第5話 夕暮れ、影の中で
乾いた空気に包まれた教室は、西日によって
いつもは濃い緑の黒板も、いつもは特有の匂いを放つ褐色の木の床も、そして机も、今は別の色に染め上げられていた。
開いた窓から風がそこへ流れ込む。
カーテンを揺らし、教室の端から端へと伸びる影を作り出す。
そこに、僕と、あと2人の友人がいた。
午後5時30分。
窓の外から聞こえる部活動の音、遠くから聞こえる車の音、それらに上書きするように、僕達は3人で会話をしていた。
特に内容がある話しでもないし、大切な話しでもない。
ただ、たまに笑ってその会話自体を楽しむのだ。
その時に僕はその楽しさに気がついていなかった。
そもそも、夕方というその時間に友達と過ごすことに何も特別な意味を持ち合わせていなかったのだ。
「はっはは!それガチ!?」
「まじだよ、普通に振られたわ」
「まあ、また次頑張れや」
やはり意味の無い会話を続ける。
ふと辺りを見回すと蜜柑色に染められた教室、に僕達3人の笑い合う姿が影として床に投影されていることに気がついた。
しばらく、その影を見つめてしまった。
吸い込まれるような、そんな気持ちだった。
それから時が流れて、中学生だった僕たちは、やがて高校3年生になった。
また、染められた教室の中で、前と同じ友人2人と笑い合う。
橙色の教室での軽い時間を過ごす。
「
1人の友人が僕に質問をする。
「ん、そうだね。俺は看護師になりたいから」
それに対して簡単に答えを出す。
「だよな、
「おう、
と、少し真面目に、そして少し笑う。
今、僕達は分かれ道に立っている。
進学と就職。その二択の中にも、さらに細かい道が続き、その先はさらに果てしなく続くのだ。
小学校からずっと今まで同じ時間を生き、過ごし、笑ってきた。
そんな僕たちが、初めて離れ離れになって、別れる。
それを理解すると、ギュッと胸が締め付けられた。
互いの道を見つめ、互いの背中を押し、互いの行き着く先を見届ける。
それが僕たちの役割だ。
悲しむ必要なんてない。ただただ互いを応援することが友としてのあり方だ。
けどやはり、
「俺たち、初めてバラバラになるね──」
頭に漂う言葉は滑るように口から零れた。
「……そうだな」「…………」
やはり2人ともそれを理解していた、けど、その覚悟を出来ていないのは、僕だけではなく、2人もだった。
「……でも、俺たちが無くなるわけじゃない」
1人が口を開いた。
「離れ離れになっても、俺たちは俺たちのままだ。そうじゃないか?」
「……うん」「そう、だな」
「とりあえず、悲しいことは考えない。楽しいことだけ、考えようぜ」
そう言って、彼は机の上から腰を動かし、窓際に移動した。
それに僕と、もう1人の友人もついていく。
そうして外を見ると、黄赤色の空が広がっていた。
柔らかな風が、頬を撫でた。
暖かな空気が、体を包んだ
悲しい夕暮れが、影をつくった。
誰一人として、口を開かなかった。
けど、そこに歪な空気はなくて、いつもと同じ、穏やかで、懐かしい風が吹いていた。
「────」
もう一度、空を見上げる。
赤橙色に染められたそれは、教室を塗り替える。
そうして、僕たちの足下から、長い影を作り出した。
吸い込まれるような、いつかと似た感覚。
けど、その黒の先に、吸い込まれた先に、確かに光はあった。そう思う。
「っし、そろそろ帰るか」
「ん」「そうだね」
いつもと同じ空気、空間、雰囲気、風。
赤く染まった僕たちは、何を考え、何を思ったのか。もう覚えていない。
けど確かに感じたことがあった。
それは──
「楽しかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます