第55話 寡黙な少女はアグレッシブな目標を持っている。意味がわからない(side理佳)
秋空はもう茜色から夜に向かって変わり始めていた。
「このお店は特別な裏メニューの激辛ソースがあってねー。あ、ちゃんと普通のもあるから大丈夫! 今日は頑張ったし、買い食いしてもいいよね」
理佳は顔なじみの店長に注文すると、数分と経たずにケバブサンドが二つ渡された。そのうちの白いマヨネーズソースがかかった方を
受け取ったケバブの包みを見ながら、内日は消え入りそうな声で聞く。
「あの、
「え、なんで?」
「私が伊達崎さんと一緒の時に、ずっと見られていたので」
「そ、そんなに見てたかな?」
「どちらかと言うと
やっぱりしーちゃんが目立ってたじゃん、と理佳は内心悪態をつく。
「幼馴染なんですよね。いつも仲がよくて羨ましいです」
「そ、そうかな? 虎徹はみんなに優しいから」
「えぇ、思っていたよりとても優しい人でした。
「えっと、それってどういう?」
内日の一言一言に理佳は動揺してしまう。心の乱れを悟られないようにケバブを口に含んでわざとらしくもぐもぐと口を動かした。
「私、人と話すのが苦手なので。今年の体育祭で何かしようと思っていたんです。それで、一番みんなから怖がられている伊達崎くんと話せば、もっと勇気が出るかと思って」
「はは、虎徹が怖いのは顔と体格だけだよ」
「うん。そうだと思います。今日の私って全然演技できてなかったのに、一度も文句も言わなかった。今日もいろんな人と読み合わせをしましたけど、一番優しかったですよ」
虎徹が褒められると、嬉しいような不安が広がるようなどちらとも言えない心地がする。その表情の変化をじっと内日が見ているせいで、自分の心が見透かされているみたいだった。
「あの、心配しなくてもいいですよ。とったりしませんから」
「え、別に何も言ってないよ?」
「九石さんって男の子だって聞いてましたけど、私には女の子っぽく感じます。恋してるって感じで羨ましいなぁ」
微笑みを浮かべながら、内日は受け取っていたケバブサンドを頬張る。寄り道して買い食いなんて初めてです、と頬にマヨネーズソースをつけて笑った。それを見ていると、理佳は今日なんのために内日を連れ出したのかわからなくなる。
買い食いはさらに続き、虎徹のお気に入りのクレープ屋に向かう。話題はクラスメイトの噂だったり、文化祭の出し物だったりと他愛のないものがいくらでも湧いてきた。時間も遅くなり、内日を家の近くまで送り届けて家に帰ると、すっかり暗くなってしまった。
「恋する女の子、かぁ」
一人の帰り道で
「内日さん。ううん、ひなたちゃんはめっちゃいい子!」
周囲から男なのに、とかTS病だから、と言われると、虎徹と恋人であることが何だか悪いことのように思えてくることがあった。でも理佳のことを女の子として見ている人がいる。それはつまり、虎徹の恋人でもおかしくないということでもある。
「もうちょっと自信持ってもいいのかな」
「何の話だ?」
「うえ!? 虎徹、どうしたの?」
理佳が振り返ると、一度帰って着替えてきたらしい虎徹がティーシャツとハーフパンツのラフな格好で立っていた。体力に自信があるはずの虎徹の額にうっすらと汗がにじんでいた。
「理佳の帰りが遅いから探してたんだ。携帯も全然出ないし」
「あー、ごめん。カバンの中で全然気付かなかった」
取り出して履歴を見ると、虎徹や信乃、両親から結構な数の着信が来ている。帰ったら寄り道していただけだってことを両親に丁寧に説明することになりそうだ。
「一応新しい友達と寄り道していることは言ってる。内日と急に帰るっていうからびっくりしたぞ」
「まぁまぁ。思ってたよりいい子だったよ。虎徹も練習付き合ってあげてね」
「あぁ。それはいいが。理佳はいいのか?」
「うん。そりゃ僕のこと忘れちゃダメだけど、せっかくクラスにちょっとなじめそうだしさ」
「やっとか。もう秋なんだけどな」
虎徹と並んで歩き出す。自然と理佳の体は虎徹に引き寄せられていき、いつものように腕に絡みついた。もう自然の法則で虎徹にくっついてしまうのは決まっているみたいだった。
「何かいいことがあったんだな」
「うん。とってもいいことだよ。でもまだ秘密ね」
虎徹はすぐにそういうところに気付いてしまう。それもきっと虎徹の優しさがそうさせるのだ。理佳は自慢の恋人を離したくなくて、いつもよりぎゅっと力を込めて虎徹の腕に抱きついたまま家に帰っていった。
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