7話「雪原の女王、現る――後編――」

「…………あの、大丈夫ですか?」

「えっ?」


 俺が洞穴へと潜入して足場の氷を誤って破ってしまい落下すると、唐突にも背後から独特の透明感のある女性の声で話し掛けられた。

 

 しかしこの場にパーティメンバーが居るわけもなく俺の脳内に浮かんだのは、この山の頂上に居るとされている”雪原の女王”という存在だ。


「も、もも、もしかして雪原の女王なのか……?」


 俺は恐る恐る声の主を確認するべく後ろを振り返るとそこには――――


「なんだと!? こ、これが雪原の女王だと……!!」


 まさしく雪原の女王という名が相応しい女性が居たのだ。

 その女性は水色のドレスらしき服装を身に纏い、肌はヴィクトリアと同じく純白で、髪はまるで冷たい雰囲気を印象付けるかのように紺青色の長髪なのだ。


 そして女性からは冷たい雰囲気というよりも、確実に冷気らしき冷たい空気が漂ってくる。


「えっあっ……はい。如何にも私が雪原の女王と呼ばれている雪の精霊です……」


 女性は俺の言葉にオドオドした様子で答えてくれると、俺は本当にこの女性が雪原の女王なのか疑わずには要られなかった。何故なら俺の想像していた女王とは全然イメージが違ったからだ。


「えーっと再度確認しますが、本当に雪原の女王でいらっしゃいますか?」

「はいそうですっ……。す、すみません……私なんか全然女王って感じのイメージないですよね……ははっ……はぁ」


 俺は再度この女性が女王である事を確認しようとすると、女性は目を泳がせながら何やら勝手に話を進めて溜息を吐いていた。

 

「いやぁ……。俺のイメージしていた女王ってのは笑顔で人を生きたまま凍らせたり、跪いて足を舐めろとか言ってくるタイプの方だったんだけどな」

「えっ、何ですかそのプライドの高そうな女王はっ!? 私とは正反対の性格ですね……。あっで、でも私が女王という証拠はあるんですよ!」


 俺は自分が思っていた女王のイメージを話すと、女性は何故か距離を取るように少し離れて行った。そして女性は一定の距離を取ると自分が女王だとという証拠があると言ってきた。


 一体女王たる証拠とは何なんだろうか。俺は正直、目の前にいる女性はもはや人型の魔物にしか見えなくなっているのだ。今の所、冷気が立ち込めている以外は無害だしな。


「こ、これが私が女王という確たる証拠ですっ! どうぞ、その目でお確かめ下さい!!」


 女性はそう言って頭の上に乗っているティアラを持って俺に見せてきた。

 そのティアラに視線を向けてよく見ると、雪の結晶らしき模様の宝石が装飾されていて質屋に売れば数十年は遊んで暮らせそうな品物だと分かる。


「うーん。これが女王たる証拠なのか? というか俺は雪原の女王自体何なのかよく分かっていないからティアラを見せられてもなぁ……?」


 まぁ確かに魔物がティアラを持っている事と言葉が喋れる事に関しては不思議だと思うが、それだけでは女王という事にはならないだろう。


「そ、そんなぁ!? じゃぁどうしたら私が女王だって信用してくれるんですかぁ!」


 俺は頑なに女王だという事を認めないでいると、女性は泣きそうな顔をしてティアラを頭の上に戻し小走りで俺の元へと戻ってきてた。

 しかし女王たる信用なんて特に思いつかないんだよなぁ……。かと言ってこのままにしておいても面倒だしなぁ。


「まったく……しょうがないな。じゃぁ”パンツ見せて”くれたら女王だって信じてやるよ」

「……は、はは、はぁ!? そそ、それは一体どういう意味なのでしょうか!? というよりそれで何で女王って信用してくれるんですか!」


 女性は俺の言葉が相当に効いたのか、冷たく血色のなさそうな頬には微妙に赤みがかっていた。

 別に俺だって目の前の女性が絶世の美女だからって欲情したとかそう言う訳では別にないのだ。

 ああ、神に誓って断じてな。


 ……ただ女王なら民草の願いぐらい叶えてくれるかなと思っただけの興味本位なのだ。

 まぁ相手は人間の女王ではなく精霊の女王もしくは魔物女王だがな。

 

