6話「雪原の女王、現る――前編――」
パトリシアが何やら顔を赤くしながら俺に伝えようとすると、突然背後の出入り口からヴィクトリアと思わしき甲高い声が洞穴内に響き渡った。
「ま、まさかヴィクトリアなのか……!?」
俺は思わず腰を上げて出入り口の方に視線を向けると、
「ねえねえー。パトリシア~? ユウキ~? 居ませんかぁ?」
「うーむ。二人の微力な魔力を辿ると、この辺りに居る筈なんだけどな」
二人の会話が聞こてくると、どうやらユリアが俺達の魔力を探りながらこの場所を特定したらしい。
やはりパーティメンバーに魔法が使える職業が居ると心強いな。
始めて俺はユリアとヴィクトリアに対して心の底から感謝を捧げている気がする。
「おや? あそこに明かりがありますよ?」
「おっとあれは……。おぉぉ!! 紛れもないパトリシアとユウキではないか!」
二人は真っ直ぐ洞穴を進んでくると、やっと俺達と合流する事ができた。
そして二人の様子を見ると俺達が必死で小屋に運んだ時と比べて表情には正気が戻っているようだ。更にヴィクトリアの右手には松明らしきモノまである。
「おぉぉ! お前達も無事だったか!」
「ええ、当たり前ですよ。この女神たりうる私がそう簡単に寒さに負ける訳ないでしょうっ!」
ヴィクトリアはドヤ顔でそんな事を言ってきたが、どの口がそんな偉そうに言い切れるのだろうか。俺には皆目見当も付かない。一体誰が小屋まで運んで火まで焚いて暖めてやったと思っているんだ。
「そ、そうか。ならいいが……」
とは思っているが俺自身、元気で体力のある二人がこの場に現れたことは好都合である為強くは出れない。というのも外で枯れ木や燃えそうな物、もしくは木の実やらを持ってきて欲しいからだ。
「それより気になるんですが、もしかてこれから大事な場面でしたか? もしかて私達はお邪魔でしたかね?」
「確かにこれは邪魔をしたかも知れないな……。せっかくお嬢様のパトリシアが純潔を散らそうとして下着姿でユウキの傍に居るのだからな。うむ、これは失礼した」
ヴィクトリアは手を口元に添えて目元を緩ませてニヤニヤとしてくると、ユリアはジト目で純潔がどうのこうのと冷静に言ってきた。それを聞いて俺は光の速さで事の状況を整理する。
まず最初にパトリシアは鎧が濡れていて現在下着姿だ。次にパトリシアは何故か顔を赤くして俺に寄り添っていた。最後に俺はヴィクトリア達が来たのを察して慌ててその場から立った。
「うーん……これはこれは第三者視点から見たら完全に今から大人の階段を登る展開に遭遇した現場だな」
「ちょっとユウキ! 納得していないでちゃんと否定して下さいまし! このままでは私は恥ずかしさのあまり貴族の権限を使ってユウキを捉えますわよ……」
俺は事の状況を客観的に考えて纏めると確かにこれは何とも言えない所だろう。
そしてパトリシアは下着を手で巧妙に隠しながら、俺に二人の言葉を否定するように言ってきた。
「貴族の権限をそんな私利私欲で使うなよ……。はぁ……取り敢えずヴィクトリアとユリアは俺の話を聞いてくれないか?」
俺は兎に角、二人に何故こんな状況になっているのか話そうと一歩前に出る。
「いいですけど、距離を空けてあまりこっちに近づかないで下さいね。何か襲われそう嫌ですから」
「お、オレも……別にそういう事はあまり気にしない方だが、ヴィクトリアと同じで感覚を空けてくれ。頼む」
すると二人は俺が一歩前に出ると同時に、二歩後ろに下がってそんな事を言ってきた。
ユリアに至っては口ではああ言っているが完全に体は防衛反応を起こしている。
「まぁ……仕方ないか。それで何故、パトリシアが下着姿で居るかと言うとだな――――」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なるほど! そんな事情があってパトリシアはあられもない姿になっていたのですね!」
「やはりオレの思っていた通り、童貞のユウキが女性を襲うなんて最初から無理だと思っていたんだ。はっはは!」
事情を全て二人に話し終えると、ヴィクトリアとユリアは急に何事もなかったかのように焚き火に近づいて温まり始めた。
つまり二人は勝手に勘違いした事も侘びもせずに、俺の近くに来て焚き火で暖をとっているのだ。
「……ったく調子の良い奴らだな」
「まぁまぁ、誤解が解けのなら良いじゃないですの」
パトリシアはユリアとヴィクトリアから防寒具を分けて貰うと、それを着込んでやっと自由に動けるぐらいになった。
