第45話 虎徹が妙に張り切っている。意味がわからない(side理佳)

 電車の中で、理佳ただよしはずっと虎徹こてつの横顔を黙って見つめていた。


 普段から虎徹はあまり喋る方じゃないが、それにしても今日はいつにも増して無口だ。ときどき理佳の方をチラチラと見ているが、すぐに視線を逸らして、ごまかすようにキョロキョロと周囲を見回している。


「もしかして、キャンプ行きたくなかったとか、ないよね?」


 虎徹が普段やっている山籠もりと比べれば、キャンプなんて生温なまぬるい、とか思っているんじゃないかと不安になる。

 今日は二人きり。理佳自身が虎徹にお願いしたのには理由があった。


「このキャンプで、虎徹に告白する」


 隣の虎徹に聞こえないようにつぶやく。

 真尋と疑似デートしたあの日、最後に真尋が言おうとしたことは口に出さずとも理佳には伝わっていた。だからこそ理佳には大きな衝撃だった。


 TS病でも恋をしていい。理佳は今までそんなことを考えたこともなかった。病気の間は、男か女かどちらでもない自分は自由恋愛の輪の中から外に締め出されている。病気が治って自分の性別が決まってから初めて異性というものが決まり、そこでようやく恋愛ができると思っていた。


 真尋は自分のことを男だと思っていて、でも男でも女でもある理佳に恋をした。

 それが理佳にはまさにコロンブスの卵のようなものだった。


 理佳にとって一番好きな人は誰か。そんなことは自分に聞く必要なんてない。そこにいるのなら、信乃や梓に奪われてしまう前に全力で抱きしめて離さないだけだ。


 だから、今日は緊張でTSしそうになるのを必死に抑えて、なんとか男のままで電車に乗っている。女の理佳りかだけじゃなく、男の理佳ただよしまで含めて好きになってもらわなければ、TS病の自分は本当の意味で虎徹の恋人にはなれない気がしているから。


「でも、全然虎徹が乗り気じゃないんだけどー」


 告白だってタイミングがある。虎徹と楽しくキャンプをして星空を見上げながら虎徹の体に自分の体を預けて、なんて考えていたのに。今の状態だとそんな未来には少しも辿りつきそうにない。


「なんとかしていい感じの雰囲気を作らないと」


 告白の背中を押してくれそうないい雰囲気を。理佳は虎徹の背中で見えないように小さく拳を握った。


 虎徹の選んだ山間キャンプ場は山仲間から教えてもらったという穴場だった。夏のキャンプシーズンだというのに、山の傾斜を階段状に整えたキャンプサイトには、理佳たちの他には二組しかお客さんがいない。


 少し冷たい山の空気を吸い込んでいると、虎徹がペグを地面に打ち込む音が聞こえてくる。理佳が振り返ると、もうテント設営が終わっていた。


「さて、こんなもんかな」

「早い! さすが虎徹だね」


「ちゃんと支柱は立つし、ペグは地面に刺さるし。誰でもできるぞ」

「木を削って杭にするところからやるのと比べられても……」


 山籠もりで何もないところから朽木と枝と葉っぱを組みあわせてテーブルやイスやらも作る虎徹からすれば、キャンプの設営なんておままごとみたいなものだ。理佳がまばたきしている間にも、バーベキューコンロに入れられた薪は赤く燃え上がり、その隣で肉や野菜が一口サイズに切られて串に刺されていく。


「僕も何か手伝うよ!」

「いや、このくらい簡単だから気にせず座ってればいい。ここは標高が高いから夜は少し涼しくなるから鍋にするぞ」


「夜の準備もできてるの?」

「当たり前だろ。理佳はキャンプは初めてなんだから気にせず楽しめばいい」

「でもでも。それだと虎徹ばっかりが大変になっちゃうし」


 なんだか妙に虎徹が張り切っているように見える。もしかしてやっぱりキャンプが楽しみだったのかもしれない。それにしたって気合の入り方がいつも以上に思えるけど。


「おやつも買ってあるぞ。特別にな」

「あ、ハバネロスナック! しかも最新の一番辛い奴だ!」

「食べ過ぎるなよ。でも残しても俺は食べられないからな」


 いつもなら絶対に食べちゃダメ、というはずの虎徹が、今日はめちゃくちゃ甘やかしてくる。なんだかおかしい。そう思っても、理佳にはその原因までは推測できなかった。


 夜の山は冷えてくる。夕食はこれも理佳の大好きな温かいキムチ餃子鍋で、体も芯から温まってくる。二人で山頂の方へと散歩に向かうと、展望スペースから星空と町の灯りを一望できた。


 ベンチに座る。虎徹は持ってきたコッヘルで沸かしたお湯でコーヒーを淹れて理佳に手渡した。


「夏とは思えないくらいだな」

「うん。夏休み中、ずっとここで過ごしたいよ」


「どうせ来週には海に行きたいとか夏祭りに行きたいって言うんだろ?」

「もちろん! だって今年は」


 そこまで言って、理佳は言葉を止めた。

 満天の星空。静かな展望デッキに二人きり。理佳が望んだ最高の告白シチュエーションは、なぜか虎徹の手によって完成されている。


「だって今年は、虎徹といろんなところに行きたいから」


 今までは急に女の子になるのが嫌で、外に出かけるのは少し怖かった。虎徹に迷惑をかけるのも、女の自分が虎徹と仲良くなっていくのも怖かった。


 でも、今は違う。

 男の理佳ただよしも女の理佳りかも。全部まとめて虎徹に愛してもらいたい。


「ねえ」

「なあ」


 声が重なった。


「虎徹からでいいよ。何?」

「そうだな。今日は、楽しかったか?」


「うん。虎徹と二人でいるといつでも楽しいよ。みんなで一緒に遊ぶのも楽しいけど、やっぱり虎徹と二人だと落ち着く」


 言える。今なら言える。

 高鳴りそうになる胸のドキドキを必死に抑えながら、理佳は大きく冷たい空気を吸った。

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