「黙らっしゃい!! それで見せるのか見せないのか? はいかいいえか!?」

「ひいいッ。わ、分かりました……。見せますよ! それで信じて貰えるなら、見せる価値はあります!」


 ……自分で言っといて何だが、本当にパンツを見せる価値はあるのだろうかと思ってしまった俺はきっと最低な男なのだろう。


 だがしかし! 俺は目の前の美女のパンツが見た……ん”ん”っ”。

 これもあれも全て、パトリシアの下着姿を見てからモヤモヤしているせいだなきっと。

 帰ったら【異種族ラブラブ館】に行って癒して貰うかな。


「うぅぅ……。何で私が久しぶりに出会った人間にパンツを見せなきゃいけないの……」

「お前が見せると言ったんだろう! 別に見せなくてもいいが、俺は信用しないからな!」

「あぁっ! ご、ごめんなさい! 直ぐに見せるので信用してぇ!!」


 女性は若干涙目で頬を赤く染めながらスカートの裾を掴むと手は震えている様子だった。

 なんだろうな。俺は今の物凄くいけない事をしているような、謎の背徳感に身を包まれているようだ。


「こ、これで信用して下さい! どうぞ、私の生パンツですっ!!」

「おぉぉぉ!?」


 女性は意を決した声色で言ってくると目を閉じながら掴んでいた裾を勢い良く上げて、俺に禁断の花園を見せてくれた。


 俺はその美女の生パンをしかと目に焼き付ける為に凝視すると……、


「ま、まさか……薄水色の紐パンでありながら妙に覆っている面積が少ないギリギリの際どいラインを狙った下着だと!?」

「詳しく言わないで下さいよぉ! 私だって恥ずかしいんですからぁぁ!!」


 女性が履いていた下着は正しくマニアックな物である事が童貞の自分でも分かった。

 そして女性は俺の瞬時の解析と解説により、顔は真っ赤にそまって湯気が出そうな勢いである。


「あ、あぁすまん。もうスカート下ろしていいぞ」

「あっはい……。それで、その、これで私が女王だって信じてくれましたか?」


 女性は安堵した様子でスカートを下ろすと、俺に女王である事を信じてくれたかどうか改めて聞いてきた。

 だが俺の答えは既に決まっていると言ってもいいだろう。ずばりそれはこれだ。


「いやまぁ、別に見せても見せなくても俺は信じていたぞ。だいぶ最初からな」

「えっ……えっえっぇぇぇぇええ!! じゃぁ私が貴方にパンツを見せた意味って何なんですかぁぁ!?」


 俺の返しに女性は一瞬膠着したように身動きを止めると、次の瞬間には怒涛の言葉と叫びながらじわじわと近づいてきた。

 地味に冷気が俺の全身を包み始めていて寒いが、下半身だけは何故か寒くなかった。


「まさか本当に見せてくれるとは思っていなかったのでな……。だが中々に似合ってたぜ!」

「そんな感想はいりませんっ……。あっでも、一応ありがとうございますぅ……」


 何かもうこれ以上弄るのは流石の俺も可哀想に思えてきたので、そろそろ雪原の女王と認識した上で俺がここに来た事情を話すとするか。

 何にせよ俺は目の前の美女を討伐しないといけないのは変わらないからな。


「あー、えーっとな。実は俺がここに来た理由ってお前を討伐する目的があって来たんだよ」

「…………と、と、討伐ですかぁぁ!? あいえぇぇ!! 討伐!? 何で討伐なのぉぉ!?」


 女性もとい、女王は真の目的を聞くと震える口で声を出すと共に、再び俺から一定の距離を取るように離れいった。しかも地面にしゃがみ込んでワナワナと震えている様子だ。

 もしかして雪原の女王という大層な名が付いているだけで、交戦能力はそれほど高くないのか?


「お、おいそんなに震えるなよ……。なんか殺りづらくなるだろ?」

「ひいぃっ……や、ヤるてなんですか!? パンツの次は私の体を弄ぶ気ですか! この畜生の変態男っ!」


 ……あ、駄目だわこの女王。こいつも人の話を聞いていそうで聞いてないタイプの奴だ。

 しかもなんだよ。ヤると殺るの意味が全然違う上に、その微妙な発音に気づいてしまう俺も情けない。


「はぁ……取り敢えずだな。お前が魔法か何か知らないけど、吹雪を起こしているせいで俺達人間が滅茶苦茶困ってるんだよ。だからそれを解決しにここに来たんだよ」

「その解決方法が私の討伐って安直過ぎません……? 人間って皆そんな考え何ですか?」

「いや別に……そうでもないと思うが。逆に言ってしまえばそれさえ何とかなれば、お前を討伐しなくて済むんだがな」


 ……俺とて魔物に情が芽生えた訳では決してない。

 ただ無駄に殺したくはないという基本的感情に従って提案しただけだ。


 決してパンツを見せてくれたからとかいう、そういう不純な理由じゃないんだからねっ!


