第60話 急にフラれた。意味がわからない(side虎徹)
「僕は、やっぱりニセモノだから」
「ニセモノも本物もないだろ。理佳は理佳だろ」
「ううん。僕が本物の女の子じゃないってことだよ。僕はまだ半分男の子で、虎徹と付き合ってるって自信を持って言うこともできない。今の僕はTS病のちょっと特殊な子で、男でも女でもない中途半端な存在なんだ」
「それが何で別れるって話になるんだ。そんなこと関係ないって言っただろ」
虎徹が言った言葉も今の理佳には届いていない。近づいて抱きしめたい。そう思ったのに、虎徹は理佳に近づくこともできない。これ以上嫌われたくないという心理が、格闘なら誰が相手でも恐れない虎徹さえも縛りつけていた。
「虎徹はそう言ってくれるけど、やっぱり僕は嫌だよ。虎徹の隣を歩いているなら、かわいい女の子でいたい。あんなかわいい子を連れてるんだって、虎徹のことをうらやんでほしい。恋人よりも先に進みたい。家族になりたいし、家族も作りたい。僕は男の子でもあるんだから。その気持ちがわかるんだ。
でもそれは全部、今の僕にはできないかもしれないことなんだ。TS病が治って、本物の女の子にしかできないこと。それなのに今、男になるか女になるかわからない僕が、虎徹の恋人でいるなんて耐えられない。僕は自分も幸せになりたいけど、同じくらい虎徹にも幸せでいてほしいから」
一息に言い切った理佳は、ようやく重い荷物を下ろしたように大きく息を吐いた。
「だから、今日はもう帰って」
虎徹は何も言えないまま、もう何も言わなくなった理佳を置いて部屋を去る以外に方法はなかった。
短い帰り道。虎徹は額に手を当てながら何度も理佳の言葉を
「
何が間違っていた。
そう自分に問いかけても、虎徹の中から答えは生まれてこなかった。
* * *
理佳は念のために一日学校を休んだ。空席になった理佳の座席をずっと見つめていた。目が覚めたら昨日の話はただの夢なんじゃないかと思ったが、目覚めても胸の奥がずしりと重いままだった。授業中も上の空で、教師の話なんてろくに聞いてもいなかった。
昼休みになっても、理佳のいない教室で信乃と二人で昼食をとりながらも虎徹はうなだれるばかりだった。
「はぁぁぁ」
「あのさ、さっきからその溜息ばっかりやめてくれない?」
「今日はほっといてくれ」
体育祭の疲れと理佳のケガ。虎徹がぼーっとする理由はいくらでもあったが、昼食が終わると同時に虎徹が机に突っ伏して、何度も溜息をつき始めたところで、信乃もさすがに異常であることに気がついた。
「何かあったんだ。言わなくてもなんとなくわかるけど。やっぱり、私のせいだよね」
信乃はそこまで言って言葉を止めた。肩を落として落ち込んだ虎徹の顔を見ながら、釣られるように信乃は溜息をもらす。
虎徹と信乃が二人で話していると、周囲の目がこちらに向けられていることに気がつく。昨日の今日だから当たり前だ。
虎徹と理佳が付き合っていることはごく一部しか知らない。まさかTS病の理佳が虎徹と付き合っているなんて思ってもいない。フリーだと思われてる虎徹と信乃。今のクラスの興味はあのキスをした二人がその後どうなったかに向けられていた。
「ちょっと移動しよ」
顔を赤らめた信乃に手を引かれる。力なく立ち上がった虎徹は、信乃に人目の少ない特別教室のある校舎に連れていかれた。人目のつかない踊り場で向かい合う。
周囲が思っているよりも虎徹は信乃に対しては冷静だった。
不意打ちのキスは二回目だし、信乃が自分のことをどう思っているかもわかっている。信乃の想いにどう答えていいかわからないだけだ。
「りっちゃんと何があったの?」
周囲に人がいないことを確認して、信乃は小声で問いかけた。
「……フラれた。別れようって」
「え!? なんで?」
「俺に聞くなよ。俺だってわからないんだ」
今日何度目かになる大きな溜息をつきながら、虎徹はうなだれた。理佳の言っていたことは一言一句間違えることなく覚えている。そのまま壊れたレコーダーのように同じ言葉を口に出した。
「そっか。そんなこと言ってたんだ」
「なんだよ。お前にはわかるのか?」
「わかるよ。だって、私だって、りっちゃんと同じくらいこてっちゃんのことが好きなんだもん」
何度聞いてもずしりと胃の中にのしかかるような言葉だった。
なんて答えればいいのか、いくら考えてもわからない問題。そして、たとえ受け入れたとしてもいつか壊れて傷ついてしまう問題。かといって答えずにずっと後回しにしていても信乃を傷つけてしまう問題。
何人の暴漢に囲まれてもそこから逃げ出すだけの力はある。でもこの八方塞がりの状態を打破する方法が虎徹には思いつかなかった。
「私が昨日言ったこと、嘘じゃないよ。こてっちゃんがフラれたからって、りっちゃんの代わりになりたいなんて思わない。でも、今のこてっちゃんがりっちゃんと別れたって言うなら、もう一度言うよ。私のことを、好きになって」
信乃の声は少しずつ小さくなっていった。それでも最後まではっきりと虎徹に聞こえる声で言い切った。
虎徹は何も言えないまま、信乃の決意に満ちた瞳から目を逸らすことしかできなかった。
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