10話「満身創痍」

 俺はパトリシアが腰に差している日本刀から視線を外すと、ヴィクトリアに合図を送った。


「良いかヴィクトリア! お前は大盾を持ちながらスキルを発動しとけよ!」

「ま、任せて下さい! ……これって本当におちょくるだけの簡単な職業なんですよね?」

ヴィクトリアは少し離れた位置に、ギルドから借りた大盾を持って立っている。


 流石の俺達でもまだ装備を揃えれるほどの金は持ってない……というより使えないので、ギルドから武器が借りれる事を知ったときは何て優しいんだ! っと思った。

 

 まあ、それでも汎用武器なので攻撃力とか防御力はあまり期待できそうにはない。

 よって運が悪ければヴィクトリアがヘイト集めてる最中に大盾が壊れる確率も……。


 けれどヴィクトリアは一応、運が高いらしいし多分、大丈夫。


「そうだぞ! おちょくるだけだ! あんな鳥、唐揚げにしてやるぜ。とか言ってやれ!」

「そんな簡単な職業ではないですわ……」

俺はヴィクトリアにブラックバードを煽るように伝えると、横に居たパトリシアが小声で何か言ってきた。


 パトリシアの言葉を軽くスルーすると、俺は作戦開始を告げた。


「いけー! ヴィクトリアッ!」

「えぇ任せて下さい! スキル!『アトラス』さあ! こっちを見ろ、そこのドデカイ黒鳥野郎! チキンステーキにしてギルドで振舞ってやるわ!」

俺がブラックバードに指を向けて叫ぶと、 ヴィクトリアは走って近付いていき、スキルを発動した。


 『アトラス』は敵のヘイトを集めるスキルで、有効範囲は小さいが一体一体を確実に狙う時に重宝されるスキルらしい。これはギルドのおっちゃんから教えてもらった事だ。

 上位の『モア・アトラス』というのもあるが、これは範囲が広く関係のない魔物まで寄ってくる為、あまり使われる事がないらしい。これもギルドのおっちゃry。


 最初からスキルポイントがカンストしてたヴィクトリアには、全てのスキルをあらかじめ取らせといたから、俺はだいぶ楽が出来ると思っている。


 そしてヴィクトリアの持っている大盾が光り輝くと、鎧をボコボコにしていたブラックバードが動きを止めて。

 

「カーッッッッ!!」

と、叫びながらヴィクトリアの大盾に弾丸のように突っ込んでいった。


「ちょっ! いきなり本気で来ますか!? なんですか! チキンステーキが嫌だったんですか!? ならば唐揚げで手を打ちましょう! だからそんな突かないで! 壊れちゃう!」

豹変したブラックバードを大盾越しに受けると、ヴィクトリアは尚も煽ったりしている。


 なんか、後半の言葉って聞き方によってはエロくない?

 俺は今夜のオカズに使えないか妄想していると、パトリシアが顔を覗かせてきた。


「何を下衆な目で見ていますの? そろそろ私達の出番ですわよ?」

「げ、下衆って言うな! 俺はちゃんとヴィクトリアがやれてるか見てただけだ!」


 畜生なんだこの女……意外と感性は鋭いのか? 日本刀持って聖騎士とか抜かしてる変な奴かと思っていが。

 まあ、今はそんな事は置いておこう。目の前の敵を倒すことが重要だ!

 

 頼むぞ……装甲! 動いてくれ!

 俺はブレスレットを見て念じたが起動しなかった。


 …………あっそうか。

 念じるんじゃなくて、何かカッコイイ台詞が必要なんだっけ。

 えーと。うーむむ。


「た、だすげて! ユウキ! パトリシア! もう大盾が限界な気がしますう! 何かパキパキッって音がさっきから聞こてますううう!!」


 俺がナイスで良い感じのを考えていると、ヴィクトリアが泣きながら助けを求め叫んでいた。

 あーもうっ! 今、思いつきそうだったのに! 焦らせるなよ!