俺としては魅惑の黒色の下着が見えなくなってしまい正直残念だがな。
しかしパトリシアの下着姿はしっかりと目に焼き付けたから妄想世界で会うことは可能だぜ……ふひっ。
――――それから俺達は話し合いの結果、洞穴で一日過ごして体力回復させる事を優先させる事になり、自慢のリュックの中から缶詰の非常食を取り出して皆で食べるこにした。
一応俺はヴィクトリア達に外で野草や木の実とか探してきてくれないかと頼んだのだが、二人はそれを聞いた瞬間に絶対に嫌だと言って頑なに焚き火の傍から離れなかったのだ。
「意外と缶詰の食料もいけますね!」
「そうだな。ヴィクトリアが言うのなら間違いはないな」
俺達は缶詰を片手に豆のスープや何かの肉が入った物を食べ進めていると、パトリシアは缶詰をもってボケーっとしている事に気がづいた。
「どうしたんだパトリシア? 食わないのか?」
「あっいえっ……そのお恥ずかしながら私こういう物を食べた事がなくて、開け方が分からないんですの……」
俺はその時気がづいた。パトリシアはお嬢様なんだからこんな非常食なんて見たことも、ましてや食べたことすらないという事に。
取り敢えず俺は缶切りを持って缶を開けてあげると、パトリシアは興味津々の様子でそれを見ていた。
「ほらよ、これで食べられるから。冷たいのが嫌なら焚き火を使って温めてくれ」
「あ、ありがとうですの! 初めての缶詰料理、頂きますわ!」
そう言ってパトリシアは缶詰の中のスープを一口啜ると…………何とも言えない表情を浮かべていた。
まぁ缶詰には当たり外れがあるから正直、味に関しては運と言える。
んで、パトリシアは外れを引いたみたいだな。
「うまいうまいっ! このキノコのソース漬けは美味いぞっ!」
「私の豆のスープも美味しいです!」
しかしユリアとヴィクトリアは当たりを手に入れて美味そうに食している様子だ。
…………それから俺達は雑談を交えながら食事を済ませると寝ることなった。
少し早い気もするが体力回復が優先事項なのだ。たっぷりと惰眠を貪りたいぐらいだ。
「はぁ……。こんな寒いのに俺は一人で寝る事になるのかよ……」
「文句言わないで下さいよ。一応ユウキは男ですし、何してくる分かったもんじゃないんです!」
俺は一人右側で寝ることになり、女性陣達は左側で寄り添って寝るらしい。
こういう極寒の状況で助け合い精神はないのだろうか。
俺だって密着して寝たい。別にやましい気持ちとかなくてな。
まあ断言はしないけど、あくまで無いという気持ちだけだ。
「じゃあ寝ますので、凍死だけはしないよに気をつけて下さいねぇ~」
「はっはは! 明日はいよいよ雪原の女王討伐だっ! 体が高ぶるなァ!」
ヴィクトリアとユリアが何かを言っているみたいだが、俺は無視してそのまま目を閉じて寝る事にした。体に感じるのは冷たくゴツゴツとした地面と洞穴の出入りから来る冷気である。
俺はそんな状況の中で一人虚く眠りに就くと、あっという間に朝を迎えた。
焚き火は既に燃え尽きて炭となっていて、ある程度の時間経過が分かる。
そして起き上がると体の至る関節が固まって動かなくなっていたが、ストレッチをしたらそこそこ治った。
「お、おい三人とも起きろ朝だぞ。雪原の女王を倒しに行くぞ!」
「もぉ~朝なんですか? さっき寝た気がしたんですけど……」
「オレは三時間ぐらい寝られれば十分だがな」
俺の声にヴィクトリアは目を擦りながら言うと、ユリアは目を見開いて俺を見てきた。
本当に大丈夫なのだろうか。俺は些か心配であると同時に、その見開いた目でこっちを見ないで欲しい。まじで怖い。
「よ、鎧が乾いてないと……動けませんわ……」
その二人の横ではパトリシアが不安気な顔をして弱々しく鎧へと歩いていくと、
「頼みますわよ……! 乾いていて下さいですの!」
震える手でそっと触れて乾いているかどうか確認していた。
そしてパトリシアは確認を終えると、ゆっくり振り返って俺達の方を向いた。
「ど、どうだった? 乾いていたのか?」
俺はたまらず聞いてしまうとパトリシアは表情を変えて、
「ええ、大丈夫でしたわ! ばっちりと乾いていますの!」
笑顔を俺達に向けながら答えた。つまりこれでうちのアタッカーが復活した事になる。
「おおぉ!! よっしゃ、これで準備は整ったな! いざ山頂に向けて出発だ!」
「「「おぉぉ~ぅ!!!」」」
俺の声と共にヴィクトリア達は声を上げると装備を纏めて洞穴から出た。
すると外は昨日と違って猛吹雪とかは起こってなく、絶好の晴天日和であった。
