第51話 俺が演劇で舞台に立つ。意味がわからない(side虎徹)

 初めて恋人ができた夏休みは、デートらしいことはほとんどなく部屋で過ごして終わっていった。元々それほど家から出ない虎徹こてつは退屈でもなかった。今年の山籠もりをキャンセルしたのは少しだけ残念だが、それで理佳ただよしが喜んでくれるなら、虎徹にとってはそれが一番大切だ。


 休みが終わっても暑さの収まらない通学路を歩いて学校に向かうと、中庭で段ボールを組み合わせてガムテープを貼っている生徒の姿が見えた。


「そうか。夏休みが明けたらそんな時期か」


 季節は秋。スポーツや読書に向いていると言われているだけあって、二学期に入ると体育祭や文化祭の準備が続々と始まる。やる気のある生徒なら夏休みから学校に来て準備をしている奴もいるくらいだ。


 中庭で作っているのは、たぶん演劇の背景の下地だろう。手間がかかる作業だから早くから始めていて損はない。


 他の学校と特別変わらない虎徹の高校の体育祭は、一つだけ変わったところがある。

 それは、体育祭で演劇をすることだ。


 長く続く伝統なので、本当の由来は定かではないが、文化祭で講堂のステージが取り合いになったことがあり、だったら体育祭の方に一部を回してしまおうという話から始まったらしい。


 毎年、体育祭では二年生が演劇をすることになっていて、その代わり二年生は、文化祭では演劇以外の模擬店や展示を行うことになっている。

 とはいえ、虎徹はそれほど興味は湧いていなかった。


「どうせ俺の仕事は大道具の力仕事だろうからな」


 クラスの女子どころか男子と比べても頭二つ分は大きな虎徹が演劇に出たら、目立ってしょうがない。それにクラスの中で恐怖の対象と見られている虎徹が、演者側に回ってくれなんて言う奴もいない。頼み事もできずに放置される可能性すらある。


「そういうときは信乃しのに間に入ってもらうか」


 そろそろ周りももう少し慣れてくれればいいのに、と内心思いながら、虎徹は教室へと向かっていった。


 始業式の後のホームルームでは、演劇の演目決めが始まった。


「うちのクラスは、『とりかえばや物語』をやりたいと思います!」


 開口一番、実行委員の六戸ろくのへが声を上げた。


「いいぞー!」

「それで決まりだー!」


 もう根回しが終わっているらしく、芝居がかった賛同の声が続く。演劇をやるのはこれからだってのに、調子のいい奴らだ、と虎徹は頬杖を突きながら成り行きを眺めていた。


「そして、九石さざらしくんに着物を着せたーい!」

「え、僕? 男の子の役をやるんじゃないの?」


「違う違う。とりかえばや物語だからね。男として育てられた女の子の役。九石くんなら似合うと思うんだ」


「それって古典だよね? そんな話があるの?」

「よく聞いてくれました! 実はね、九石くんに主役をやってほしいと思って探してきたの」


 とりかへばや物語は、日本の女装男子、男装女子の先駆け的作品だ。


 頭がよく活発な女の子とかわいらしく内気な男の子の兄弟がそれぞれの性別を取り替えて育てられ、それぞれ同性と結婚するがうまくいくはずもない。そんな時に女の子は自分の性を知られてしまい、逃げ出してしまうのだが、といった作品だ。


 古典らしくどろどろとした愛憎劇あいぞうげきが繰り広げられるのだが、勉強嫌いな理佳はもちろん、虎徹もそんな内容は知らなかった。


「でもさ、十月とはいえ外でやるんだから、着物は厳しくない?」

「大丈夫。どうせ二〇分しかないんだし、これからアレンジしまくって現代風にするから。重ね着しまくらなきゃ全然いけるでしょ。ね、どうかな?」


 六戸の期待の目が理佳に向けられる。理佳は少しだけ虎徹の顔を横目に見ると、不安そうに口元に手を当てた。


「僕、今年の体育祭は出るつもりだから、当日は女の子だと思うよ。走ったりするし」

「バッチリじゃん。普段は男の子だけど、今日は女の子として、って」


「恋愛モノなんだよね?」

「そうだけど、別にキスシーンとかないよ? 欲しかったら入れてあげてもいいけどね」


 にんまりと笑う六戸にさすがにマズいと思ったか、信乃が立ち上がる。間に割り込む前に理佳が口を開いた。


「いいよ、やっても。でも条件が一つだけ」

「もちろん。主役をやってくれるなら何でも聞いちゃうよ」


「相手役は、虎徹がいいな」


「は!?」


 驚いて虎徹が立ち上がる。その瞬間に教室中に凍るような緊張感が走った。


「いや、すまん。別に怒ってるわけじゃない。中止しろとか言わないから」


 思ったより大きな声を出したことを謝りながら、虎徹は理佳の顔を見る。


「なんで俺なんだ? 言っちゃ悪いが舞台に出るような体格はしてないぞ」

「ま、こてっちゃんなら古典でも酒吞童子しゅてんどうじとか鬼とかの役だよね」

「否定はしないが、もうちょっとマシなたとえはなかったのか?」


 信乃がくすくすと笑っているのを横目に見ながら、虎徹は眉根を寄せる。理佳の目を見れば、譲る気なんてさらさらないということが見てとれた。


「うーん。その辺はこっちでうまくアレンジして伊達崎だんざきくんに似合うようにするよ」

「頼むから殺人鬼とか死神とか言うのはやめてくれよ」


「そこは出てきてからのお楽しみということで。じゃあ題材はまとまったし、こっちで脚本を作って、できたら配役決めていこうね」


 虎徹はまだ了承したつもりはないのだが、もうクラスはまとまってしまっていた。この空気を壊せるほど虎徹は口がうまくない。


 黒板にはとりかえばや物語という作品名と配役に『若君、九石理佳さざらしただよし』という部分だけが埋まってその日は解散となったのだった。

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