第71話 学校には謎の噂話がある。意味がわからない(side虎徹)

 文化祭は体育祭とはうってかわって、暗い雲がどんよりと空を覆っていた。通学路を歩く生徒たちの気持ちも高鳴りを少し下げられているように見える。


 虎徹こてつは周囲より頭二つ近い空を見上げて、うなりながら首をひねる。


「雨が降らなきゃいいが」


 今日はグラウンドでも模擬店やイベントが行われる。雨が降れば中止になるものも出てくるだろう。虎徹は自分が楽しみにしているというわけでもないのに、そんなことを考えて空を見上げながら歩いていた。


 虎徹にとって文化祭というのはなかなかに大変なイベントの一つだ。理由は簡単で他校の生徒、つまりは虎徹を初めて見る人がぞろぞろとやってくることにある。いったい今年は何人が虎徹の顔を見てこの学校から逃げ出すだろうか。


 朝のホームルームで教師からハメを外し過ぎるな、という注意を何度も受けたが、生徒たちは開始の放送とともにそんなことはすぐに忘れているようだった。去年の虎徹は早々に学内学外の生徒から怯えられてしまって、理佳ただよしに付き合ってもらって、人気の少ない発表展示や図書室の朗読会なんかを回った覚えがある。


 ただ、今回は最初に行かなければならないところがある。虎徹は大きな体を少しでも小さく見せながら、約束している裏門へと向かった。


 登校時に見たアーチのかかった正門と違って、来賓客が少し通ってくるだけの裏門は近くに模擬店もなく、ここだけ文化祭から取り残されているようだった。


 そんな中にひときわ目立つ銀色の髪が揺れている。いつもの真っ黒なワンピースと帽子ではなく、薄い水色のワンピースでいつも以上にお嬢様感が増している。理佳とは別の方向で目立つだろう。


 いつもと違うのは服の色に加えて、少し頬がこけたというか、不健康な痩せ方をしているのが気になるくらいだろうか。最近連絡がなかったし、海外でも回って仕事をしていたんだろうか。


「お久しぶりですわ。虎徹様」

「なんで裏門から、って言っても、お前があんな中に入っていったら大混乱か」

「私は慣れておりますけど、せっかくの文化祭に無用なトラブルは起こしたくないですから」


 そう言いながら、あずさはすっと虎徹の横に回ると、控えめに虎徹の大きくてごつごつとした手をとった。


「ですので、今日はボディーガードをお願いしますわ」

「女になったからってお前より強い奴なんてこの学校にはいないだろ」

「そうですわね。私、こう見えて虎徹様以外に負けたことはないんですよ?」


 だったらボディーガードなんていらないだろ、と虎徹が言う間もなく、梓に手を引かれて校舎へと連れていかれた。


 模擬店や虎徹のクラスの展示を回っていく。誰もが梓の姿に見惚れていて、隣に立つ虎徹への注意がずいぶんと失われているようだった。案外本当にいかついボディーガードと思われているのかもしれない。


 梓は楽しそうではあるが口数はどこか少なめで、いつもとは少し雰囲気が違っている。何か話題はないかと虎徹が段ボールでできた看板を目で追っていると、梓がお化け屋敷の看板を指差した。


「そういえば、虎徹様の学校にはなにか伝説みたいなものはないのですか?」

「伝説? そうだな。さっきの裏門から大きな木が見えただろ? 昔、あそこで一人の男子生徒が卒業式の日に告白したらしいんだ。相手はお前みたいなお嬢様で、男の方は平凡な家庭の子供。大勝負の告白だったらしい」


「まぁ、素敵ですわね。どうなったんですか?」

「告白は大失敗。こっぴどくフラれた男は、あの木で首を吊って自殺したそうだ。それ以来、卒業式の夜になると男子生徒の首吊り死体があの木の枝に」


「待って。待ってください! それのどこが伝説なんですの! 普通は告白は大成功してあの木の下で告白すると必ず成就するとかではないんですの?」


「いや、お化け屋敷の看板見ながらそう言ったじゃねえか」

「違います! 私はその奥の占いの館を見てそう聞いたのです!」


 虎徹が目をやると、確かにお化け屋敷の奥には占いの文字が見える。怖い話はあまり得意じゃないのに、無理して話した意味はなかったようだ。


「はぁ、これじゃムードも何もあったものじゃありませんわね」

「よくわからないが、入ってみるか?」


 歩いているうちに梓が言っていた占いの館をやっている教室の前まで来ていた。


「そうですわね。せっかくですので」


 薄紫のカーテンをくぐって中に入ると、ぼんやりとした間接照明の明かりに照らされて、水晶玉に手を当てる生徒の姿が見えてくる。


「いらっしゃい。あなたが来ることはすでに予知していましたよ」

「それは占いじゃなくてエスパーじゃないか?」

「雰囲気! 雰囲気を出してるんだから邪魔しないで」


 フードの奥からクレームが届く。しかたなく虎徹は黙って座り慣れた学校のイスに腰を下ろす。その隣に梓が体を寄せながら座った。


「今日はどういったご要件で?」

「もちろん。恋愛運をお聞きしたいですわ」


「ふむ、お二人の相性ですか。では、こちらのタロットで」

「水晶は使わないのか」

「雰囲気! 水晶占いなんて素人にできるわけないでしょ!」


 なぜか占い師に怒られながら、めくられていくタロットを見つめる。梓の横顔を見ると、真剣な目でめくられていくカードの行く末を追っている。それを見ると、すっかり女の子になったんだな、と虎徹はTS病という呪縛から放たれた梓に理佳の姿を重ねていた。

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