 

「ちょっと何をしてますの! まだ準備ができないんですの?」

「慌てるな! もうちょっとだから!」

「何がですの!?」

パトリシアもヴィクトリアの声を聞くと焦っているらしく、俺を急かしてきた。


 考えろ! 考えるんだ俺! 

 …………あぁ! そうだぁぁあ!! これしかないッ!

 俺は体に雷が走るかのようなものを感じると最高な台詞が思いついた。


深呼吸をして気持ちを整えると俺は、右手を天に掲げて

「我が身は異界の力にて強化され一切の躊躇なく魔物を断罪する!」

と、スラスラっと噛まずに言った。


 パトリシアは何を言ってるんだこの男は? といった感じで目を細めて見てきたが、今の俺には関係ない!

 やがてブレスレットは何時かのように光りだすと一瞬で俺を包んでいく。


「え、えっ!? ちょっと大丈夫ですの!?」


 パトリシアが驚くのも無理はないだろう。

 他の人から見たら、突然俺が発光しだしたかのように見えるのだから。

 というか……実際、光に包まれている俺も眩しいし。


 ナニコレ不良品だろ。


やがて光が収まるとパトリシアはアワアワしながら近寄ってきた。

「な、なんですの……その姿は……」

「あぁー、話すと長いから帰ってからで良いか? 今はブラックバードを殺らないとな!」

俺は頬を掻きながら濁して答えると、ブラックバードに視線を向けた。


「そ、そうですわ……今は鎧を返して貰うのが先ですわ!」

「あぁよし、行くぞ!」

俺とパトリシアはブラックバード目掛けて走り出した。


 ……んん? 待ってくれよ。

 つい勢いで走り出してしまったが……この装甲ちゃんと動いてるゥ!?

 うっそだろ! 何がどうして!? えぇ……訳分かんねえ。


 だが、こいつ……動くぞ!

 今はそれだけ分かれば十分だな。


「いやぁぁぁ! 大盾に亀裂が入りましたぁぁぁあ!! はやくた”す”け”て”て”え”!」

ヴィクトリアは大泣きしながら必死で大盾を持って耐えている。

「カァーアァッ!!」

ブラックバードは鳴くと最後の一撃と言わんばかりに大振りに動き始め、嘴を大盾に突き刺しにいった。

「し、死んじゃう……!」

ヴィクトリアは目を閉じて顔を背けた。


 しかしその時……! 俺の先を行くパトリシアが抜刀してブラックバードの両羽に狙いを定めて斬りかかっていた。

「いきますわよ! 『ホーリーエクスブロード!』」

パトリシアの素早い剣技は見事にブラックバードの両羽をダメージを入れた。

「カァァツ!?」

何とも間抜けっぽい声を上げるとブラックバードは地に落ちた。


 そして俺はこの装甲に標準搭載されているブレードを引き抜くと、鳥野郎の首に勢い良く振り下ろして切断した。

 ふぅ……良かったぜ。ちゃんと剣も搭載されていて。




「あぁぁぁ!! 二人とも助けてくれてありがとうございますぅぅう!!」

ヴィクトリアは涙やら鼻水でグチャグチャの顔を俺達に見せてくれた。


 まあ、何とか無事なら良かったぜ。

 うーむ。しかしギルド支給の大盾じゃあ耐久性に問題があるか……。

 これは早々にヴィクトリアの武器だけでも何とかしないとな。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 その後、ヴィクトリアが泣き止んで落ちくと、俺達は街に戻るべく帰路についた。

 俺の隣には鎧を取り戻したパトリシアが妙にソワソワした感じで、さっきから顔を見てくる。


 なんだよ? 俺のカッコイイ姿に惚れたのか?

 フッ……。まったく、モテる男は辛いぜ!