「天候も大丈夫そうだな! このまま一気に山頂を目指すぞ!」
「ええ、そうですわね!」
俺とパトリシアは自然と一緒に並んで歩き始めると、後ろの方ではヴィクトリア達が何かヒソヒソと話し声が聞こてきた。
「あの二人……やっぱり何処かおかしくないですか? 何か距離感が近いような?」
「まあオレ達が来るまでパトリシアは下着姿でユウキの傍に居たんだ。逆に何もなかったとは言い難いだろうな」
何やら勝手に話を進めているようだが、あながちこの二人の言っている事は間違いではない。
俺は今でもはっきりと覚えている。パトリシアが照れながら俺に何かを言うとしていた事をな。
「「しかし、所詮は童貞のユウキ。何かあったとしても女性に手を出す事はできないでしょう」」
二人は肩を竦ませながら勝手に結露を出して同じ言葉を言うと、二人に対してはミストルの街に帰ったらお仕置きをしてやろうと決意した俺である。
――――そんなこんなで山頂にたどり着くと、俺の目の前には大きな洞穴が姿を現していた。
それはさっきまで俺達が滞在していた洞穴とは比べ物にならいない程に大きく、中はかなり奥まで続いているようだ。
「くぅっ……!! この奥に強大な魔力反応を感じるぞ!」
ユリアは急に大杖を地面に突き刺して手を洞穴の方へと翳すとそんな事を言ってきた。
「なに!? そ、そうか……奴がここにいるのか!」
それを聞いていよいよボスのご対面だと実感すると、最初に偵察と雪原の女王の居場所把握の為に俺が洞穴へと入る事になった。
「気を付けて下さいましねっ!」
「何かお宝あったらよろしくですよ~」
「雪原の”女王”だからって欲情するなよユウキ」
三人は俺が準備をしていると勇気づけてくれているのだろうか色々と声を掛けてくれるが、ヴィクトリアとユリアはズレいている気がする。
「んじゃ、行ってくるぜ!」
親指を立たせてグッドポーズを皆に見せながら言うと俺は暗い洞穴へと足を踏み入れた。
もちろん魔物に気づかないようにスキル【クローク】を発動しているぞ。
「まったく暗いな……。松明でも借りてこればよかったな」
俺は壁に手を付けながら真っ直ぐ道なりに進んでいくと、とある広い空間に出た。
そこは上が突き抜けていて太陽の日差しが舞い込んでかなり明るい。
「お、おぉ……ここは凄い綺麗な場所だな。山頂にこんな場所があったとは」
周りを見渡すと壁からは鉱石らしき物が生えていて、日差しの入り具合がいい感じにそれを幻想的な空間へと変えているようだ。
「うーむ、取り敢えず一個だけ鉱石採取しとくか。きっとグラナーダさんも喜ぶことだろうしな!」
そのまま一番近くに生えている鉱石を目指して歩き始めると、俺は足元から何処か聴き覚えのある不穏な音が鈍く聞こえてきた。
「おいおい勘弁してくれよ。まさか、またこの展開なのか……?」
ゆっくりと恐る恐る足元に視線を向けると、驚くことに地面は全て氷で張られていて少しでも歩き方を間違えると亀裂が入って割れそうなほどの繊細なものだった。
「マジかよ!? こ、こんなのって一体どうすれば……」
直ぐにこの場から退かないとまずいと思い俺は方法を考えるが、尚もその間に氷が擦り切れるような嫌な音がこの空間に響き渡る。
「あぁっ……!! やばいやばいやばいやばい!! 誰か助け」
――――そしてそれは当然の如くやってきて、氷の割れる音がそこらじゅうから響き反響し始めると俺の足元の氷も粉々に砕け散り……そのまま落下していった。
俺が落下して地面に体を打ち付けてからどれぐらいの時間が経過したかは分からないが、どうやらまだ生きていることだけは分かる。
「あぁ畜生、体中が痛い。だが生きているだけでも儲け物だなこれは……」
視線を下に向けると何故かそこには雪が積もっていて、それがクッションの役割を果たしてくれたらしく俺は命拾いしたようだった。
「と、兎に角この状況を何とかして、上に居るヴィクトリア達に知らせないとな」
命が助かった事に安堵しつつ俺は雪の塊から降りると状況確認の為に当たりを見渡し始めた。
「………あの。大丈夫ですか?」
すると突然背後から声を掛けれられた。しかもそれは女性の声である。
だがこんな所にヴィクトリア達が居る訳もなく、更に女性声とういのが妙に引っかかる。
「……も、もも、もしかして雪原の女王なのか!?」
俺は緊張しながらもその女性の正体を確認すべく振り返ると――――
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