変質者で何が悪い

塩谷歩

クロス王国編

第1話 旅立ったと思ったら再会した

 私の名前はルーネ。

 今からここ、ルタードの町を旅立つ、新米テイマー。

 テイマーとは言っても、まだお供も実績もないけど。


「ルーネ、本当にそんな装備で大丈夫かい?」

「もうパパったら、心配しすぎですよ」

「だって……」


 相変わらず心配性のお義父さんと、あきれ顔のお義母さん。

 そして私からもお小言を。


「大丈夫だって。娘を信用しなさい」

「ルぅーネぇ~


 泣かなくてもいいんじゃないかな。気持ちはうれしいけど。


 お義父さんとお義母さんは、町で道具屋さんを営んでいる。

 下級ポーションや毒消し、剥ぎ取りに便利な小型ナイフが売れ筋だ。

 そんな道具屋夫婦に、私は二年前から娘同然にしてもらっていた。

 理由は二つ。

 ひとつは本当の両親と家族ぐるみの付き合いをしていたから。

 もうひとつは、私に身寄りがなくなったから。

 本当の父親は冒険者で、私が三歳の時に旅に出たまま音信不通。

 母親は私が全寮制の学校に通っている間に、流行り病で死んでしまった。

 私が母の死を知ったのは、卒業してルタードの町に帰ってきた時。

 実感が湧かず、母の墓の前でただ立ち尽くしていた私を、二人は温かく包み込んでくれた。

 おかげで今の私があるのだから、感謝しかない。


「よしっ、準備完了」


 玄関での最終チェックも済んで、挨拶をしようと振り返ると、さっきよりもひどい顔のお義父さんがいた。


「すぐ帰ってこ~い!」

「そこは無事に帰ってこいでしょ!