 

 と、俺がヴィクトリアを背中に担ぎながら思っていると突然、空から黒い物体が降りてきた。


「うわっ!? って……オイオイ、あの黒いのって……」

「えぇ、間違いなですわ! あの黒光りした羽は……!」

パトリシアは腰に差している刀の柄を握ると、殆ど答えを言っていた。


 そう。ブラックバードの再襲来である。

 

 く、くっそがぁぁぁあ!! なんで帰るタイミングで現れるんだよ!

 ふざけんなよ! こっちはもうタンク役のヴィクトリアが戦意喪失してるんだぞ! ゴラッ!


「い、一体どうしてですの……。何で今日はこんなにもブラックバードが……」


 俺はパトリシアのその言葉を聞くとあの黒鳥が何故、突如として俺達を狙ってきたのか理解できた。……理解できてしまったのだ。

 

 ほぼ確定的にあの鎧のせいだろう。

 傷だらけではあれど、依然として眩い輝きを放っていやがる。


 はぁ……。しかし遭遇してしまったものはしょうがない。

 殺るか殺られるかがこの世界のルール。


「パトリシアやるしかないぞ! 構えろ!」

「言われなくとも既に構えていますわ!」

俺はパトリシアに声を掛けたあと、ヴィクトリアを背中から下ろすと端っこに座らせた。

 

 狙いはあくまでも鎧の筈だ。

 だからここにいればヴィクトリアに危害は及ばない筈。


ブラックバードが鎧に釘付けになっている間に、俺は本日二度目の変身をする。

「我が身は異界の力にて強化され一切の躊躇なく魔物を断罪する!」

滅茶苦茶早口で言いながらブレスレットを天に向けた。


 うぉぉおお! ウザったい!

 急いでいる時こそ、この光に包まれる演出は鬱陶しい!


俺は装甲を身に纏うと早期に決着をつけるべく、走りだそうとした。

だが……。

「う、動かねええ!! 何でだよ! さっきまで普通に動いたじゃないか! 急に鉄の塊に戻りやがったッ!?」


そんな俺の焦る様子を見てかパトリシアが視線をチラッと向けて言ってきた。

「どうしましたの? はやく終わらせますわよ!」

「…………すまない。俺はもう一歩も動けないんだ」

「はぁ……?」

俺が事実をありまま言うとパトリシアは首をかしげていた。


 このままでは俺はただの木偶の坊になってしまう。

 それではいけないと思い、俺はパトリシアに鎧を脱いで渡すように言った。


「な、何でですの……! 私の汗が染み込んだ鎧を使ってナニにをする気ですの!」

パトリシアは頬を赤く染めてモジモジしていた。

「馬鹿! 変な事言ってないで早く渡せ! 俺がヘイトを引くからお前が仕留めるんだよ!」

ついお前呼びが出てしまったが、状況が状況だ。仕方ないだろう。

「あぁ、そういう事ですの! 分かりましたわ!」

パトリシアは内容を理解すると、鎧を脱いで俺に向かって放り投げた。


そのまま俺が飛んできた鎧をキャッチすると、さっきまで大人しかったブラックバードが目の色を変えて襲いかかってきた。

「カァァァッ!!」

 

 ヒィッ! あんなにカラスって怖かったっけ! 日本の奴とは全然ちがうじゃねえか!

 あとで頑張ったヴィクトリアには優しくしてあげよう! そうしよおぉぉお!


「ぎぎゃぁぁぁ!!」

俺はブラックバードに襲われると悲痛な叫び声が溢れた。



 

「はぁはぁ……やっと仕留めれましたわ……」

「も、もっと早く倒してくれよ……」

パトリシアと俺は息を切らして地べたに這いつくばっていた。

その横にはパトリシアに両断されたブラックバードの亡骸も転がっている。


 作戦はこうだった。

 動けない俺は装甲を盾として利用するべく、鎧を抱きしめ攻撃に耐えている所でパトリシアが仕留めるというものであった。

 結果として作戦は上手くいったがこの状態だ。


 俺達は満身創痍になり、しばらくその場から動けなくて、街に戻るのにはもう少し時間が掛かった。

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