第46話 二人が同じ気持ちでいる。意味がわかる(side理佳)

「俺と、付き合ってくれないか? として」


 理佳ただよしが用意していた言葉が、虎徹こてつの口から出てくる。理佳は聞きなおしたい気持ちを抑えて、震える手を虎徹に伸ばす。


「それは、どっちの僕と?」

「どっちもだ。理佳ただよし理佳りかも」


「本当にいいの? 僕は、もしかしたら」

「いいんだ。今は俺の気持ちを伝えたかったから」


 理佳が全部聞く前に、虎徹ははっきりと答えた。

 もしかしたら自分はTS病が治ったら男として生きることになるかもしれない。だから、男である自分も含めて好きになってもらいたかった。

 虎徹も同じことを考えていた。それが何よりも嬉しかった。


「答え、聞いてもいいか?」

「えっとね、僕も虎徹に言いたかったんだ。僕の、恋人になってほしい、って。男の僕も含めて好きになってほしいって」

「そうか」


 虎徹はほっとしたように星空を見上げる。持っていたコーヒーを飲んで、大きく息を吐く。


「だからあんなにはりきってたんだ」

「理佳だって今日は手伝うとか言うから、何考えてるのかと思ったぞ」

「僕はいつも通りだったよ。虎徹が変だっただけ!」


 本当は嘘だった。キャンプの前日から今この瞬間も自分が自分じゃないみたいにふわふわしている。なんだか体が自分で支えられなくなって、虎徹の胸の中に倒れ込むように体を預けた。


「えへへ、そっかー」

「なんだよ?」

「虎徹も同じだった、って思ったら嬉しかっただけ」


 虎徹は答える代わりに理佳の頭を撫でる。いつもより手のひらの温度が高く感じる。


「なんかほっとしたら眠くなってきちゃった。お風呂行って寝よ」

「そうだな。ここの温泉は家族風呂を借りてある。TSしても大丈夫なようにな」


「えへへ、ありがと。でも今日は男だから一緒に入れるね」

「いや、無理だろ。よく見ろ」


 そう言われて理佳は自分の髪を撫でる。いつもの癖っ毛は長く伸び、自分でも気づかないうちに女の子になっていた。理佳自身もいつそうなったのかも覚えていない。それくらい緊張して周りがまったく見えていなかった。


「よかった。虎徹の告白を男の僕と女の僕の両方で聞けたんだ」

「あぁ、そうだな。どっちも俺の恋人だ」


「じゃあ、一緒にお風呂はまた今度ね。男のときならいいよね?」

「それは、考えておく」


 少し恥ずかしそうに虎徹が顔を逸らす。子供の頃に何度も一緒に入ったことがあるんだから気にしないのに。

 まだ何かを考えている虎徹を置いて、理佳は一人露天風呂に向かった。


 お湯に浸かると、やっと虎徹から告白されたという実感が湧いてくる。星空の下で体を温めていると、いままでのぐちゃぐちゃだった感情が解けていくようだった。


 虎徹と付き合うことになったら、一番最初にやらなければならないことがある。

 それは辛いとわかっていても、理佳自身が言うべきだと思っていた。


 キャンプから数日、理佳は近くのファミレスに信乃しのを呼び出していた。ちょうどおやつどきの店内では高校生がドリンクバーとスイーツをテーブルに並べて、ゲームをしているのが見える。そこから少し離れて、理佳は隅っこの席で信乃と向かい合っていた。


「それでね、虎徹と付き合うことになったんだ。しーちゃんには僕から言わなきゃって思って。しーちゃんの気持ちは気付いてたつもり。しーちゃんのことは大好き。でも、やっぱり僕には虎徹が一番だから」

「そっか。おめでと」


 信乃は驚いた表情を一瞬見せたが、すぐに優しい微笑みを浮かべてそう言った。


「それでね、こんなこと言うのはおかしいと思うけど、これからも虎徹とは仲良くしてほしいんだ。僕のわがままだけど」

「そんなの当たり前じゃない。別に二人が付き合ったからって私が何かを変える必要なんてないんだし。むしろりっちゃんこそ私のこと邪魔者扱いしないでよ」


「そんなの当然だよ! しーちゃんは大切な友達だから!」

「わかってるって。ちょっと仕返し」


 そう言って笑いながらアイスカフェオレに口をつけた信乃だったが、その顔は理佳から見ても少し暗く感じられる。理佳に対する怒りや虎徹に対する未練とはまた違った感情が渦巻いているように思えて、理佳には不安が募った。


「せっかくだから、これからどこか遊びに行かない?」

「ごめん。ちょっと用事ができちゃった。それに私がりっちゃんと一緒に遊んでたら、こてっちゃんが嫉妬しそうでしょ」


「そんなことないと思うけど。でも、せっかく夏休みなんだから。みんなでどこかに行こうよ!」

「うん、わかった。塾の夏期講習の日程、後で送るね。それじゃ」


 それだけ言うと、信乃はいそいそと席を立って店を出た。

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