第69話 ヒロインに感情移入する。意味がわかる(side理佳)
真っ暗な部屋でライトスタンドだけをつけて、
ヒロインとなれば覚えなければならないセリフも動きも多い。しかし、理佳の頭の中にはなかなか入ってきてくれなかった。
「こういうときに頼りになりそうな
何度か連絡しているが電話もメールも反応がない。しかも出ないのではなく電源が入っていないらしい。海外に行っていても連絡くらいつくはずだが、梓の行動力ならどこにいてもおかしくない、と理佳は半ば諦めている。
「体育祭の時の台本に
照明の落ちた部屋を見渡す。服が散らかり、読み終えたマンガは床に平積み。押入れから引っ張り出したレトロゲームとソフトも足の踏み場もないくらいに広がっている。ここからほんの数週間前にやってきた台本を探すのは時間がかかりそうだった。
「虎徹ならこんなのすぐに片付けちゃうのに」
そこでようやく理佳はまた自分が虎徹を頼りにしていることに気がついた。なんのために一人でやりきると決めて、虎徹と距離を置いているのかわからなくなってくる。
女の理佳にとっての虎徹は一番大好きな人だ。それと同時に男の理佳にとっての虎徹はなりたい理想の人だった。
幼い頃から一緒に過ごして、誰よりも虎徹の凄さを知っている。だからこそ虎徹のようになりたい、と思った数は数えきれない。
部屋の明かりをつける。照明に照らされて自分の怠惰な生活の跡が嫌でも目に飛び込んでくる。理佳は少したじろいだが、まずは積み上がったマンガの山を本棚に戻すところから手をつけはじめた。
「虎徹に頼らないで自分のできることはやらなきゃ」
ほんの数ヶ月、虎徹と付き合ってみて理佳が思ったことは二つある。
一つは、自分が半分男であり、男同士が付き合うことに理佳自身が納得していないこと。
そしてもう一つは、虎徹と自分は対等ではないということだ。
虎徹はまだどこかで理佳のことを守るべき対象だと思っている。
一生面倒を見てやる、と言われた時、理佳は心の底から嬉しかった。だが、今は少し違う。
「一生一緒にいたい、って言ってもらいたいなぁ」
同じように見えてまったく違う。理佳がいることで虎徹が幸せになってくれなければ、付き合う理由にならない。他でもない理佳自身がそう思っている。
「そういえば、ラウラもそんな感じだったっけ」
次は投げ捨てた服を洗濯としまうものに分けながら、理佳はぽつりとつぶやく。
ラウラは魔族の王の娘として生まれた。人間の領土を攻め、戦争を起こした父から逃れて森の奥にこっそりと一人で住んでいた。戦争に敗れた後も森の奥でひっそりと暮らしていたところを人間軍に見つかってしまう。
そこからも逃げ出したラウラは、魔族の領地にいるとまた見つかって殺されてしまうと思い、人に紛れて生活を始める。そして主人公である英雄王、リークに見染められるのだ。
「バックグラウンドもしっかりしてるなぁ」
部長は二年生に上がってからずっとこの脚本を書いていたらしい。それもあって、ずいぶんと長編になってしまったのを奔渡と一緒に編集してなんとか一時間に収めたのが今回の演劇になっている。
ラウラはなんとなく自分に似ている。理佳はそう思う。
他人と違うことを気にして自分の殻に閉じこもっていた。そんな理佳が虎徹に支えられてようやく他人と関わることができるようになった。そして虎徹に恋をして、TS病という現実を超えてほんの少しの間だけ気持ちが通じ合った。
ラウラの物語ならここでおしまい。部長が続きを書いているのかわからない。ただ、理佳の物語は続いていく。
「ここから先は自分の物語かぁ」
ちょっとおしゃれな言葉が出てきたのは、演劇の台本を読み過ぎたからかもしれない。理佳は少し恥ずかしさで頬を擦りながら部屋の片付けに意識を戻した。
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