「最近、学校はどうだ?」


 

 夕食の時の、父親の開口一番はそれだった。


 またそれか、と思うほどの定型文テンプレート。とはいえ、響は言葉を詰まらさざるを得なかった。まさか、先輩の話をするわけにもいかない。だから、「いつも通り」と返す。



気分転換ピアノもいいが、ほどほどにな。時間決めて。最近、勉強がおろそかになってる気がするからな。それから、ご飯の時くらいちゃんと来たらどうだ?」


「……え?」



 響は父親の言葉に面食らってしまった。世界がズレるような感覚が襲いかかった。


 ともすれば、それは父親にとっては何の気なしに放たれた言葉。何なら、定型文テンプレートの一種に過ぎなかった。そして一年前の響ならば、素直に従ったことだろう。「ごめんなさい」と謝りさえしたかもしれない。


 そんな従順な響。親の望む子ども像。父親の言葉は、そんな鋳型いがたに響を強引にはめ込もうとするものだった。有形な身体を、無機質な金属板に押し込むなんて無理に決まってる。――そうして無理やり押し込んだ結果、響の肉は抉られ、骨は砕ける。ぐちゃぐちゃの肉塊になってしまう。


 頭蓋から足の指の先に至るまで、鈍痛が走った。

 こんな酷いことをする人だっただろうか?



 ――ああ。



 もはや、響の目に映る人間は、父親ではない何かだった。



「……はぁ?」



 響は小さく、舌打ちをした。


 ピアノが気分転換? コイツは何を言っているんだ? 勉強がおろそかになっている? コイツは何を見てそう言っているんだ? 普段の勉強時間? それとも、テストの結果か? ……いやいや、だとしたら何カ月前の結果だよ? ――そうか、そうだよな。だって、コイツにとっては、今の響よりも、数カ月前の響の方が重要なんだから。コイツは未来や今より過去の方が重要なんだから。


 で? ご飯だから来い? ――お前が作った飯じゃないだろ? 母さんが作ったご飯だ!! 自分は家事を何もしないくせに……いやいや、何様だよ? 


 それに、何だよ。その食い方は? ……きったね。お前が「口に物があるときは喋るな」って言ったんだろうが。じゃあ喋んな。それから、お前のその箸の持ち方、違うんだけど。おかげで、競歩大会の時に恥かいたよ。


 食べ方は人生だ。その食べ方を見たらどんな奴かは大抵予想が付くよ。きっと、誤った物事を信じ続けたんだろう。どっちつかずの中途半端な奴だったんだろう。そして、言動や姿勢を取り繕っちゃいるけど、やり方は雑。食い方を見れば分かるよ。


 きったねぇクソ野郎だって。



「あー、あとな」 



 そいつは分かったような口ぶりで。

 不快な一言を吐いた。



「もし、好きな人ができても、?」





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