第2話 2人の一駅、その長さ

「あ、時間やばい」


「ほんとだ。まあこうなるってわかってたよ私は」


そう言って私は彼を見て笑った。


目にかかる前髪に、綺麗な二重だけど涙袋は皆無の彼。

そんな私たちはカラオケでゆったりと話しつつ、マイクを手に歌を歌う。


流行りのラブソングとか、有名な曲とかじゃない。

ただただお互いの好きな歌を口にし、心を乗せる。


狭い部屋に対して、大きすぎるぐらいのスピーカーの音量が響く。

それが心地よくて。


そして、彼の歌う姿が好きで。


夏。某日、土曜日 夜1時30分。

高校2年生の私と、1年生の彼は最寄り駅から一駅先にあるカラオケボックスに来ていた。


当然、今の時刻で警察にでも見つかったら補導されてしまう。

けど、私たちは家に帰るしか術はないわけで。


「とりあえず、見つからないように帰ろうよ。先輩」


彼は年上の私の名前を1度も呼んだことはない。

交際を始めても名前で呼んでもらえないと言うのは、少しだけ、いいや、だいぶ寂しいけど彼はどうやらその呼び方を変えるつもりはないらしい。


「うん、そうだね」


返事をして立ち上がる。


外に出ると、穏やかで心地よい冷たさの風が頬を撫でた。


「んーっ!歌った歌った!」


彼は伸びをして歩みを進める。

そうして後ろを振り向いて、


「いこっか、先輩」


「うん──」


夜道を進んで、街灯が消えた駅に着く。

しかし、


「やっば!終電おわってるって!先輩!」


「え!ほんと?」


電光掲示板の電気は消えてて、人気というものが感じれない駅は、いささか非日常の雰囲気を放ち、どこか違う世界を感じさせた。


いつも多くの人で賑わう駅だからこそ、その異様さが増す。けど、いやな気持ちではない。

ただ、私と彼の存在がその景色に溶けてしまう感覚があった。


「ん〜、どうする?」


彼の提案に、私はひとつしか答えがなかった。


「歩いて、帰ろっか──」


◈◈◈



線路沿いのコンクリートの道を踏みしめる。


街灯は着いていなくて、ポツポツと家の明かりだけが夜道を照らす。


そうして、彼が手を私の前に差しのべた。


それを私は反射的に握る。


「くらいなぁ。疲れるなぁ」


「でも涼しいよ」


「まあねぇ〜」


2人でくだらない会話をして道を歩く。


ゆっくりになったり。はやくなったり。


深夜のどこか寂しげな夜道は、しかし何故か鮮やかでもあった。


切ない道も、苦しい道も、悲しい道も、寂しい道も。彼と歩くと、いつもはわからない、鮮やかな道になる。


私は、彼が好きなんだろう。


年下だけどカッコよくて、暖かいけどどこか淋しげで、面白いけど真面目で、おっちょこちょいだけどしっかりしてる。


ふいに、彼と私の間を爽やかな風が過ぎ去る。


心地よい風は、彼の髪の毛をなびかせ、整った横顔を目立たせる。


掌の中の彼の手は、暖かった冷たかった


くさむらから聞こえる虫の音。

度々通り過ぎる車の音。

地面をふみしめる靴の音。


暗闇と静寂がそれを引き立たせる。


進める歩みはどこまで続くかもうわかっているけど、しかし永遠に続いて欲しいと思ってしまう。


道を2人で歩く。


そんな簡単な事だけど、そんな簡単なことなのに。



こんなに、楽しい。



「ねぇ──」


口から自然と言葉は漏れる。

いつの間にか歩みは止まっていた。


風は叢を揺らし、

冷たさは気持ちを揺らす。


「まだ、この道は続くよね──」


1台の車が彼と私を照らして通り過ぎる。

その後の静けさは永遠のようだったけど、一瞬でもあった。


やがて彼は振り向いて口を開いた。



「──もちろん」



そう言って笑った。



「ほら、行こうよ──」



道を2人で歩く。




「──





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