5話「雪原の女王を捜索――後編――」

 雪崩が発生して俺とパトリシアが巻き込まれてから、どれぐらいの時が経過したのだろうか。

 俺は意識が朦朧とするなか、何とか力を振り絞り装甲を起動させて雪の中から這い出ると、辺りは雪崩のせいで雪が波のように積もっていた。


「お、おい……!! パトリシア大丈夫か!! クソッ、どこに居る!?」


 雪崩の時に頭を打ったのか酷く頭痛が俺を襲ってくるが、一緒に巻き込まれた筈のパトリシアを探すべく俺は周りに向かって必死に叫ぶ。

 

「はぁはぁ……。無事でいてくれよ、頼むぞパトリシア」


 通常雪崩に巻き込まれた際のタイムリミットは十五分が一番生存率が高いとされている。

 しかしそれを過ぎるとあっという間に生存率は低くなってしまうのだ。


 故に俺がどれだけ気絶していたのか分からないが、巻き込まれた時間が一緒ならまだ確率的に大丈夫だと思いたい。


「クソクソッ。視界までぼやけてきやがった……。このままでは俺も凍傷で長くは持たないだろうな。急いで探さないと……」


 俺は周りに何かパトリシアの痕跡がないか徘徊し始める。

 だが徐々に体は体温低下と外傷により体力は奪われていき、視界も二重になって見え始めていた。


「お、俺の仲間は誰一人死なせないぞ……。例え剣オタクのお嬢様でもな……」


 俺は意識を保つために独り言を呟いて歩いていると、ふと足のつま先に何か硬い物があたる感触を感じた。


 またモグランの氷漬けかとも思ったがその感触は動物の凍ったものではなく、何か鉄製の物ではないかと俺は鈍る意識の中で気がづいた。


 そして確認するべく視線を下に向けると、


「こ、これは!? ぱ、パトリシアの剣じゃないか!! 何でこんな所に……いや待て、これがここに落ちているという事はパトリシアはこの辺りに居るんじゃないか?」


 それは紛れもなくパトリシアの愛用の剣であった。

 その証拠に鍔にパトリシアの家の紋章が刻印されているのだ。


「しかし、一体どうするべきなんだ……」


 俺は剣を持ちながら腰を上げて立ち上がると、究極の選択肢を迫られている事を知った。

 そう、この剣を頼りにこの辺りを装甲の力を使って掘るか、また別の場所を探しに行くかという選択肢を。


「チッ、悩んでいる場合ではないな。タイムリミットだって残りの僅かかも知れないんだ。俺はこの辺を装甲の力を使って堀上げる!!」


 この決断によってパトリシアの命に関わると足が寒さと関係なく震えてくるが、今の俺は自分の幸運に賭ける他なかった。

 

 不運ステータスがなんだ。こっちとら毎日幸運ステータス持ちヴィクトリアの手料理食べてんだぞ! 余裕で不運なんて帳消しだろう!


 気持ちで自分を鼓舞すると俺は装甲スキル【スラスター】を発動して駆動系をフル稼働させると、自ら雪崩で積もった雪の中へと入り手当たり次第に探し始めた。


 例えるなら人間ブルトーザーのような感じだ。超スピードので俺が両手を広げて雪を退かしつつパトリシアを探すのだ。


「どこだだぁぁぁ!! パトリシアァァァ! 居るなら早く見つかってくれ! 俺ももう限界なんだよ!」

 

 半狂乱になりがらもパトリシアの名を叫びながら人間ブルトーザーをしていると、俺の手に何かが触れた。それは酷く冷たくなっていたが明らかに人の手だと分かる。


「そ、そこに居るのかパトリシアッ!」

 

 俺は咄嗟に叫んで手を握ると、その触れた手からは微かに握り返してきた気がした。

 どうやら俺は賭けに勝ったらしい。あの時、もし別の場所を探すなんて事していたらきっとパトリシアは……。


「いや、今はそんな事どうでもいいだろ。直ぐにパトリシアを助けて暖めてあげないとな……」


 その後は装甲の残りの力を使ってパトリシアを救出すると偶然にも近くに洞穴があることに気づいて、俺はパトリシアを抱えながらその洞穴へと向かい中で休むことにした。


 洞穴の中へと入ると直ぐパトリシアを横に寝かせて体温低下を防ぐ為にスキル【ファイヤー】を発動した。これでパトリシアの纏っている鎧を炙って体温を上げるのだ。しかしこれはその場凌ぎにしかならないだろう。