 でもルーネ、あなたの帰ってくる家はここですからね」

「うん、分かっていますとも。

 それじゃあお義父さん、お義母さん……今まで娘同然に接してくれたこと、本当に感謝しています。

 行ってきます!」


 こうして私は、もはや絶叫と言って差し支えないお義父さんと、その頭を叩きつつ目に涙を浮かべるお義母さんに見送られ、旅立った。




 最初の目的地は、町の中心にある冒険者協会。

 テイマーたるものお供にモンスターを従えてナンボだけど、私の実力を考えるとワーラット(大きなネズミモンスター)ですら危険がある。

 なのでまずは、テイム作業を手伝ってくれる冒険者を雇う。

 無事雇えたら、次の町とのほぼ中間にある【ヒナナミ遺跡】でモンスターをテイムする算段。

 ちなみにヒナナミ遺跡は新人冒険者の訓練場でもあるので、仲間がいれば危険はないかなと考えている。


 冒険者協会に到着。

 元は地域を統治していた貴族のお屋敷で、現在は冒険者協会のほかに役場と七天信教の教会も同居している。


「次の方、どうぞ」


 受付のおじさんに顔を見せる。

 すると「ついにかい?」と、すべてを把握していると分かる質問が来た。

 でもこれは当然。

 だって本当の父親は冒険者だし、お義父さんはここに道具を卸してるから。


「はい。今日から本当の父親を探す旅に出ます」

「ローガンさん……僕らも大変お世話になった方だから、出来るだけの応援はさせてもらうよ。

 それで、今日は挨拶だけじゃないんだろう?」

「はい。まずはヒナナミ遺跡でモンスターをテイムしようと思っていて、その護衛役に冒険者の方を何人か雇おうと思っています」

「……本当にしっかりしてるね、ルーネちゃんは」


 自分の子供にも見習ってほしいと愚痴を漏らしつつ、おじさんは依頼の申請用紙を取り出し、私へ。

 私は文字が書けるし、道具屋の娘らしく算術も出来る。

 そもそもこの国、クロス王国は大陸でも有数の識字率を誇っている。

 その理由は、昔の王様が支持率上昇を狙って王立学校を無償化したのを発端として、今では国内すべての初級学校が無償化されているため。

 私は王都にある全寮制の一年制初級魔術学校を卒業している。

 テイマーの授業は魔力感知と魔力操作の訓練が中心だから、みんな静かに集中し続ける光景が広がる。

 ちなみに選択式で剣術や体術の授業もあるので、実際は冒険者養成学校だ。


「……よし、書けた」


 記入台から顔を上げて受付へと向かう。

 すると「もしかしてルーネちゃん?」と、少し懐かしい声に呼び止められた。

 声のした先を見ると、やっぱり見たことのある顔が二つ。


「アリシアさんにクラウスさん!」


 前出の魔術学校でクラスメートだった、アリシアさんとクラウスさんだ。

 アリシアさんは活発ながらも優しいお姉さん、クラウスさんは軽快に動けるお兄ちゃんで、顔に大きな傷がある。

 二人も私と同じテイマー志望だったんだけど、途中で志望先を変えている。


「お久しぶり、ルーネちゃん。

 アリシアの勘が当たって助かったよ」

「偶然だよ、偶然」

「二人とも元気そうでよかった!」


 正直なところ、旅立ちの不安や小さな後悔で心細くなっていた。

 そんな中での二年ぶりの再会は、本当にうれしい。

 そんな嬉しさに浸っていたら、二人の後ろからさらに三人やってきた。


「クラウス、その子が言ってた子か?」

「うん、僕たちと学校で一緒だったルーネちゃん」

「そっかそっか。

 俺はデリックってんだ。こっちがミリアムで、こっちがノーマン」


 デリックさんは見てからに戦士で、多分リーダー格の、無精ひげのおじさん。

 ミリアムさんは黒いローブの魔法使いで、セクシーなお姉さん。

 ノーマンさんは無口な盾使いで、ガタイも大きい。

 アリシアさんは今は青ローブの魔法使いかな。

 最後にクラウスさんは、軽戦士になったみたい。


 話を聞けば、やっぱりデリックさんがリーダーで、五人でパーティーを組んで国内を回っているという。

 パーティー名、デリックさんは【武力制圧】パワーオブジャスティスと言っていたけど、一人も賛同していない様子。私も賛同しない。

 ルタードには、アリシアさんとクラウスさんの要望でやってきて、今まさに到着したところ。

 それで私と再会するんだから、アリシアさんは何かと持っている。


「それ、依頼書かい?」

「そうです。この先のヒナナミ遺跡で初テイムしようかなって思っていて、その護衛役を頼もうかなって」


 クラウスさんの質問にそう答えると、デリックさんが依頼書をひょいと奪い、五人揃って覗き見。

 怪訝な視線を向ける私をしり目に、依頼書を確認したデリックさんは「やるか」と楽しそうに言い、五人は目を合わせてニヤリと笑う。

 依頼料は格安、内容は簡単、しかも五人は今町に着いたばかり。

 なのになぜこんな依頼をあっさりと受けるのか。

 そう質問をすると、アリシアさんが「これが目的だからだよ」と。

 何のことかと思ったら、五人はまさに私に会うためにルタードに来たという。

 本来は依頼を受けつつ私を探して、再会後は王都へと向かう予定だった。

 それが探す手間が省けて、かつヒナナミ遺跡が王都方面にあるとなれば、五人にとっては願ったりかなったりだそう。


「でも、五人でこの依頼料じゃ……。

 正直なところ、私は新人を二人も雇えたら十分だと思ってましたから」

「気にすんな。俺たちの懐は十分潤ってるから」


 確かに、五人の装備がそれなりにお金をかけている物なのは私にも分かる。

 だけどさすがに、銀貨三十枚は安すぎる。

 ショートソード一本しか買えない値段なのに、それを五人で割るだなんて。

 そう悩んでいると、ミリアムさんが腰に下げた小さい麻袋を、私に見えるように指でちらっと開いた。

 多分今の私の目はお金の形をしている。


「じゃ、じゃあお願いしちゃおうかなー。あはは~」


 決して、決して! お金に負けたんじゃないんだからねっ!




 五人と私は食料の買い出し中。

 財布を握っているのはミリアムさんで、胃袋を握っているのはノーマンさんだという。

 無口なノーマンさんだが、食べ物に対する目利きは鋭い様子。


「冒険者だとモンスターの肉を食べることもあるんですよね?」

「それはあるけど、モンスターの肉って独特の臭みがあってね、私はそれが苦手だからなるべく食べたくない」

「僕も好きで食べようとは思わないな」


 ほかの三人もおおよそ同じ反応。

 モンスターの肉はどの種族でも大抵臭みが強いから、食料節約や緊急時じゃないと手を出さないらしい。

 それに、そのモンスターが人間を食べていたと考えると、私も忌避したい。

 なので五人が食料を調達するときは、一人分余分に買い込むそう。


「アリシアのアイテムチェスト魔法サマサマだな。

 そういえばルーネちゃんはテイマーだけなのか? 魔法は?」

「初級ですけど回復魔法も使えるので、テイマー兼ヒーラーです」

「おっ、それは頼もしいな!」


 とても元気な笑顔を見せてくれるデリックさん。

 五人の中ではミリアムさんが回復魔法を使えるけど、手が足りない場面も多いらしい。

 そこに兼ね役とはいえ回復魔法の使える私が入れば、より安心して戦えると考えたのかもしれない。

 だけど……。


「だけど、ルーネちゃんは特殊だからね」

「……ですね」


 アリシアさんの言葉に苦い表情で返し、奥のクラウスさんと目が合う。

 たぶんアリシアさんとクラウスさんは、デリックさんたちを心配しているんだ。

 仕方がなくて、当然の話だけど。

 ぎこちない雰囲気を醸し出す私たち三人。


「んー? なになに?

