第63話 恋愛は予想外の一発勝負しかできない。意味がわからない(side梓)
賭けは成功した。
「まさか信乃様があそこまで積極的だったとは」
男の梓がいなくなって一つ空きになった部屋は、梓のプライベートタイムの部屋になっている。趣味の紅茶を楽しむための部屋として、仕事から気持ちを遠ざけたいときに使っていた。
紅茶を飲んでいる口に指で触れる。それだけで数日前の光景が鮮明に思い出された。
大観衆の前での告白とキス。信乃の大立ち回りにあてられたのは、
本物のキスが目に焼きついて離れない。
二つの分野でプロとして活動する梓は、普段は大人びた振る舞いをしているが、プライベートに戻ってしまえばまだ高校生。あんなシーンを目撃して冷静でいられるほど大人にはなりきれていなかった。
「私も何かしなければなりませんのに」
そう口では言ってみても、いざとなると心の準備にはまだ時間がかかりそうだった。
その美しさと地位から、梓は男にも女にも言い寄られた経験は数えきれない。ただ仕事上の都合と自分が抱えていたTS病のこともあって、誰かと恋仲になったことはなかった。
それにこれまで迫られたことはあっても、自分から打って出たことは一度もない。こうして裏で策を
「向こうから寄ってきてくれればいいですのに」
今まで梓が会った男はみんなそうしてきたはずだ。
少しぬるくなった紅茶に息を吹きかける。香りが風に乗って消えていく。
いつまでもこうして思い悩んでいても仕方がない。ここまではほとんど梓の想像通りに進んでいるのだ。それを信じるより他になかった。
翌日の放課後、梓はまた虎徹たちの学校の校門の見える場所に隠れて様子を
そして今回は、自分の恋心を伝えるためだ。
今回は私用だからマネージャーの車も使えない。物陰に隠れていても目立ちそうになる体を小さくしながら、心臓は大きくなっているんじゃないかと錯覚するほど高鳴っていた。世界タイトルの試合でも初めて出した写真集の撮影でもここまで緊張したことはない。
「虎徹様、早く出てきてください」
同時に出てこないでほしいとも思う。信乃にあそこまでタンカを切って、自分自身を追い詰めたというのに、いざとなると体がついていかないような気分だった。
梓の願いは叶ったのか叶わなかったのか、しばらくすると、一際大きな姿が校門に現れる。見間違えようもない。虎徹だった。
いつもよりいくらか体が小さく見えるのは、まだ理佳にフラれたショックが消化しきれていないからだろう。いつもなら理佳や信乃を連れて出てくるはずなのに、今日は一人だった。
それでも梓には、虎徹の左腕から離れないように腕を絡める理佳の姿が見えるような気がする。足がすくむ。それでも隠れ続けているわけにもいかなかった。
「虎徹様!」
少し上ずった声で叫ぶ。今までなら余裕で理佳の幻影の上から腕を絡めて胸を押しつけるくらいできたはずだ。
今までは理佳がいるから相手にされていないと、梓自身が思っていたのだ。だからあんなに大胆に行動できていた。言ってしまえばモデルの仕事で演じているのと同じだった。
ここから先は本物だ。
信乃が舞台上で演技をやめて告白したように、安全圏から飛び出して、本物の梓として虎徹に向き合う必要があるのだ。
「梓か。ジムの話ならまた今度に」
「そうではありませんわ!」
辛気臭い顔をした虎徹に梓がツッコミで答える。こんな調子じゃ今日の目的は達成できそうもない。
「そうですわ。こういうときに失恋のショックを癒して、相手の好感度を上げるというのはよくある展開なのでは?」
小声で呟く。もっと策を練ってから来ればよかった。実際今までの梓ならもっと時間をかけて策を立て、成功するという確信をもって行動していたはずだ。
でもそれでは間に合わない。演技ならば脚本を書いて稽古をする時間はある。しかし本物にはそんな時間は用意してもらえない。
ぶっつけ本番で言葉を選び、行動するしかないのだ。
「何かあったのですか。私でよければお聞きしますわ」
「あぁ。こんなことお前に相談するようなことじゃないとは思うんだが」
「いいんですわ。私は虎徹様の話なら何でも聞きますから」
「理佳が、部屋の掃除をさせてくれないんだ」
「は?」
演技ではない声が梓の口から飛び出した。何でも聞くと言った言葉に嘘はない。虎徹が理佳のことをどれだけ好きかという梓にとって苦しい話も聞く覚悟があった。それでも、その言葉は予想していなかった。
本物の恋愛は、何が飛び出してくるかわからない。
梓は驚いた顔を取り
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