第72話 自分の知らない梓が隣にいる。意味がわからない(side虎徹)
占いの館のカーテンをくぐって外に出て、声が聞こえないくらいに離れると、
「いったい何なんですの、あの占いは」
「別におかしなことはなかっただろ? 確かに内容はぼんやりしてるし、誰にでも当てはまりそうなものだったが」
「素直になれば、自ずと結果は出るだろう、でしたか? もちろん素直に言えば結果は返ってくるでしょうね。でもそれがいい結果だとは一言も言いませんでしたわ。あれじゃ占いじゃなくてただの
そんな犯罪じゃあるまいし、と思いながら、虎徹は頬を膨らませる梓を横目に口の端に笑みをこぼした。いつもの梓とは雰囲気が違うことが虎徹にもだんだんとわかってきた。服装が違うからそう感じるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「怒ったらお腹がすきましたわ。外の模擬店に行きませんこと?」
「あぁ、行ってみるか」
普段の女の梓とも男だった頃の梓とも違う。もしかするとこれが素の梓なのかもしれない。虎徹は梓を先導するように模擬店の並ぶグラウンドへと歩き出した。
今にも降り出しそうな真っ黒な雲の下でも、生徒たちのテンションは少しも落ちていなかった。活気のある呼び込みがそこらじゅうから上がり、焼きそばのソースが焦げる香りや、カステラの甘い香りが漂ってくる。
「やっぱ定番と言えば、たこ焼きとかか? どこかの部活がたい焼きに挑戦するとか言ってたが」
「何かカップル限定みたいなものはないんですの? この間のカフェのような」
「あるわけないだろ。学校の文化祭だぞ」
そんなものがあったら企画の段階で止められている。特に
「残念ですわね。ではあの鈴カステラにしましょう。私が食べさせてあげますわ」
「そういうのは恥ずかしいからやめてくれ」
「虎徹様は本当に変わっていますわ。他の男性なら土下座してでもやってほしいと言うものですわよ?」
「お前の人生経験は本当によくわからんな」
模擬店のテントに向かうと、店員をやっている生徒は最初に虎徹の顔を見て体を跳ねさせた後、梓の顔を二度見、三度見してからようやくいらっしゃいませ、と声を上げた。
「一袋、ちょうだいできますか?」
「はいぃぃ。一つと言わずいくつでも!」
「それはさすがに困りますわね」
混乱する店員に押しつけられるように二つ分の袋を受け取る。
「ではさっそく。どうぞ」
梓は受け取った鈴カステラ入りの袋から一つを取り出すと、虎徹の顔まで手を伸ばす。曇り空の弱い光を受けただけなのに、傷一つなく磨かれた梓の爪がつやつやと輝いている。
「こういうのは恥ずかしくないか?」
「私は別に気にしませんわ。さぁ、どうぞ」
強引に虎徹の口にカステラが押し込まれる。甘い砂糖のコーティングのされた一口サイズのカステラは口の中でほろほろと解けていく。
「へぇ、なかなかうまいな」
「なるほど、文化祭というのも侮れませんわね」
「力を入れてるクラスも結構あるみたいだからなぁ」
自分の袋から次のカステラを口に入れながら虎徹は冷たいものが当たったことに気付いて空を見上げた。
「降ってきやがったな」
パラパラと落ちてきた雨粒はすぐに強さを増し、虎徹と梓は急いで校内へと戻る。一番近かった屋根のある場所は、何も展示も模擬店もやってない離れた場所の別棟だった。虎徹は少しも意識していなかったが、他の生徒や客はわかっているのだろう。二人に続いてやってくる人はまったくやってこない。
「ミスったな。渡り廊下が向こう側にあるからちょっと歩くぞ」
別棟の中の廊下を通って反対側に向かおうとした虎徹の制服の袖を、梓が控えめにつかんだ。隣にいるのが信乃や
「いえ、少し。少しだけお話していきませんか?」
振り返った虎徹の隣には、顔を隠すようにうつむいている梓の姿があった。
隣にいるのが誰なのか、虎徹には一瞬分からなくなる。
たくらみを含んだ微笑みも、芝居がかったわざとらしい誘惑もない。素のままの梓が今、虎徹の目の前に初めて現れたような気さえする。
何も答えられない虎徹の耳には、ただ降りしきる雨音と雨の中で模擬店の荷物を片付ける生徒の声だけが聞こえていた。
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