 悩みがあるなら、このミリアムお姉さんに話してみなさい」


 空気を変えようとしたのか、またはただの興味なのか、ミリアムさんが務めて明るい声でその理由を聞いてきた。

 それでなくても、私は自分のことを話す必要がある。


「魔術学校の卒業生って、みんな【最初の二つ名】を与えられるじゃないですか」

「ええ。新人を雇ったりパーティーを作るときの指標に使われるものよね。

 私は火の魔法使いだったわ。懐かしい」

「私は……【変質者】」


 デリックさん、ミリアムさん、ノーマンさんが一斉にぎょっとした表情で私を見やる。

 分かっていた。今更好奇の目に晒されたって、動揺はしない。

 そう強がろうとするけど、やっぱりこの視線は痛い。

 その中でも特に、アリシアさんの申し訳なさそうな表情が際立っていた。、

 ……そうか。アリシアさんは私から話してくれるのを待ってくれていたんだ。

 だけど私がなかなか切り出さないから、嫌われるのを覚悟で……。

 ううん、嫌いになんてならないよ。


 私の二つ名【変質者】の理由は、私の持つ稀有な魔力特性にある。

 最初にその兆候が見えたのは、入学して半年ほど経った魔術実習の時。

 的に向かって順番に魔法を放つ魔術実習で、私の周囲だけが揃って魔法に失敗した。

 最初はみんな偶然だと考えていたけど、魔術実習のたびに同じ現象が起これば、それは疑いの眼差しとなって私に向く。

 ただ学校で唯一同じテイマー志望者で、テイマーチームとして一緒に勉強をしていたアリシアさんとクラウスさんだけは、私を庇い続けてくれた。


 次に【変質者】が顕著に表れたのは、冬の寒い日にあった魔術の実習テスト。

 私のクラスでは、火の魔法陣から水が出たり、風の魔法で的が燃えたり、魔法と属性があべこべ状態になってテストにならなかった。

 本来、魔法の失敗は暴発するか何も発動しないかの二択だけだから、これはありえない現象。

 この現象に王都の魔術師界隈は一時大騒ぎになったけど、結局騒ぐだけ騒いで調査もせずに終わり。

 一方の私たちは、私も含めてその原因を察していた。

 このテストの日、私は高熱を推してテストに臨んでいて、翌日から一週間も寝込むことになる。

 ようやく登校した時には既に、周囲の視線が好奇から嫌悪へと変わっていた。


 そして卒業前の実地訓練で、事件が起こる。

 三班に分かれてそれぞれのミッションを達成しつつ、森の中で三日間を自給自足で過ごすという、実戦さながらの訓練だ。

 私たちテイマーチームは、一日目と二日目が護衛ミッション、三日目がテイムミッション。

 護衛ミッションは、するんじゃなくてされる側。

 戦闘中の私は物理系の仲間に守られて後方待機しつつ、回復魔法を使う役。

 前衛の魔法に干渉しないためだったけど、その懸念は杞憂で済んでいた。


 三日目、私たちテイマーの出番が来た。

 テイムの方法は、まず魔力の波長が合うモンスターを見つけ、お互いの魔力をなじませ、仲間だと思い込ませる。

 そうしてモンスターの警戒心を解いたのち、テイマー側の魔力をモンスターに注ぎ込めば、テイム完了。

 先生曰く心の扉の鍵合わせ。私曰く洗脳。


「クラウスさんが最初にターゲットのグレイウルフを見つけて、テイムを開始しました。

 私は離れていたから、歓声が上がって初めてテイムに成功したんだと分かった。

 そしてクラウスさんが私にグレイウルフを見せようと近づいた時、事件が起こった。

 私と目が合うなりグレイウルフが凶暴化して、止めようとしたクラウスさんに爪を突き立てたんです」

「その時の傷が、この顔の傷だよ。

 回復してくれたのはルーネちゃんで、それが無かったら僕は命を落としていた」


 いや、そうじゃない。私がいなければクラウスさんはケガをしなかったんだ。

 だってあの時私が抱いていた感情は、決して明るいものじゃなかったから。


「クラウスさんは一命を取り留めたけど、そのまま入院。

 アリシアさんはテイマーの危険性をまざまざと見せつけられて、志望先を魔法使いに変更した」

「きっかけはこの事件だけど、前々から向いてないって言われてたからね」

「そして私は……王立研究所に呼ばれて、事情聴取と詳細な魔力検査。

 そこでようやく、私には周囲の魔力を変質させてしまうっていう稀有な魔力特性があるって分かった。

 だから学校も辞めてルタードの町に帰るつもりだったんだけど……アリシアさんとクラウスさんに止められた。全力で止められた」

「テイマーとしての才能は僕以上だし、この傷も僕がグレイウルフを無理に止めようとしたせいだ。

 それに、たとえテイマーにならなくても卒業すれば就職に有利だからね」

「なんたって、あの時たった十歳の女の子が私たちと互角に勉強していたんだよ。

 その努力をふいにするなんて、もったいなさすぎるよ」

「そんな安い止め方じゃなかったよ、二人とも」


 二人が揃って、そうだっけとトボける。

 私の場合、小さいころに母親が読み聞かせをしてくれていたのが大きいと思う。

 当時クラウスさんは十四歳、アリシアさんは十六歳だったけど、どちらも文字が読めなかったから。

 そう考えると、互角とは言えないんじゃないかな。


「だから無事に卒業できたし、【変質者】なんていう不名誉な二つ名ももらえた。

 申し訳ないっていう感情は消えないけど、今はそれよりも感謝のほうが何倍も大きいよ。

 あらためてだけど、ありがとう」

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