第52話 思ったより演目の原作がえげつなかった。意味がわからない(side虎徹)

九石さざらしくん! あと伊達崎だんざきもちょっと来て」


 演目が決まってから数日、虎徹こてつ理佳ただよしは、校庭で大道具の基礎作りを手伝っていたところを六戸ろくのへから呼び出されて教室に戻った。


 中に入ると机を六つくっつけて並べて、小さな会議卓ができていた。文芸部と漫研のメンバーにお目付け役らしい信乃しのがすでに座っている。


「脚本できたよー」

「早いな。それで俺たちが呼ばれたわけか」


「はいぃ。ご用意させていただきました!」

「ご足労いただきありがとうございます!」

「いや、そこまでビビらなくていいから」


 立ち上がって敬礼する文芸部と漫研の二人に呆れながら席につく。この二人が協力して作り上げたという脚本の第一版が机の上に置かれている。まだ本の形にもなっていないプリントアウトしただけの紙束の状態だ。


「割り当てられた時間が二〇分だからね。本当は主人公が二人いるんだけど、男性の振りをしている女の子の若君の方に絞ったよ。いやぁ、大変だった」


「いや、六戸さんは脚本書いてないでしょ」

「まぁまぁ。どこを使うかとオチは考えたからさ」


 虎徹と理佳はぺらぺらと脚本に目を通す。遅れて、信乃も手元の脚本に目を落とした。


*  *  *


 話は女であることを隠して生きているという理佳演じる若君と仮面夫婦として過ごしていたきみのところに宰相中将さいしょうのちゅうじょうが訪ねてくるところから始まる。


 宰相中将は四の君と逢瀬おうせを経て、四の君をはらませしまう。女性である若君の子であるはずもなく、浮気はすぐにバレてしまうが、仮面夫婦である以上、男女の愛をささげることができない若君は知らない振りをして、いっそ出家してしまおうと考えていた。


 しかし、周囲に気を遣ってなかなか決心がつかないうちに、若君は宰相中将に浮気のことをとがめようと話しているうちに、自分が女であることを知られてしまう。


 元々男と頭では理解していながらも惚れていた若君が女と知った宰相中将は、そのまま愛し合い若君も子供を孕んでしまう。


 もう男に戻れないと知った若君は、すべてを捨てて宰相中将とともに愛の逃避行を決意し、世間の中に消えていった。


*  *  *


「「生々しいわ!」」


 脚本を読み終わった虎徹と信乃が同時に声を上げた。


「この流れだと、俺が宰相中将役なんだろ。数十分で浮気して二回もヤることやってる鬼畜じゃねえか!」


「浮気相手の名前のせいでなんか変なこと考えちゃったー。孕むとかそういうのは禁止! カットして!」


「えーっ、古典だししかたないじゃん。ほら、そのあたりはさらっと流すし」

「流してもダメ! 浮気までは許すから、もうちょっとオブラートに包んで!」


 こんなものを来賓らいひんや保護者のいる体育祭でやらされても困る。いや、困るどころかトラウマになる。理佳だってそんなの困るだろう。そう思いながら虎徹は隣に座っている理佳へと目を向けた。


 理佳は読み進めるのは遅いが、真剣に物語を読んでいるようだった。ようやく最後まで目を通した理佳は顔を上げて口を開く。


「でも基本的な流れとしてはいいんじゃないかな? 恋愛関係が複雑に見えるけど、そこをすっきり説明したいよね」


「九石くんはわかってくれる? ほら、主演もこう言ってるし」

「あ、子供とかは僕もやめた方がいいと思う」

「あれー?」


 六戸が首をかしげる。理佳は苦笑を浮かべながらそれを受け流して話を続けた。


「なんかこの主人公の気持ちはちょっとわかる気がするし、演劇でやるのおもしろいと思う」

「お、もしかして誰かに恋してたりする?」


「そういう話は今はいいから! 明日はホームルームで他の配役も決めないと」

「うーん。名前もそうだけど、しーちゃんが四の君がいいんじゃない? なんか似合うと思うし、僕もしーちゃんが奥さんがいいなー」


「いや、それだと私は」


 そこで信乃は言葉を止める。虎徹にはその言葉の続きがわかった。演技とは言え、信乃の立場から見ると、理佳を裏切って虎徹と付き合うということ。そんなこと信乃自身が許せるはずもなかった。


「うーん。確かに九石くんと仲がいい人で主演は固めちゃう方がやりやすいかもね。立候補にすると荒れて決まらなさそうだし」


「あー、そうだね。僕が女の子の役なら男の子も四の君役でもいいって言い出しちゃうかもね」


 話はまとまった。脚本からはいやらしい表現や設定はぼかすこと。そして、配役は若君に決まっていた理佳に加えて、宰相中将に虎徹。四の君には信乃が入ることになった。


「いやー、順調順調。テーマも古典だから先生達の印象もいいだろうし、今年の優秀賞はうちのクラスで決まりだね!」

「そうかなぁ?」


 額に手を当てて首を振る信乃に虎徹は同意したくなった。

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