第3話 揺られる通学路

足元が揺れる。


何度それを味わっても僕の体はよろける。


別にそれがどうしたってことはない。


ただそこが電車の中で、いつもと同じような代わり映えのない風景が見えて、いつもと同じように揺れて、いつもと同じような人達がいて、いつもと同じような場所に立つ。


窓の外に見える風景は目立ったものは無いし、別段注視するものも見えない。

吸い込まれるような青空と、吸い込まれるような青い海がみえるわけじゃない。


全てが同じような畑に、連なる民家が並ぶだけ。


小声で話す女子高生の声、イヤホンで音楽を聴く大学であろう私服の男、本を読むスーツの年配の男性、座りながら抱きしめているリュックに顔を乗せて眠る女性。


いつもと同じ景色、風景。


高校生になって今まで何度この電車に乗ったか。そしてこれから何度乗るのか。

考えることも面倒なことを僕たちは自然と行っている。



初春の候


年が明けて、冬休みも終わると人々は気だるそうな顔や、しかしどこか楽しそうな顔をしてこの電車に乗り込む。


揺られる窓の外は、薄い青空だった。



春寒の候


揺られる窓の外は、厚く重い灰の雲から冷たくて淡い白が降った。

女子高生は笑い、大人の男性は陰鬱な顔を見せた。



浅春の候


陽が暖かくなり、女子高生はジャンパーをいつからか着なくなり、音楽を聴く男性の姿も軽くなる。


揺られる窓の外は、所々に雲が見える透き通る空だった。



陽春の候


新学期が始まった。電車の中には初めてみる人が増え、逆に見慣れた常連の姿が少し減った。

いつからか、女子高生の声は無くなり、イヤホンを耳につける男性は、スーツを羽織るようになった。


揺られる窓の外は、よく晴れた空に淡く舞い散る桜があった。



新緑の候


人々は新しい環境に慣れ、個性を露わにするようになった。

新しくこの電車に乗るようになった僕の2つ下と思われる男子高校生は、少し着慣れない制服で、窓の外を眺めていた。


揺られる窓の外は、桜が散り、いつもの川辺に新しい草木が生えているのが見えた。空は薄い雲がかかっていた。



梅雨の候



ジメジメとした空気が肌にまとわりつく。

いつからか僕も周りの人も白や、淡い青のワイシャツを好んで着用するようになった。

誰もが濡れた傘を持ち、嫌そうな顔をして電車から降りていった。


揺られる窓の外は、どんよりと空を覆う雲から落ちる雨に花は鮮やかに濡れ、窓には水滴がついていた。



盛夏の候


ワイシャツは長袖から半袖になり、人それぞれの透き通るような白い肌や、日で焼けた肌を露わにするよになる。

だんだんと熱さを増していく陽射しは、眩しく感じられた。


揺られる窓の外は、濃く染められた蒼が広がっていた。



晩夏の候


人々は汗を拭い、誰も彼もが顔を赤くする。

夏の陽射しの暑さは極限までに至り、アスファルトを熱し、陽炎が立っていた。


揺られる窓の外は、さらに濃さを増した蒼に大きな入道雲が背を伸ばしていた。



初秋の候


暑さは穏やかになり、しかしまだ人々を熱す。

時々吹く夜風が頬に当たった。


揺られる窓の外は、いくらか薄くなった空に、雲が漂っていた。



秋冷の候


いつの間にか、本を読む年配の男性の姿はなくなっていて、彼の定位置である、ドアから1番近い席は、ぽつりと空いていて、誰も座らなかった。


みんな、わかっているのだ。


自分には自分の席がある。自分の居場所があるのだ。それはこの電車に乗って、一番最初に決まったこと。

だからみんな自分の席を動くことは無いし、吊り革に手をかけてイヤホンを耳にしているスーツの男性も、空いている席を見つけても座ろうとは1度も思わなかっただろう。


そう、誰も、彼の席を奪わない。いや、変化したくないのかもしれない。


揺られる窓の外は、少し悲しげに感じられた。



晩秋の候


肌に触る風は、冷たく、いつの間にかワイシャツだけを着る人の姿は見えなくなり、上着を羽織る人が多く見られるようになった。


今日、顔をリュックに乗せて眠る女性が、スマホを落とした。それに気づいたスーツの男性は、イヤホンを外してそれを彼女に渡した。

「ありがとうございます」「いえいえ」そんな簡単なやり取りがあった。


揺られる窓の外は、秋の紅と、その隙間の茶色があり、空は透き通る青色だった。



初冬の候


1年が、終わろうとしている。


揺られる窓の外は、晴れていたのか、曇っていたのか、雨だったのか、雪だったのか。


わからない。


けど、感じれることはある。


変わった。


変わらないと思っていた景色。そして人々。


僕は、高校生になって今まで何度この電車に乗ったか。そしてこれから何度乗るのか。


いや、これから何度だろうか。


そう思った。


みんなお互いを知らないようで、みんなお互いを知っている。そんな社会世界がここにあった。

そして、僕は間違いなく、その一員だった。


電車の中で、いつもと同じような代わり映えのない巡り巡って変化し続ける風景が見えて、いつもと同じように揺れてまいにちが違う世界でいつもと同じような失ってまた変わる人達がいて、いつもと同じような場所に立つ全員がここの一員になる


ここは、僕の通学路。


電車に乗って揺られた、僕だけ僕たち通学路みち


振り返って、変わって、また振り返る。


これから何度この電車に乗れるのか。



わからないけど、僕たちは──



進んでいく変わっていく────


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