第61話 誰にも恋の邪魔をさせない。意味がわかる(side信乃)
もう告白も三度目になる。一度目は不意打ちでキスまでして、二度目は大観衆の前で告白して、三回目の今回は、
虎徹と理佳のことを応援すると言っていたはずなのに、仲直りを手伝うわけでもなく、虎徹に告白するなんてひどい裏切りもあったものだと思う。ましてや、フラれる原因を作ったのも信乃の告白なのだ。
しかし、それと同時に信乃はこれまでにない心の軽さを感じていた。
「今は、そう言うことは考えられない」
「そうだよね。まだこてっちゃんはりっちゃんのことが好きなのはわかってる。それに私だって、好きになってなんてただ言うだけじゃダメなの。こてっちゃんに好きになってもらえる努力をしなきゃ」
信乃は虎徹の手を両手で包むように握る。そして体を寄せて、虎徹の胸に頬を預けた。
「私は、こてっちゃんから逃げたりしないから。いつまでも待ってるって、約束したから」
驚く虎徹を逃がさないように両腕を回して抱きつく。何も言えないまま、虎徹はその場から動けないみたいだった。
今までの信乃ならこんなことは絶対にできなかった。それは恥ずかしかったからじゃない。心のどこかで理佳に遠慮をしていた。
虎徹に一番似合うのは理佳だ。それは一番近くで見てきた信乃にとっては絶対に近い答えだった。
その絶対から、理佳が自分から虎徹の一番を降りた。今まで虎徹のほとんどすべてで一番の場所にいた理佳がその場所を譲ったのだ。それなら信乃が遠慮をする理由もない。
悔しいが、
「ねぇ、今日の放課後どこかに行かない? ずっと暗いままだと心配だから」
「いや、今日はまっすぐ帰る。理佳のケガも心配だし」
「そっか。そうだよね。じゃあまた今度ね」
信乃は少し余裕を持って、虎徹の体から離れた。虎徹は信乃の優しい束縛から解放されただけで、どっと疲れたように首筋に汗が滲んでいた。
「そんな怖い顔しないでよ。私がバケモノになったみたいじゃない」
「お前、本当に信乃か?」
「そうだよ。急に何言い出すのかと思ったら」
そう。信乃は何も変わっていない。変わったのは虎徹と理佳の方だ。二人が変わったから、今まで信乃の中で押し留めてきた想いを、何も押さえつけることなく言葉に出せるだけだった。
午後からの虎徹は、信乃の正体を疑っているような素振りさえ見せた。放課後になると、一目散に教室を飛び出して姿が見えなくなった。理佳が心配だというのもあるだろうが、信乃に見向きもしなかった。
「あんなに避けなくてもいいのに」
信乃は口を尖らせながら席を立つ。その前に立ち塞がったのは、
「
「どうって。見ての通り逃げられてるけど」
「あ、やっぱり、そうですか」
急に内日の声が
いや、もっと傲慢に舞台を壊された代償に、信乃には虎徹との恋の行方をクラス中に話す義務があるくらいに思っているのかもしれない。
「じゃあさ、一緒に帰る? こてっちゃんにフラれたところだからさ」
「は、はい。よろしくお願いします!」
髪を振り乱しながら頭を下げた内日を連れて、信乃は秋空の下でどこに寄り道しようかと考えていた。
信乃が向かったのは大通りから少し外れたクレープ屋だった。価格も量も食べ盛りの高校生向けで、甘いものが好きな虎徹のお気に入りのお店で、虎徹と理佳と三人でときどき食べに来ている店だった。
ペンキのはげた看板にオンボロの注文口。居酒屋の方が似合いそうな眉間にしわを寄せたじいさんが店長の変わった店だ。その店構えを見て、内日はとまどっているようだった。
「大丈夫。味はおいしいから」
「いえ、前に
「りっちゃんが? 寄り道するなら絶対激辛系に行くのに」
「あ、その前にケバブ食べました」
「あー、なるほど」
メニューの組み合わせは三〇種類以上。信乃も内日も特に迷うことなく選ぶと、年季の入った鉄板の上に職人技で薄く生地が引かれ、裏返すとキリンの肌のような網目がうっすらと浮かんでいる。
焼きたての生地に解けないほどの冷たいクリームが包まれて手渡される。一口すぐにかじりついた信乃とは対照的に内日はクレープを見つめていた。
「どうしたの?」
「いえ、あの日のことを思い出して。九石さんって、伊達崎さんと付き合っていると思っていたので」
「りっちゃんがそう言ってたの?」
「いえ、なんとなくそう思っていただけです。だから苗羽さんが伊達崎さんに告白したの、少しびっくりして」
意外と鋭いんだ、と信乃は前髪の向こうに隠れた内日の目を見る。どんな色をしているかもわからないが、自分のことを不審に思っている、そう感じた。
せっかく虎徹がフリーになったのに。理佳が自分から虎徹の隣を離れたのに。まだ理佳が残した影は虎徹の隣からは消えていない。
その強さに信乃は甘いはずのクリームが苦く感じられた。
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