第75話 隠した気持ちに気付けない。意味がわからない(side虎徹)
保健室は文化祭の
「第一号は
暇そうにコーヒーを飲みながら背もたれに体を預けていた保健医が、
「ちょっと疲れちゃったみたいで。休ませてください」
「そうね。今日はサボってくる生徒もいないし平和なものよ」
「普段からそんなにサボってる人なんて見たことないよ」
保健室の常連だった理佳が言うのだから間違いない。そう言われると、保健医は少しイタズラっぽく笑いながらコーヒーの湯気で顔を隠す。
「
「うん。ちょっとくらっと来ただけだから。ちょっと休めばすぐによくなるよ」
「本当か?」
理佳は笑って答えたが、虎徹は内心心配で仕方がなかった。今まで倒れようが何をしようが保健室と病院が大嫌いだった理佳が、自分から進んで保健室に行くと言ったのだ。周囲から見ればいつものように鋭い目つきで理佳のことを睨んでいるようにしか見えないが、虎徹は内心、全国にある病院に片っ端から電話をかけて予約をとりたいくらいだった。
それをさせなかったのは、最近少しだけ離れてしまった理佳との距離にある。どうして急に理佳が距離をとり始めたのか、別れたことと無関係ではないことはわかっていても、理佳の真意は虎徹にも理解しきれていなかった。
「僕はちょっと休んでるから、二人で文化祭回ってきてよ。せっかくなんだから、僕のことは気にしないでいいから」
「いや、でも」
「いいから。言い合いしてると悪化しそうだからさ。じゃあね」
言いたいことは言った、と理佳はそっと虎徹を押し出すと、カーテンを閉めてしまった。呼びかけようと思ったが、体調が悪いことを考えるとこれ以上何も言えなかった。
「ちゃんと見ておくから安心して行ってきなよ。友達が自分のせいで文化祭を楽しめなかったとなれば、いい気分がしないことはわかってあげられるでしょう?」
「それは、そうだな」
カーテンの向こうの理佳が今どんな顔をしているのかわからない。何も言えないでいる虎徹の袖を隣にいた
「りっちゃんがああ言ってるんだから、いつまでもここにいたらりっちゃんが休めないでしょ。早く行こ」
「あ。あぁ、わかった」
信乃は理佳の気持ちがわかっているような口振りで、強引に虎徹を保健室から引っ張り出した。
「りっちゃんもちょっと頑張り過ぎちゃっただけだって。今までずっと元気だったんだから一日くらいそういうこともあるって」
「そうは言うが、理佳が倒れたんだぞ」
「倒れてないって。くらっとしたのは本当かもだけど、本当に気分が悪かったら、絶対素直に保健室になんて行かないでしょ。だからあれは半分嘘。きっとね」
信乃は自信ありげに笑みを漏らす。その目の奥が少しだけ寂しそうなことに虎徹は気付けなかった。
「そういえば朝は梓さんと回ってたんでしょ? どうだった?」
「ん? 普通に回っただけだよ」
「そっか。今日の私は梓さんと同じことはしないから安心していいから」
信乃はいたずらっぽく笑うと、虎徹の手をとる。それだけで虎徹は全身が痺れるような衝撃に襲われた。
「お前っ、どこかで見てたのか?」
「全然。でも梓さんのこと、気付いてないのこてっちゃんだけだったんじゃない?」
「嘘だろ。そんな気配感じてなかったぞ。まぁ、それは信乃についても一緒か」
「そういうわけだから。普通に一緒に回ってくれればいいよ。何か面白そうなところはあった?」
今日一番の安堵を覚えて、虎徹はゆっくりと息を吐いた。身を隠したまま時間が過ぎるのを待っていた去年の文化祭も辛かったが、応えられない想いを伝えられて、それを断るというのも虎徹には経験したことのない辛さだった。
「ちょっと、こてっちゃん。いまさら断ったのがもったいなかった、なんて思ってない?」
「思ってるように見えるか?」
「だってあんなに美人なんだよ? 断っちゃうなんてもったいない、って普通の男の子なら思いそうだもんね」
「普通じゃなくて悪かったな」
軽口をたたきながら、虎徹はほっとした気持ちで、文化祭の出し物が並ぶ廊下を見る。ようやく楽しそうな周囲の声が耳に入ってくる。
このままでいいわけではない。必ず答えを出さなければいけない日は来るとわかっているのだが、今だけは数少ない友人として、信乃と文化祭を回りたい。虎徹はそう思いながら、目に留まったあんみつの店を指差す。
「やっぱりそう言うと思った」
和風ののぼりを頭を大きく下げてくぐると、甘いあんこの匂いが虎徹の頭を鈍らせていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます