3
――先輩の名前の由来は、きっと光なんです。
家に帰ってから
先輩は光の名前。
そして、自分は響――音。
光と音。
先輩が光で、自分が音。――そんな発想に至った時、わけもわからず気分が高揚した。先輩は光のように眩しい存在。誰よりも早く、誰よりも美しく、空を駆ける。逆に、自分は光のようには早くもなければ輝くほどの物を持っていない。けれども、音楽で、音色で、奏でる
――響のピアノは癒しだよ。
不意に、先輩の言葉が蘇って、頭が爆発しそうになった。
「うう……う……ううっ……」
一度、思い出してしまうと簡単には消えてくれない。先輩の言葉が何度もリフレインして、悶えずにはいられなかった。
そうだ、こうしてはいられない。ピアノを弾こう。先輩を振り払うためにも……そして、また先輩に褒めてもらうためにも。明日も、明後日も、その次の日も、先輩のためにピアノを奏でよう。
「――r……先輩。好きです」
思いがけず口にしてしまった言葉。すぐに、なーんてねと誤魔化してみるけれど、我慢できなくなって、響は鍵盤に突っ伏した。一気に掻き鳴らされる鍵盤。それでも、響が言ってしまった言葉を黒鍵は塗りつぶすどころか、台無しにさえもしてくれなかった。言葉は頭に残ったままだった。
「駄目じゃん……こんなこと思っちゃ。おかしいじゃん。……それに、おこがましいよ。先輩にはもっと相応しい人が……」
そこまで言ったところで、響の脳内に一人の女性が浮かび上がった。はっきりと顔は分からない。とにかく眩しい人で、先輩の横にいた。先輩が月の光ならば、女性は太陽。まさにお似合いの二人。そして、二人は楽しげに会話していて、幸せそうで――
「いや……だ……」
女性は、口にする。
先輩の名を。
光の名前を。
「やめろッ!!」
違う!! ――響は鍵盤を勢いよく叩いて、女性の声をかき消した。刹那、世界が音を立てて
「……えっ!?」
そして、響いてきたのは、自分が奏でた中で、一番激しく、汚らわしく、憎悪すべき音だった。
「なに……この音……」
驚いた。こんな音を出してしまうなんて、自分が自分じゃないと思った。認めたくなかった。先輩の幸せを願っているハズなのに――ただ先輩を、下の名前で呼びたいだけなのに。それだけなのに。
先輩と隣にいた女性。いまは空想の存在。でも、想像できることは起こり得る。まったく考えられない話じゃない。先輩だって自分のような地味で陰鬱な性格の奴よりも、相応しい相手を選ぶ可能性はいくらでもある。むしろ、その方が想像に難くない。
二人だけのコンサート。
どうして、そんなものが永遠に続くものだなんて思ったのだろう。先輩にとっては暇つぶしに過ぎないものかもしれないのに。
「おーい」
そこへ。
さらなる不協和音が響いた。
呼びかけられた方を見ると、父親の姿があった。
「飯できてるぞー。そんなん弾いてないで、早く食べよう」
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