、剣先が私に触れることはない。


「ルーネちゃん!」

「大丈夫。落ち着いて。冷静に。私は敵じゃないから」


 ガーゴイルに、そして自分にも言い聞かせる。

 二度、三度。

 少しずつガーゴイルの攻撃が緩んでくる。

 あと少し。


「よし、いい子」


 戸惑っているのだと思うけれど、ガーゴイルの動きが止まり、私から少し距離を取った。

 あとは魔力を注ぎ込む。

 私の魔力で包み込んであげるイメージ。

 最初なんだ、手加減なしの全力で行こう。


「私に……従いなさいッ!」


 声に出して、一層力を込めた、その時だった。

 私の脳裏に突然イメージが浮かぶ。

 空に刺さるほど高い建物に、空を飛ぶ卵のような乗り物と、金属で作られた空飛ぶ船、翼を背負い自由に空を飛ぶ人間たち。

 何度か見たことのある夢の中の風景だ。

 それと同時に、ものすごく強烈に、私の中で『やってしまった』という感情が膨れ上がった。

 このイメージはたぶん、【変質者】が暴走したせいで見えた白昼夢だ。

 その影響をもろに受ける相手は、もちろん一人しかいない。

 そしてその相手は今、何故か分からないけどまぶしく光り輝いている。


「ご、ごめん。失敗した、かも……」


 恐々と、ゆっくり後ずさり。

 そして逃げようと駆け出したその時、光から手が伸びて掴まれた!

 思わず絶叫!

 振りほどこうとするも離してくれない!

 目線でクラウスさんとアリシアさんに救援要請!

 二人も驚いて固まってる!

 それを見てもう一度絶叫する私!


 冷静になったのは、ガーゴイルが手を離してくれてしばらくたってから。

 だけどそこにいるはずのガーゴイルは、ガーゴイルの形ではなくて、理由は痛いほど察せるのだけど、信じられないのだけど……。


「人に、なってる……」


 私の目の前にいたガーゴイルは、まさかの人間の女の子に姿を変えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る