「ふっ……ただでさえ装甲を使って魔力不足なのに、更にこんな事したら俺は気絶するな。ああ、確実に……」


 鎧を絶妙な加減で炙っていくとパトリシアの表情が少しだけ動いたのに気づいて、俺は右手で頬に触れると体温を確認した。

 やはりまだ常温とはいかないが、これならすぐには死には至らないだろうと思った。


「ははっ……助けてやったからなパトリシア。この借りは高く……つくぞ…………」


 そう言うと俺の視界は暗く染まっていき何も見えなくなった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………はっ!? 俺は生きているのか! 死んでいないよな!?」


 もはやどれぐらい寝ていたのか見当も付かない。だがどうやら俺は凍死しては居なかったようだ。しかも隣からはなにやら生暖かいような温いような感じの温度が俺に伝わってきている。


「一体俺が気絶したあと何があったんだ……?」


 温もりが伝わってくる方へと俺は視線を向けると、そこには驚愕しないではいられない光景が広がっていた。


「ぱぱ、パトリシア!? 何でお前……下着姿で俺の隣で寝てるんだよ!? ……いや本当に寝てるだけだよな? 気絶とかしてないよな?」


 俺の隣では黒色の下着を身に付けたパトリシアが密着しながら寝ていたのだ。そう、この温もりの正体は人肌から伝わってきていたものだったのだ。


「んんっ……起きましたのねユウキ。大丈夫ですわ、目を閉じていただけですの」


 俺の声に反応したのかパトリシアは目を開けると視線を合わせてきた。

 

 しかし俺はどうしたらいいのだろう、凄く悩まずには要られない。

 隣に下着姿の美女が居るのだ……これは否応にも視線が腋や太ももにいってしまうだろう。


「そ、そんな事ことより何でお前は下着姿で密着してるんだよ!!」

「えぇっ? 簡単な事ですわよ? まず私が気が付くとここ居て、近くには酷く冷えたユウキが寝ていましたの。だから私の肉体で直接温める事にしたんですの」


 パトリシアは俺が気絶した後の事を話すと、とどのつまり俺はパトリシアの瑞々しい体によって温められ解凍されて命拾いしたという事らしい。

 

 ……だがすまんパトリシア。そんな助けて貰って何だが俺はさっきから、お前のおっぱいと下の下着に視線がいってしまっているのだ。この極寒の状況下でも男の性には逆らえないらしい。


「そ、そうだったのか……。助けてくれてありがとうな」

「いえ気にしないで良いですの。私もユウキに助けられた見たいですしね。これでお相子ですわ」


 俺達は互い礼を言うと、パトリシアに鎧を着るよう俺は言った。

 そして体調が少し回復した俺は洞穴の外へと出て火種となりそうな枯れ木を集める事にした。


「流石に人肌だけでは限度があるしな……。それにいつまでも下着姿のパトリシアが横に居ると俺の理性が……はぁ」


 洞穴を出て近くで火種を探しながら呟いていると、俺はとある箇所に視線が止まった。

 視線の先には俺が背負っていたリュックのらしきも物が雪の中から少しだけ顔を覗かせていたのだ。


「こ、これはまさか俺の!! ミストルの街で買い揃えてありとあらゆる物が備わっている自慢のリュックでは!?」


 直様俺は駆け寄るとやはりそれは俺のリュックであることが分かった。

 俺は今日ほど幸運に見舞われた事はない。何故ならリュックも雪崩で巻き込まれていても、ちゃんと俺の近くにあったのだから。


「よしよし! これなら何となるぞ!」


 リュックを抱えて急いで洞穴へと戻ると流石にもうパトリシアも鎧を着ているだろうと思ったが、俺の目の前には再び下着姿のパトリシアが何やら身悶えている様子が入ってきた。

 

「お、おい……どうしたんだ?」

「こ、ここ、この鎧まだ中が凄く冷たいんですの!! きっと中に入っていた雪が溶けて濡れている状態ですわ! もぅ! おかげで体がまた冷えてしまいましたの……」


 何を下着姿で身悶えさせているかと思えば、パトリシアは濡れ濡れ状態の鎧を着ようとして再び体を冷やしていたらしい。

 確かに鎧の中とかは汗とかも溜まるからなぁ。雪が溶けて水となったなら尚更乾燥には時間が掛かるか。

 

