第49話 意外に虎徹とお似合いに見られている。意味がわからない(side信乃)

 花火が終わっても余韻に浸ったまま誰も立ち上がろうとはしなかった。

 真っ暗な空に浮かぶ星空は花火の眩しさのせいでいつもよりも星が小さく見える。虎徹こてつ理佳ただよしもこんな場所から夜景を見ることなんて今までしてこなかったんだろう。星空と街の灯りを交互に見比べているようだった。


「じゃ、邪魔者は消えますか」


 こっそりと立ち上がる。予備のライトを虎徹の足元に置いてそっと一歩を踏み出すと、手を虎徹につかまれた。


「あれ、バレてた?」

「隣で人が動いたら誰も気づくだろ」

「それはこてっちゃんだけ。わかったから手を離してよ」


 そう信乃しのが言っても、虎徹はまったく手を離す気配がない。


「足くじいたんだろ。なんですぐ言わなかったんだ?」

「いや、そんなに痛くなかったし」


 嘘だった。虎徹は理佳を抱き上げていたから、そんなこと言えるはずがなかった。信乃が足を痛めたことがわかれば、虎徹は理佳を降ろして自分を抱き上げるだろう。そして、理佳も間違いなくそれを許してしまう。


 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ。

 誰に言われるでもなく信乃本人がそう思っている。


「痛くないわけないだろ。やっぱり腫れてるな」

「うわ、真っ赤になってる! えっと冷たいものないかな?」


 虎徹にライトで照らされた信乃の足首は自分の想像よりも膨れ上がっていた。とてもじゃないがあの山道を下りていけそうもない。


「これでちょっとはよくなるかな?」


 ヒヤリとした感覚がれた足に走る。理佳が濡れたハンカチを巻いているのが見えた。


「これでよし、と。池のお水が結構冷たかったんだ。ちょうどよかったよ」

「そんな。汚れちゃったじゃん」

「いいの。しーちゃんの方が大切だもん」


 言っている間にも理佳は信乃の手元からライトを奪い、帰りの山道を照らす。


「じゃあ虎徹はしーちゃんおんぶしてあげてね」

「わかってる。ほら、早く乗れよ」


 信乃の前でかがんだ虎徹は少しもためらいがない。私は彼女じゃないのに。そんな言葉が頭をよぎる。


「ちょっと休めば大丈夫だから」

「俺がいるんだから頼ればいいだろ」


 信乃の体を抱き上げようとする。そっちの方が恥ずかしい。


「わかった。わかったから」


 虎徹の体を両手で押し返そうとしても虎徹の体は少しも動かない。大きく息を吐いて気持ちを落ち着けようとしているうちに、そっと体が持ち上げられた。


 今でも少しだけ憧れているお姫様抱っこ。しかもそれを虎徹にしてもらえるなんて思ってもいなかった。


 大きな腕は少し温かくて安心する。もう下ろしてほしいなんて言えそうになかった。意外と軽快な動きで山道を下りていく理佳に続いて、信乃はいつもより高い視線から揺れるポニーテールを見つめていた。


 山道から下りてくると、神社は少し混雑も収まっていた。しかし、花火が終わってもまだ屋台は営業を続けていて、中学生や高校生くらいの同年代はまだ友達と一緒に祭りの余韻を楽しんでいた。


 とはいえ、ケガをした信乃を連れて、虎徹も理佳も寄り道する気なんてない。屋台に目もくれず、まっすぐ鳥居の方を目指して歩いていく。その三人に道を譲りながらも視線は信乃に集まっていた。


「あれ、伊達崎だんざき苗羽のうまさんじゃない?」

「なんで抱きかかえられてるの? そういえば仲良かったっけ」


 普段から周囲の注目を集める虎徹と理佳は少しも気がついていない。顔が赤くなっているのを隠すために浴衣の袖で顔を覆った。


「どうした? やっぱり痛むか?」

「大丈夫。平気だから」


 もう足の痛みなんて恥ずかしさでどこかに飛んでいっていた。一刻も早く神社を出て、家に帰って部屋の中に隠れたかった。


「うわぁ、お姫様抱っこなんて初めて見た。すご」

「私の彼氏は絶対できないわ。貧弱だし」


「学年成績ワンツーの二人じゃん。もしかして付き合ってるの? いつから?」

「あれ、でも隣にいるのって」

「あの子は確かTS病だからさ」


 そんな声が聞こえてくる。慌てて隣を歩く理佳に視線を向ける。信乃の悪い予感の通り、理佳の瞳は少しだけ暗い色がにじんでいた。


「やっぱりしーちゃんと虎徹ってお似合いだよね」

「そんなわけないよ、ただ茶化してるだけだって」

「でもしーちゃんはだから」


 そこで理佳は言葉を止めた。虎徹は無言で信乃を片手に持ち替えると、理佳の頭を優しく撫でる。


「それは関係ないって言ったろ」

「うん。でも」


 理佳はそれ以上何も言えない。


 信乃は虎徹に抱きかかえられて、少しだけ喜んでいた自分が嫌になる。二人を応援すると言っておいてなんてザマだ。梓の策略は見事に機能してしまっている。まるで未来を見ていたかのような梓の読みに何もできない信乃はただ唇を噛んだ。


 結局虎徹に抱きかかえられたまま、信乃は家まで送ってもらうと、玄関で二人を見送った。


「ねぇ、僕も抱っこしてー」

「はいはい。ほら、こっち来い」


 そんな声が聞こえて、理佳が虎徹にひょいっとお姫様抱っこされているのが街灯の下でぼんやりと見える。


「応援する、って言ったのに。私がいたらただの邪魔になっちゃうのかな」


 すっかり乾いてしまったハンカチを外して、ぎゅっと握る。今の気持ちを表せる言葉は簡単には出てきそうにはなかった。

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