第56話 体育祭には運動競技もある。意味がわかる(side虎徹)

 演劇があると言っても、体育祭は体育祭。運動競技は当然のようにある。演劇の練習も必要だが、それぞれが出る競技の練習も放課後の時間を使ってうまくやっていかなければならない。


 そんなある日、虎徹こてつたちは演劇の練習も一段落して、誰ともなくいつものように虎徹の席の周りに集まっていた。


「最近は疲れて授業に集中できないよ。この時期は授業なんてなくていいのに」

「別にりっちゃんは体育祭関係ないでしょ」


「文化祭まで終わったらすぐに中間テストだぞ。赤点はないだろうけどちゃんと勉強はしておけよ」

「虎徹が冷たいー」


 そんな他愛のない話は、そのうちに自分たちの出る競技に移っていった。


  内日うついと仲良くなった理佳ただよしは、体育競技の方もやる気満々だった。何と言ったって生まれて初めて見学ではなく体育祭に参加できることになったのだから当然のことだ。ほとんどすべての競技に立候補し、一人二競技までと言われてしまった結果、選んだのは二人三脚と障害物競走だった。


「意外だな。普通に走るのが好きだからリレーなんかに出ると思ってたが」

「好きだけど速くはないからね。それにいつも見てて面白そうだったから。二人三脚はひなたちゃんとペアだしね」


「いいよねー。私なんかじゃんけん負けて二〇〇メートル走だよー。運動ダメなのわかってるのにー。こてっちゃんは?」


 信乃しのが机に寝そべりながら弱音を吐く。勉強ほどじゃないが、運動も中の下くらいはできるイメージだが、本人は納得がいかないらしい。


「俺は一五〇〇メートル走だ。誰もやりたがらなかったからな」

「もっとパワーが生きる綱引きとか騎馬戦じゃないんだ?」


「騎馬戦は一人身長が合わないし、綱引きは去年他のクラスが一ミリも動かないっていうんで出禁になった。ついでに玉入れも背が高すぎて出禁になった」

「虎徹はいろいろ規格外だから」


 去年の虎徹は、少しでもクラスになじめるように少し体育祭で張り切り過ぎた。綱引きの一番後ろに陣取り、片手で引けば、味方もろとも引きずって勝利。そもそも足も遅くないから、リレーの第一走者として他の走者を威圧感で遠ざけ、インコースをがっちりとキープ。後ろに大差をつけてレースがあっという間に消化試合になった。


「まぁ、学校行事だ。勝つだけより楽しめた方がいい」


 それが、去年の虎徹が学んだことだった。


「僕はカッコよかったと思うけどなぁ」

「まぁ、りっちゃんからすればそうだろうけど」


 理佳には自分が出られない分まで頑張って、といつも言われてきた。虎徹が頑張るのは本気を出すのではなく周囲に合わせる方だった。


 そんな過去のトラウマを話していると、控えめな足音とともに内日が近づいてくる。


九石さざらしさん」

「あ、ひなたちゃん。虎徹に用事?」


「ううん。少し時間が空いたから少しでも二人三脚の練習をした方がいいかなって。今のところ前に進むのも全然うまくいかないし」

「まだ本番まで少しは時間あるし。これから一気にできるようになるよ。練習しよ!」


 根拠のない自信を振りまきながら理佳が立ち上がる。虎徹と信乃に小さく手を振って、内日と並んで教室を出ていった。仲良くなったとは聞いていたが、最近は内日の方から話しかける姿もよく見る。


 理佳は今でこそ活発だが、少し前までは女の子の姿で外に出るのが嫌いで、割とインドアなところがある。意外と物静かな内日とは相性がいいのかもしれない。


「おや、嫉妬ですか? こてっちゃんも意外とそういうところあるんだ」

「そこまで器が小さいつもりはない」

「でもさっきからじっとりっちゃんが出ていったドアの方見てたよ」


 信乃はからかうように笑うと、虎徹の脇腹を肘でつつく。人によっては痛くて手で払いのけるくらいには容赦がないが、虎徹にはまったく効果がない。


「そういう信乃こそいいのか?」

「何が?」


「練習だよ。二〇〇メートル走は得点が高いし、他のクラスは陸上部も出てくるだろ」

「だったらもう不戦敗よ。勝てるわけないじゃん。こてっちゃんは余裕そうだけど。りっちゃんは大丈夫かなぁ?」


「まぁ、あれで運動神経悪いわけじゃないが」


 虎徹の答えに信乃もなんとなく理佳の出ていったドアを見る。さっき出て行ったばかりだから、すぐに戻ってくるはずもない。


「じゃあさ、私が演劇の方の練習付き合ってあげよっか? 若君でも四の君でも台本は全部覚えちゃったから」


「その時間で走った方が本番で気が楽なんじゃないか?」

「じゃあこてっちゃんが付き合ってよ。だったら練習してあげる」


 今度は信乃が虎徹の腕を引っ張りながら立ち上がる。虎徹はしかたなく立ち上がると、信乃に続いてグラウンドへと向かった。


「うわぁ、考えることはみんな同じかぁ」


 グラウンドでは糸の縫い目のように、それぞれの生徒が互いにぶつからないように練習スペースを確保していた。ここに虎徹が歩いていけば、緻密に組み合わさった練習スペースが一気に崩壊することは間違いない。


 それに気付いた虎徹と信乃はどちらが何かを言うこともなく足を止めて、防球ネット越しにグラウンドの中を眺める。


「一年と三年は競技しかないし、二年もうちのクラスと同じで演劇の準備も落ち着いてきたことだろうからな」

「りっちゃんは、あ、あそこで練習してる」


 グラウンドの隅も隅。走るのすらためらわれるほどの狭いスペースで、理佳と内日が肩を組んで練習しているのが見える。生まれたての小鹿でももう少しスタスタ歩くだろうと思えるくらいに震えるばかりでまったく前に進む気配がない。


「信乃と理佳が最下位だと、クラス優勝は難しそうだな」

「ちょっと、最下位って決めつけないでよ」


「そうだな。本番は期待しておくよ」

「全然期待してる言い方じゃないー!」


 容赦なく腕を何度も叩かれても、虎徹は動じることなく、理佳の後姿を不安そうに見つめていた。

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