第66話 文化祭の準備なのにつまらない。意味がわからない(side信乃)

 体育祭が終わると、秋のもう一つの行事である文化祭へと生徒たちの意識は移っていく。しかし、虎徹こてつたちのクラスはまったくテンションが上がっていなかった。


 虎徹の学校では文化祭でも少し不思議な伝統がある。文化祭も学校の修学の一環であるため、各学年一クラスは文化史の研究を行い、それを展示発表するというもの。当然そんなこと誰もやりたくないので、体育祭の最下位クラスがそれを担当することが決まりだった。


「じゃあ、展示のリーダーは苗羽のうまさんにやってもらうってことで」

「まぁ、しかたないよねー」


 誰もやりたがらない仕事は負い目のある人間に押しつけられる。演劇の得点をダメにした信乃しのにその役目が回ってくるのは当然のことだった。


 クラス会議で生贄いけにえが決まると、教室からバラバラとクラスメイト達が出ていく。信乃を手伝おうという人間はいない。部活の方の準備に向かったり、当日遊ぶことだけを考えてさっさと帰ってしまったりするばかりだ。


「さて、まずはテーマ決めからか」


 他のクラスは模擬店やらアトラクションを作るのだから、当然信乃たちのクラスの研究展示なんて見に来るのは教師だけ。それなりの体裁が整っていれば、文句は言われない。大変なのは展示用に模造紙に大きく内容を書く部分だけで、一人でもなんとかなりそうだった。


「信乃。面倒事を押しつけられたな」


 頬にシャーペンを押しつけながら考えていると、虎徹が気まずそうに声をかけてきた。まだ信乃の行動が急に変化したことを消化できていない顔をしている。


「ま、私が悪いしね。適当になんとかするわ」

「俺も手伝う。俺にも責任はあるからな」


 信乃の行動に納得できていなくても困っていたら助けに来る。虎徹はそういう人間だ。でも出てくる言葉はいつもの虎徹より頼りない色を帯びている。


「ありがと。こてっちゃんなら大きい模造紙でも普通の感じで書いてくれそうだから助かりそう」

「俺を何だと思ってるんだ」


 ぎこちない返事も少しずつ和らいでいくのだろうか。傷心の虎徹を余計に悩ませていることが、信乃は少しだけ後ろめたかった。


 その微妙な空気をどこまで察しているのか。虎徹の反対側から理佳ただよしが両手を合わせながら近づいてくる。


「ごめん、しーちゃん。僕はあんまりお手伝いできないかも」

「それはいいんだけど、りっちゃんって部活やってなかったよね?」


「うん。でもね、演劇部の子が体育祭で出られなかった分、演劇部の舞台に誘ってくれたんだ。だからそっちの練習に行かなきゃいけなくて」

「そっか。よかったじゃん。体育祭の演劇、楽しみにしてたもんね」

「だから、そっちは虎徹がよろしく。じゃあねっ!」


 理佳はまだ完治していない足を少しだけかばうようにゆっくりと教室を出ていく。経過は順調で、もうシップを貼っているだけだという話だ。あいかわらず虎徹は心配そうな顔をしているが、それはいつものことだ。


 理佳がいなくても二人なら十分だ。信乃はメモ帳の新しいページに展示の候補、とだけ書いて、手を止める。


「調べるにもまずは何をやるかだよね。面倒なのは避けたいから資料だけでできることがいいんだけど」


「そうだな。だけどテーマを選んだ理由なんかも書かなきゃいけないんだろ。テーマだけでもクラスで相談した方がいいんじゃないか?」


「今日のホームルーム見て、そんなこと言える?」


 虎徹と信乃は同時に額に手を当てる。圧倒的過半数で信乃にすべての責任を押しつけることになった数十分前のクラス会議は、さながら軍事裁判の様相を呈していた。信乃には弁解の機会も与えられず、ただただ受け入れるしかなかった。


 問題のキスもされた側である虎徹は被害者と思われているし、そもそも練習のときから演技力の高さもあって、上位入賞や優勝の原動力として期待されていた。それを信乃が勝手にぶち壊した。


 あまり友人も多くない信乃をフォローしてくれる人間も少なく、クラス内では直接言われないまでも、戦犯と思われていることは誰の目にも明らかだった。


 いわば、この文化祭の展示を信乃の手で終わらせることが一種の贖罪しょくざいになっているのだ。


「あんまり気にしすぎるなよ。みんなすぐに忘れるさ」

「別に気にしてなんて。私は元々演者ですらなかったんだから。それが突然主役なんかになったらうまくいかないのはしかたないわ」


 諦めたように信乃は息を吐く。もう背景にはならないと決めたのだから。目立つならそれだけの痛みが伴うのは当然のこと。虎徹だって理佳だって内容は違えど、痛みをもっているからこそ主役でいられることは、一番近くで見ていた信乃がよくわかっている。


「あのー、古典の研究はどうでしょうか?」

「うわぁ! 内日うついさん、いつからいたの?」

「虎徹さんと同時にいたんですが、自分から話しかけるのは苦手で……」


 ズレたメガネを両手で直しながら、内日は恥ずかしそうに小さな声で答えた。


「それで、なんで古典なんだ?」

「演劇でとりかえばや物語をやったじゃないですか。そこから興味を持って古典の研究というのはどうでしょう?」


「体育祭でやらかしたのに、その傷跡に塩塗るつもり?」

「思い出されてまた小言を言われるのもな」

「やっぱり汚名返上は難しいですか……」


 内日は残念そうに肩を落とす。少し申し訳ない気持ちになるが、勢いに乗る信乃でも自分の失態を蒸し返して教室に展示するほどの勇気はない。


「まぁでも歴史モノはいいかもね。調べてまとめるだけで簡単に済みそうだし。テーマが決まったらこてっちゃんも内日さんも手伝いよろしく!」


 まずは図書館にでも行って歴史のコラムでも探してみよう。少し疎外感を感じながら、信乃はほとんど人のいなくなった教室を逃げるように出ていった。

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