第54話 幼馴染に近づく女の子が気になる。意味がわかる(side理佳)

 役者が決まって数日経ったある日。ついに虎徹こてつ内日うついと脚本の読み合わせをする日がやってきた。その日になって、その他のクラスメイトとは違った理由で理佳ただよしは内心心配していた。


 虎徹は外見で怖がられてはいるが、実際は意外と傷つきやすい。だから、周囲に怖がられている状態を改善するのではなく、クラスメイトと距離を置いている。それは周囲のためではなく、虎徹自身の精神を守るためだ。


 内日と一緒に練習をしていると、拒絶されたり倒れられたりするかもしれない。その時、虎徹はちゃんと内日を助けてくれるはずだが、その心中は誰とも知れず傷つくはずだ。


「でも逆にそういうことがなかったら、内日さんと仲良くなるのかなぁ」


 信乃しのだって最初は虎徹のことを怖がって失神したのに、怖がらなくなってからはどんどん仲良くなっていった。虎徹が本当は優しくて、女の子なら誰だってそれに惹かれるのは、信乃やあずさを見ていれば間違いない。


「やっぱり虎徹も女の子の方が似合うよね」


 物語の若君と同じように、男として生きてきた女の子よりも最初から女の子として生きてきた人間の方がきっと魅力的だ。少なくとも理佳にはそう思えた。


 読み合わせは教室の中で演者たちがそれぞれ二人組に分かれて行う。自分たちのパートの脚本を読みながら、演技の流れをなぞっていくものだ。


 教室の後方窓際。自分たちの席に座ったままの虎徹と内日を、理佳は隠れるように廊下に出て見守っていた。


 理佳は家に帰ってから虎徹と読み合わせをしているから知っているが、ああ見えて虎徹は演技派だ。


 そうでなくては、突然頼まれた遊園地のヒーローショー中にアドリブで立ち回ることなんてできない。


 力の入った演技は見る者を圧倒すると同時に、威圧感で怯えさせることにもなる。そして、理佳にとっては虎徹が一番カッコよく映る瞬間の一つでもあった。


「じゃあ、始めるか」

「はぃ、ょろしくお願いします」


 ときどき消え入りそうになる声で内日が答える。

その声を聞き逃さないように虎徹が一歩近づくと、内日は逃げることなく脚本に目を落とした。


「意外と耐えるね」

「うん、って何それ?」


 声に振り返ると、今日の読み合わせのパートナーである信乃がなぜか双眼鏡を通して、虎徹たちの様子を窺っていた。


 四の君役に落選した信乃だったが、理佳に群がる男たちを寄せつけないようにこうして虎徹以外の読み合わせに付き合ってくれることになっていた。


 もう脚本は丸々暗記してしまったらしく、演者の誰よりもすらすらとセリフが出てくる。そういう信乃の優しいところが理佳は大好きだ。


「いや、なんか雰囲気で。やっぱりりっちゃんも気になる?」

「うん。虎徹、大丈夫かな?」

「こればっかりは相手が耐えてくれるのを願うしかないかな」


 視線を虎徹に戻す。脚本をめくってどこを読むのか確認している。内日が虎徹の手元を覗き込むために近づくのを見ると、心がざわついた。


「あなたの美しさに導かれるままに、ここまで辿り着いたのです。たとえ心なくあしらわれようとも、宿命のようにあなたの前まで来てしまうのです」


 虎徹の声が響く。その瞬間にクラス中の視線が集まった。


 鬼に例えられる容姿はそのままだが、声色は優しくみやび。無意識に動かしている手も風流に感じる。一人だけ平安時代からタイムスリップしてきたような錯覚さえする。


「あ、あああ、あの方が帰ってきたものと、とと、ばかり思っておりましたのに」

「こうなってしまっては仕方のないこと。どうか侍女に気づかれぬようお静かに」


 そっと指を口元に当てて、虎徹は流し目に内日を見る。理佳の頬は自分でも気付かないうちに膨らんでいた。


「すげー、伊達崎だんざき。プロじゃん」

「あんな特技あったんだ、意外ー」


 イベントで普段は見ないクラスメイトの一面を見ることができる。そんなことはよくある話だ。でも、理佳だけが知っていた虎徹の一面がみんなに知られるのは、なんとなく怖かった。


「そんなに妬かないで大丈夫だって。こてっちゃんの一番はずっとりっちゃんなんだから」

「うん。僕たちも練習しよっか」


 そうは言ってみたものの、やはり理佳が気になるのは内日の様子だ。


 他のクラスメイトと話すときと変わらないおどおどとして顔を背けるのは虎徹相手でも同じ。だからこそ特別怖がっていないように見えた。


 読み合わせはパートナーを変えつつ問題なく終えた。虎徹は演技力を買われたおかげか、少しだけ周囲と打ち解けられたようで嬉しそうだ。


「さ、帰ろっか」


 カバンを肩にかけ、信乃が理佳の背中に触れる。理佳は信乃の言葉が聞こえないようにふらりと虎徹の席に近づくと、隣に座っていた内日に声をかけた。


「ねぇ、せっかく夫婦の役になったんだから、一緒に帰らない?」

「は、ふぇ?」


 答えにならない声を出した内日の手を問答無用で引っ張る。


「じゃ、僕たちはお先にー!」

「ま、待って。私はまだ何も」


 内日の抵抗虚しく、二人の姿は教室から消えていった。

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