12話「急募ヒーラー魔術士」

 俺達のパーティに新しくパラディン職のパトリシアが仲間に加わると、その日は温泉に浸かってゆっくりと冒険活動の疲れを癒すことにした。

 

「ふぅ……やっぱり日本人は湯と共にあり! だな」

俺はブラックバードにヤられた傷に温泉が染みるのを感じつつ呟いた。 


 そしてようやく落ち着きと言うか、ゆったりした気分になると俺は辺りを見渡した。

 この温泉は室内に作られていて、内装は日本の銭湯と何ら変わりはない。

 

 にしても、ちゃんとこの世界に温泉が存在していて嬉しいぜ。

 水浴びだけだったらと思うと……ほんと無理。


 しっかしどこ見ても野郎のケツしかないな。

 まあ、男湯だし当然と言えば当然か。


 もちろんこの温泉は混浴なのではなく男女別である。

 ……いつかは混浴に入ってみたいなどと、俺は童貞さながらの思いを抱きヴィクトリア達の裸を妄想する事にした。


 だってあのグラマーな肉体を持っているパトリシアに、スタイルだけは良い感じのヴィクトリアだぞ! これが妄想しないでいられる筈がないだろう。

 俺は妄想についつい花が咲いてしまうと、若干のぼせたように頭がボーッとしていた。

 

「い、いかん。このまま湯の中で気絶したら、ヴィクトリアに何か小言を言われるかも知れない……」


 その後は何とか温泉から上がると服を着て、集合場所のロビーへと向かった。

 するとロビーの一角のスペースでは、ヴィクトリアとパトリシアが椅子に座りながら仲良く牛乳を飲んで話している様子だった。


俺はそんな二人に近寄っていくと、気配を悟られたのか同時に顔がこっちを向いた。

「あら、随分と遅かったですわね? ……それに顔も赤いような? 大丈夫ですの?」

「フッ……どうせ私達の裸でも妄想していたんでしょう。この見え見え童貞め!」

パトリシアは俺の顔を見ると心配してくれたが、ヴィクトリアは的確に的を射抜いてきやがった。

「ど、童貞じゃねーし!」

のぼせているせいで反応は遅れたが、何とか否定する事は出来た。


「ほぅ、ユウキって童貞でしたのね。覚えときますわ」

パトリシアはそう言って牛乳を一気に飲むと口の端に垂れた牛乳を手の甲で拭っていた。


 そして俺はそれを見逃さずに凝視した。

 なんか……口の端から白い液体が垂れるのってエロいなっと思い。

 

 俺はヴィクトリアのせいで新しいメンバーに童貞をカミングアウトされ心に傷を負うとこだったが、パトリシアがエロいおかげで何とか乗り切れた。

 エロは万物を癒す力だな。


「さて、そろそろ宿屋に戻りましょうよ」

ヴィクトリアが椅子から立ち上がると俺に言ってきた。

「そうだな。じゃあ、パトリシア明日はギルド集合で大丈夫か?」

「えぇ、問題ありませんわ」

俺は明日の集合場所を決めると、パトリシアは頷いた。


 こういう時ほどネット環境が欲しいと思えることはない。

 一々、待ち合わせ場所を口頭で言わないといけない上に、聞き間違えたり急遽行けなくなったりしたらもう悲惨悲惨。




俺達はロビーから移動して外に出ると、パトリシアが振り返って

「私は向こうに宿を取っていますの」

と、人差し指を街の方に向けていた。

「そっか、俺達とは反対方向だな」

「えぇ、ですからまた明日ですの! 寝坊だけはしないで下さいですわ~」

パトリシアは手を振りながら街の方へと歩いて行った。


 俺とヴィクトリアはパトリシアの姿が見えなくなるまで見送ると、自分達の宿屋へと向かった。

 宿屋に着くと俺は宿屋のお姉さんに”とある話”を持ちかけられて。


「はぁ……。宿屋代で三万パメラ持って行かれたのは中々に辛いな……」

ベッドに腰を落ち着かせると俺は自然とその言葉が口から出た。


 宿屋のお姉さんに持ちかけられた話は長期宿泊のプランの事だ。

 前もって三万パメラ払えば一ヶ月の間は飯付きでいつでも泊まっていいとの事。

 そりゃあ、毎日毎日一万二千パメラ払うよりかはマシな選択なのだろう。

 

 そもそも、初心者冒険者の俺達が宿屋に泊まれている事自体が奇跡に近いのだ。

 普通なら馬小屋とかで、その日を生きるのもやっとな冒険者達も居るぐらいだと聞く。

 

 しかし、これで残りの金額が六万五千五百パメラになってしまったな。

 これは早急に増やさねばならない事案ッ!


