第68話 手伝いの内容が重すぎる。意味がわからない(side理佳)

 虎徹こてつ信乃しのがクラスの展示を進める一方で、理佳ただよしは演劇部の手伝いに来ていた。体育祭では直前でケガをして、ヒロインのはずが見学になってしまった。


 コケた内日うついのことも、キスをした信乃のことも恨んではいない。ただ少しだけもったいなかったとは思っていた。


「僕も舞台に出たかったなー」


 普段から注目を集めている自覚はあったが、理佳はそれに対して応えるような振る舞いはしてこなかった。たまには自分の意思で自分を表現してもいい。演劇はその機会になると思っていた。だから、演劇部から手伝いを頼まれた時、虎徹のことも忘れて二つ返事で快諾したのだ。


 役どころは町娘。セリフもあると聞いている。ヒロインの予定だったクラスの演劇とは立場が違うが、それでも楽しみだった。


 演劇部が練習している少し広い多目的教室に入ると、両手を広げて演劇部長が走り込んでくる。


 理佳はサッと身をかわすと、ドアに額を打ちつけた部長が頭をさすりながら立ち上がった。


「来てくれてありがとねー。いやー、いい配役が浮かばなくて。そしたら九石さざらしくんが演劇に興味あるっていうじゃん。これは運命だと思ったね」

「えっと、頭大丈夫?」


「ほほー、その可愛い顔でそんな冷たいこと言われると逆に興奮する!」

「いや、ぶつかったことの方なんだけど」


 すっかり部長のペースに巻き込まれて話が繋がらない。困っていると演劇に誘ってくれたクラスメイトの奔渡ほんどが部長の頭を撫でながら羽交締はがいじめにして取り押さえた。


「はいはーい。そういうのはいいんで、まずは台本くれるかなー?」

「ぽんちゃんひどーい。私はまともに九石くんと話すの初めてなのに! わかった、嫉妬してるんだ! 嫉妬なのね⁉︎」

「うっさい!」


 さっき打ちつけたばかりの部長の額を奔渡が叩く。痛みにうずくまる部長を無視して、理佳に脚本が渡された。


「今回の演劇は部長が就任して初のオリジナル脚本なの。それでちょっとテンション上がっちゃって」

「え、そんな大事な舞台に僕が出ていいの?」


「いやー、三年生が抜けるの忘れてて、配役多すぎたんだよねー」

「モブは兼役も結構いるくらいで大変なの」


 奔渡は持っている台本で部長の頭をぺしぺし叩く。部長の方はそんなこともまったく気にしていないようだった。


「まぁまぁ、まずは私が書いた本を読んでもらって。今日は見学って感じでいいからさ」

「んじゃ、九石くんは見ててねー」


 ズルズルと部長を引きずりながら、奔度は舞台の上で待っている部員たちの元に向かっていく。クラスメイトで顔を知っているのは一人だけ。理佳は少し寂しい気持ちを覚えながら、受け取ったばかりの台本をめくってみた。


「確か町娘の役って言ってたよね」


 自分の出番を探す。セリフはあると言っていたが、どの辺りで登場するのか。詳しい話を聞かずに二つ返事で承諾したこともあって、理佳は依頼の中身をよく知らなかった。


 ページをめくっていく。めくってもめくっても理佳の配役らしい名前は出てこない。そもそもモブなのだから名前もないと思っていたが、男性Aや女性Bはいるのに町娘という配役はない。このモブのうちのどれかなんだろう。そう思いながら、台本の最初にある配役のページに戻ってみた。


「ラウラ役、九石理佳。って、これヒロインじゃん!」


 理佳の叫びに演劇部員が振り返る。不思議そうな顔をして奔度が理佳のところに走ってくる。


「どうしたの? 幽霊でも出たみたいな声だったよ」

「だってこれ。僕がヒロインなんだけど。町娘の役って聞いてたんだけど!?」


「そうそう。魔族との戦争の英雄でその功績から若くして共和国の王様になった青年に一目惚れされる町娘の振りをして過ごしている魔族の生き残りの女の子の役」


「いろいろ設定盛り過ぎ! それをどう省略して説明したら町娘の役って話になるの!?」


 もう一度台本のページをめくる。役名がラウラとわかって読み直すと、当たり前だがほとんどのシーンで理佳の出番があった。


 体育祭の演劇は二〇分だった。今回は一時間。しかも毎日部活で活動している演劇部に混じって参加する。失敗はできない。青ざめる理佳の肩を奔度が優しく叩く。


「大丈夫大丈夫。メンバーが足りなくて誘ったのはこっちだしさ。それに下手にモブ役を兼任すると、混乱して余計に失敗するから絶対こっちの方が楽だから」


「それ本当にフォローしてる?」


「してるって。それにクラスの演劇の練習でもしっかり台本覚えてたし、上手だったからさ。私の見立てに狂いはないって」


 そう言われて理佳の顔が少し曇る。それができたのは虎徹が付き合ってくれていたからだ。今回は同じことは期待できない。いや、頼めば虎徹はきっと付き合ってくれるだろう。だが、理佳には今まで自分がやってきたことを無視して、虎徹に練習に付き合ってもらうことなんてできるはずもなかった。


「でも、僕が一人でやらなきゃ。じゃないと虎徹はいつまでも」


 聞こえないようにつぶやきながら、理佳はもう一度自分の役を確認する。虎徹がいないと思っただけでいろんなことが急に難しく感じられる。


 虎徹に頼らない自分になる。誰にも言わずに心に決めた決意を理佳は再確認して前を向いた。

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