「ま、まぁ吹雪ぐらいなら何とかする事はできますけど……。そもそもあれは私の気持ちが反映して起こった出来事ですしね……」

「気持ちが反映して起こった事?」


 俺は女王から吹雪の正体を知るべく聞いた言葉をついオウム返ししてしまう。


「え、えぇ。実はあの吹雪は――――」


 それから女王による吹雪の正体と身の上話を三十分ぐらい一方的に聞かされると、俺は適度に相槌を打ちながら親身に聞いていた。


 そして話の大事な要素を簡単に纏めるとこんな感じである。


 まず女王は誕生してからこの山でずっと一人で過ごしていたらしく、それがもう冬が来る度に何十年も同じ経験して、ついに寂しさの限界を迎えた女王は無意識の内に外を猛吹雪で覆っていたらしい。


 詰まるところ吹雪の正体は、ぼっちに耐えれなくなった女王の心境を現したものなのだろう。

 俺も日本に居た頃は美玖がいなければ、ぼっち生活だったらその気持ちは少なからず分かる。


「なるほどなぁ。じゃあその寂しい気持ちが収まれば吹雪も収まるという事だな?」

「え、えぇそうですけど……。私の数十年分の寂しさは凍った氷のように、そう簡単には溶けませんよ?」

「大丈夫だ。全てこの俺様に任せておけ!」


 胸を張って言い切ると俺は思いついた名案を小声で耳打ちしてあげた。

 何故か女王は身震いさせてくすぐったそうにしていたが、きっと気のせいだろう。


「ほ、本当に良いんですか!? その私……毎日いっちゃいますよ? 本当に!!」

「あ、あぁ構わないぞ。どうせこの時期はクエストにもいけないからな。”毎日家に遊び”にきてくれて良いぞ!」


 そう、俺が提案したのは女王と友達になり遊ぶことである。だがしかし、毎日この山の頂上に行くことは現実的ではない。だから女王から俺の家に遊びに来てもらう事を提案したのだ。

 

「や、や、やったぁぁぁ!! 初めてお友達が出来ましたぁぁ!! ちょっと変態で畜生な方ですが、気にしません!」

「……めっちゃ気にしてるじゃねえか」


 女王は友達が出来た喜びでその場で舞みたいな踊りを披露し始めると、俺はそれを暫く見てからヴィクトリア達が待っている山頂へと連れて行って貰った。






「いやぁビックリしましたねぇ……。まさかユウキが氷の柱に乗って現れるとか」

「それもありますけど、私としては魔物の女王と和解するというユウキの判断力に驚きましたわ」


 俺達一向は女王に見送られながらホワイトマウントを下山する帰り道で、ヴィクトリアとパトリシアがそんな会話をしていた。

 既に時刻は昼を過ぎた頃だろうな。腹が減っているから多分そんな気がする。


「まぁでも何にせよ女王からは!討伐の証として”ティアラ”を貰ったし、吹雪もご覧の通り収まっているから全部平和に解決したな! はっはは!」


 俺の手には女王から貰ったティアラが握り締められている。これをギルドに持って帰れば無事に討伐成功の証拠となるのだ。何時ぞやのローレットの首飾りと同じ事だな。


「むぅ。オレとしては女王の魔法が使う魔法とか見てみたかったのだがな……」


 隣を歩くユリアは顔をむすっとさせて文句を言っている。ユリアは雪原の女王がどんな魔法を使うのかと楽しみにしていたらしいのだ。あと魔法を作成する際のアイディアになればいいとか何とか。


「なんだ、それなら心配いらないぞ。また近々あえるからな」

「「「えっ? それってどういう意味?」」」


 俺の言葉に全員が首を傾げて変な視線を向けてきたが、今言わなくとも時期に分かるから大丈夫だろうとその場は適当に茶化した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そしてこれはミストルに帰って翌日の出来事なのだが、俺達は山を登った事で全身筋肉痛で動けないで居ると突然にも朝っぱらから家のドアからノック音が聞こえたのだ。


 俺はこんな時間に誰だよと思いながらも壁に体を支えて貰いながら扉の前へと行くと、


「こんな朝早くにどち……ら……さまですか……」

「えへへっ……。来ちゃった」


 目の前には昨日ぶりの女王がそこに立っていたのだ。俺は取り敢えず何も見なかった事に……したかったのたが、諦めて家に入れるとその日は夜まで皆と一緒にトランプで遊んだ。

 意外と女王はババ抜きがお強かった。

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