「何をそんなに意気込んだ表情をしているんですか? それより私の足を揉んでくださいよ」

ヴィクトリアは急に立ち上がった俺を見て何か言ってきた。

「は? 俺に足を揉めだと?」

「そうですよ。私は、か弱いんですよ。だから足がもうボロ雑巾のように疲れているんです!

さあ! 揉みなさい! これは女神の命令ですよ!」

ヴィクトリアはそう言ってブーツを色気もなく脱ぎ捨てると素足をベッドに乗せ俺に見せてきた。


 えっ……なにこのシチュエーション。

 こういうのって何かもっとなまめかしくブーツを脱いで蒸れた匂いを……っといかんいかん。

 性癖が開花するとこだった。

 

「何を大人しく私の足を見てるんですか! 早く揉んで下さいよ!」

「まったく……今日だけだからな」

ヴィクトリアに急かされると俺は渋々マッサージを始めた。


 決して足フェチだから内心喜んでいる訳ではない。

 決して女性の足に合法的に触れられるとか思ってやましい気持ちを持っている訳ではない。

 

 これはタンク役で頑張ったヴィクトリアへのご褒美。

 そう、これは純然たるマッサージである。


「あっ……ぁあっ……んッ……あぁっ……」

ヴィクトリアは声を出さないように手で口を必死に押さえているが、逆にそれがエロい声を誘発している。

「…………」

俺は無言でマッサージを続ける。

「はぁ……はぁ……中々に上手ですねユウキ。せっかく湯に浸かったのにまた汗が溢れてしまいますよ……」

ヴィクトリアは頬を紅葉のように染めて俺を見てきた。


 ヴィクトリアでもこんな色気のある声を出すんだなと俺は思っていると、不覚にもマイサンが反応してしまったことに気がついた。

 

 ……あっ!? 俺は今、ヴィクトリアに興奮していたのか……?

 クソォオオ! こんな中身がサイコパスクレイジー女に俺が興奮などするものかぁぁ!!

 その後は、もう一心不乱に揉みほぐしてやった。


「あ、あぁん……ひぁあっっ――――!」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 翌朝、俺達は何事もなかったかのように起きるとギルドへと向かった。

 別にエロい事とか一線を超えた訳ではないから、変に考えなくてもいいのだが……如何せん気まずい雰囲気だ。


 やがて、お互いに一言も喋らずにギルドへと着いて中に入ると、一番最初に視界に写ったのはパトリシアが高そうなカップで何かを飲みながら椅子に座っている所だった。


 具体的な時間は決めていなかったが、恐らくパトリシアを大分待たせてしまったであろう。

 

