第48話 花火を見るには穴場に行くのがいい。意味がわかる(side虎徹)
夏祭りは人が集まる。迷子になるし、人混みに流されて気がついたら疲れている。そこに花火の音が鳴り響いたら驚いてTSしてしまう。
そんな理由で、理佳と
でも今年は違う。
いつものように虎徹の腕に絡みつく理佳は水色に金魚が泳ぐ浴衣を着ている。癖っ毛の髪はまとめてポニーテールに押し込めて、前髪には虎徹の買った浴衣と同じ水色の髪留めがついている。
履き慣れない
「花火って何時からだっけ?」
「八時からだ。まだまだ時間はあるから安心しろ」
「うん。穴場とかあるのかなぁ?」
地元の花火大会だが、虎徹も理佳も会場まで行くのは初めてだった。人混みが増えてくると虎徹の腕に絡む理佳の力も強くなる。
「でもまずは屋台だよねー。何食べよっか?」
ニコニコと微笑む理佳の肩を指で突くのが目の端に移る。待ち合わせ場所の神社の鳥居の前には、すでに
「激辛は禁止だからねー」
「あ、しーちゃん」
信乃の顔を見て、理佳は虎徹の腕からぱっと離れる。それを見て、信乃が呆れたように首を傾げた。
「別に私のことは気にしなくていいから」
「だって。えっと、今日は三人なんだっけ?」
「うん。梓さんは海外で撮影。まーちゃんは田舎に遊びに行くんだって。私は今日も夏期講習だったって言うのに」
「あはは、おつかれさま」
三人並んで境内に並んだ屋台に向かっていく。虎徹が入ると人混みが圧縮されて道が開いていく。ときどき道を譲らないのは、虎徹の道場に昔から通っている道場生やその家族くらいだ。
「まずは目的地に!」
「え、何かあるの? 花火はまだでしょ?」
「もう予約してあるんだー」
「予約って何?」
信乃が虎徹の顔を見上げるが、虎徹もそんな話は聞いていない。
「あ、
「大丈夫、大丈夫! 焼きそば屋さんね!」
走っていく理佳を誰もが振り返って視線で追いかけていく。その先を追いかけていけば理佳の通った後はすぐに分かった。
焼きそば屋の前に着くと、屋台では頭にねじったタオルを巻いたおじさんが、理佳にプラスチックの容器に入った焼きそばを渡しているところだった。
「予約って普通の焼きそばなの?」
「ううん。今日は特別にこれ入れてってお願いしてたんだー」
「それって、まさか」
花見のときの記憶が思い起こされる。中が真っ赤になっていた玉子焼き。その中に入れられていたデスソースのビンを持っている。
「一緒の鉄板で作ってないよね?」
「それやったら軽いテロ行為だぞ」
明らかに真っ赤な焼きそばを頬張る理佳を連れて、三人はまた縁日の灯りの中に戻っていく。
虎徹はクレープ、信乃はりんご飴、理佳は追加でイカ焼きを持って歩いていく。神社の本堂でお参りを済ませると、信乃が神社の裏山を指差した。
「こっちの山道の途中に池があってね。そこは木が少ないから花火がよく見えるんだって。夏期講習で聞いてきたの」
「そうなんだー。でも有名ってことは人が多いのかな?」
「大丈夫大丈夫。暗いし足元悪いし虫が多いしで、あんまり人は来ないんだって」
「そりゃ、誰も行かないだろうな」
「でもなんで来ないか知ってれば対策はできるでしょ?」
そう言いながら信乃は二人に何かを渡した。
「携帯型の蚊取り線香。足元が見えるようにライトも持ってきたし、これで大丈夫。さ、早く登ろっ」
「わーい。なんか秘密の探検みたい」
「あんまりはしゃぐとコケるから、ゆっくり歩けよ」
ライトを持った信乃を先頭に三人は足元の悪い山道へと入っていった。
山に慣れた虎徹にはなんでもない道だったが、理佳と信乃は苦労しているようだった。足場が悪い上に草履ではごつごつした道では石を踏んでしまうと痛みもある。明らかに足取りの鈍くなった理佳に手を伸ばした。
「ほら、抱えてやるから」
「うん。ありがと」
理佳の軽い体は虎徹の片手でひょいと持ち上げられる。そのまま子供のように抱き上げられると信乃が振り返って、虎徹の顔に光を当てた。
「やっぱりそうしてる方が似合ってるよ。今日のりっちゃんはちょっと控えめだったし」
「そう、かな?」
「うん。さ、早く登らないと花火始まっちゃうよ」
信乃がペースを上げる。それに続いて虎徹も山道を進んでいった。
信乃の言う通り、途中に見つけた池の近くはその周りだけ木が切られていて、街並みが一望できた。理佳を下ろし、虎徹は近くで倒れていた枯れ木を持ってくると、見晴らしのいい場所にベンチ代わりに横たえた。
三人並んで座ると、大きな音とともに花火が空に開く。
「きれーい」
「お前の横顔の方がきれいだよ」
「なんでしーちゃんが僕に言うの?」
「こてっちゃんは絶対に言わないと思ったから」
「俺がそんなこと言っておもしろいか?」
虎徹は花火から視線を逸らさずにため息をつく。
「別に虎徹はそのままでいいんだよ」
「ま、確かにね。こてっちゃんがそんなこと言い出したら熱中症かもね」
好き勝手なことを言いながら、三人は咲いては消えていく夏の華を見上げていた。
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