「なるほどな。だが心配するな、俺は外でとっておきの物を見つけてきたからな!」

「とっておきの物ですの? ……あぁっ!? それはユウキが街で色々と買って詰め込んでいたバッグじゃないですの!」


 俺は自信げに言ってリュックを見せつけると、パトリシアはこれ以上にないぐらいの安堵した表情を浮かべていた。


「ああ、そうだ! これがあれば火も安定させられるし、簡易食料も入っていて暫くは大丈夫だ!」

「やりましたわねユウキ! これで私達は生きられますの!!」


 パトリシアは歓喜が頂点に達したのか俺に駆け寄ってくると勢い良く抱きついてきた。

 俺は咄嗟に受け止めると条件反射でつい抱きしめ返してしまうが……、


「お、おいパトリシア。お前今、自分が裸に近い状態ってことを自覚しているか……?」

「なぁっ!? す、すっかりと忘れていましたの!! 安心感の方が強くてついやってしまいましたの……」


 冷静になって声を掛けるとパトリシアは正気を取り戻した様子で離れて行った。

 しかし顔は真っ赤に染まっていて恥ずかしそうに下着を腕や手で隠したり、俺をジト目で睨んできている。俺は決して悪くない筈だ。


「と、取り敢えず火を焚いて暖をとろうな?」

「そ、そうですわね。さっきの事は忘れて下さいまし……」


 俺達の周りに微妙な空気が立ち込めると、俺は無心でリュックから焚き火用の火種を取り出して地面に穴を掘って設置した。あとはスキル【ファイヤー】で火をつければ完成だ。


 そう言えば外出たときに思ったが、太陽の動きから見て今は十三時か十四時だと思われる。

 まぁこれは小学生の時に習った浅い知識ゆえ憶測だがな。


「ああ、にしても良かったな。雪のせいでリュックまで濡れているかと思ったが、流石は登山用のリュックだ。完全防水とは恐れ入るぜ」

「おかげで助かりましたわ。しかし私達がこれだとヴィクトリア達の方は不安ですわね……」


 俺達は焚き火にあたりながら体温を維持していると、パトリシアが放った言葉で心が冷たくなった気がした。


 確かにアイツらは小屋みたいなとこに置いてきたが食料は全部こっちにある訳だからな……。

 火とかはユリアが魔法で何とか出来ると思うが……うーん。体力が回復したら急いで向かった方が良さそうだな。


「現状は俺とパトリシアの体力回復が一番優先事項だ。あとはパトリシアの鎧が乾き次第、ヴィクトリア達の所に行くとするぞ」

「分かりましたわ。あとその……あの雪崩が起こったのって私のせいですわよね。ユウキはそれを危惧してあの時大声で伝えようとし「起こったことをいつまでも気にするなよ」で、でも……」


 パトリシアは焚き火を見ながら弱々しい声になっていくと、俺は別に起こってしまった事は今更変えられる訳もなく次に活かせば良いと考えている。


「いいかパトリシア。大事なのは次にどう活かすかなんだ。だからそんなに弱くならなくて大丈夫だ。それにお前はうちのアタッカーだろ? そんな弱気なままで雪原の女王が倒せるのか?」


 俺は落ち込んでいるパトリシアを励ましつつも、戦意を喪失させないように敢えて煽る。

 するとパトリシアは顔を少し動かして俺を見ると、


「……ふふっ、まさかこの私がユウキに励まされる時が来るとは思いませんでしたの。ですが分かりましたわ。同じ轍は踏まないようにしますの。そして私は誇り高きパラディンですわッ! 決して魔物には負けません!!」


 いつもの生命力溢れるような声と雰囲気を見せつけてきた。そして何故かパトリシアはそれだけ言うと俺との距離感を少し縮めてきた。

 具体的に言えば肩と肩が触れ合いそうなぐらいな距離感だ。


「ぱ、パトリシア? どうしたんだ……?」


 急にパトリシアが距離を縮めて迫ってくると、表情が赤いのは焚き火のせいだと思いたい。

 そしてパトリシアそのまま俺を見つめて何か言おうとすると――――


「ねえユウキ……実は私、貴方の事が「ちょっとー? ユウキ、パトリシア居ないですかー?」」


 それは紛れもないうちのタンク役、ヴィクトリアの声が聞こてきたのだ。

 

「「ほ、ほぇ?」」


 当然の事ながら俺達は同時に変な声が出ると、洞穴の出入り口へと顔を向けていた。

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