急いでパトリシアに駆け寄ると、近付いてくる足音で気づいたのか

「やっと来ましたわね? 随分とおそ……二人とも何かありましたの?」

俺とヴィクトリアの微妙な距離感を見て不思議がっているようだった。


「まあ何でもないさ……。早くクエスト提示版見に行こうぜ……」

「えぇ、ユウキの言う通り何もなかったですよ……。何も……」

俺とヴィクトリアは、パトリシアに”何でもない”を強調して言い残すと提示版を見に行った。

「はぁ……? ってちょっと待って欲しいですのー!」

後ろからパトリシアが声を出しながら追いかけてくるのが分かる。




 しばらくして、俺達三人は仲良く提示版の前でクエストを選んでいると、あるのはどうも可笑しなクエストばかりであった。

『護衛の任務……※美人戦士や魔法使いに限る。尚、露出度の高い装備なら報酬金は三倍増し」

『飛竜の調査クエスト……※飛竜の討伐や卵を持ち帰る簡単なお仕事。尚、死亡した場合は骨は拾いません」

『セイレーンとの結婚……※セイレーンを探して欲しい。私はあの美声に惚れ――」


 どれもまともなクエストがないな。

 護衛任務なんて、富豪がただ美女を侍らせたいだけだろ。

 飛竜の調査はもっと駄目だな。

 この時期の飛竜は活発で、どこぞのゲームのように卵を持つと何処からともなく襲ってくるとギルドで酒を飲んでベロベロになったおっちゃんから聞いたぞ。 

 それに最後のセイレーンなんてあれだろ。最後は食われて御終いってオチだろ。


 ……この異世界ってもしかしてまともなクエストないんじゃないか?

 

そう思いながら俺は溜息をついていると、ヴィクトリアが横から紙を持って声を掛けてきた。

「ねえ! パトリシアと一緒に見つけたんですが、これなんてどうですか?」

「うーん? どれどれ? 退? 一体あたりが五百パメラで難易度はBランク……ほうほう」

俺はヴィクトリアの持っている紙を見ながら呟く。

「一体あたりの価値は安価ですがコボルトは群れで行動していて、経験値もそれなりなので、初心者には打って付けのクエストですわよ?」

パトリシアが横からコボルトの補足をしてくれた。


 うーむ。確かにこの世界での知識はパトリシアの方が豊富。

 ならば、その勧めは吉と見たッ!


「よし、コボルト退治を受注するぞ!」

俺はヴィクトリアとパトリシアの顔を交互に見て言う。

「はいっ! では早速カウンターで手続きをしてき「だが待て。焦るな」……なんですか一体?」

ヴィクトリアは紙を持って受付に走りだそうとしたが、そこで俺が待ったを掛ける。


そのまま俺はヴィクトリアとパトリシアの肩を掴んで円陣を作ると

「ちょいちょいちょい。良いかよく聞けよ。前回もそんな感じのノリで行ったらあんな目に遭ったんだ。……だから今回は、もう一人ぐらい仲間を連れて行くぞ」

ヒソヒソ声で二人に伝えた。

「つまり、パーティメンバーを募集するって事ですか?」

「わ、私では火力不足だと言うんですのね……」

ヴィクトリアは真剣な表情で聞くと、パトリシアは要らない子扱いされたと勘違いしたのか肩を落として悄気ていた。


「違うぞパトリシア。俺達は現状、火力に関しては問題ない筈だ。だから後は回復役のヒーラー系魔術士が必要だと俺は考えた。この先、傷を負ってクエスト失敗しました。だなんて話にならないからな」

俺は直ぐパトリシアのフォローをすると、メンバー募集の意味も話した。

「な、なるほどですわ……」

パトリシアは説明を聞くと顔に明るさが戻ってきた。

「ってことでまずは、を募集するぞ!」

「分かりました!」

「承知しましたわ」

俺がカッコよく決めると二人は頷いて何処かに去っていった……。


 …………えっ?


「ちょおまっ! 二人とも何処に行く気だよ?」

俺は直ぐに二人を追いかけると肩を掴んで止めた。

「え? そりゃあ酒場の方にですけど?」

「私は紅茶タイムの続きですけど?」

二人はすました顔で俺に言ってきた。

「何でだよ!?」

「だって、時間掛かりそうだったし。何かつまもうかと」

「私も時間が掛かると思ったからですわ」

俺のツッコミに対し二人は自由な返しをしてくれた。

「そ、そうか……じゃあ、誰か来てくれたらまた呼ぶよ……」

そう言って俺はそっと二人の肩から手を離した。




 駄目だ! あの自由人達に時間を使わせていてはクエストに行けなくなってしまう!

 は、早くメンバー募集を済ませないと!

 

 俺は急いでメンバー募集の提示版に『ヒーラー募集!』と書いた紙を貼り付けた。

 条件は特になく、一般の回復魔法が扱える人なら誰でも良いかなっといった感じだ。

 

「頼むぞ……! 来てくれ!」

俺は提示版の横の椅子に座りながら願っていた。

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