第42話 TS病だからできることがある。意味がわかる(side虎徹)
準備を済ませてキッチンに向かうと、ダイニングテーブルには
「あれ、親父は?」
「朝の特訓があるから、と、お出かけになりましたわ。空手の先生なのですね。お仕事と両立されてるなんて、親近感が湧きますわ」
「逃げたな、親父の奴」
日曜の休みに朝から特訓なんて聞いたことがない。梓と二人でいるのに耐えられなかったんだろう。
「それで、なんで俺の家まで来たんだ? デートとか言いつつ、日程も決めなかったままだったのに」
「またモデルの仕事が入ってしまって。だったら虎徹様を驚かせた方がおもしろいかと思いまして」
「それでおもしろいのはお前だけだぞ」
「それに、また虎徹様のお料理が食べたくなってしまいましたの。朝食をご一緒しても?」
梓はテーブルに両肘をつき、手を組んでその上に顔を乗せる。隠した口元に微笑みを浮かべると、口調も相まって本物のお嬢様が執事にそう命じているように見えた。これなら親父が逃げ出す気持ちもわからなくはない。
「いいけど、準備してるわけじゃないから適当だぞ」
「それこそ食べてみたいですわ。黙って入ってきてよかったです」
「いや、それはやめてくれ」
「まぁ、素敵ですわ」
「嫌味か? ただのありものだぞ」
「私は朝食はスムージーなんかで済ませてしまうことも多いですから」
「モデルってのも大変だな」
おにぎりに海苔を巻いてやって自分の分と梓の分を並べる。梓の方が一つ少ないのは、
「理佳様もよく一緒に食べるんですか?」
「いや、よくってほどじゃない。理佳の両親が忙しいときなんかに、たまにな」
「羨ましいですわ。そういう関係って美しいですわね」
少し引っかかる言い方をして、梓は早速素手でおにぎりをつかむ。当たり前なんだが、その容姿で素手でおにぎりをつかんでいるとちょっとシュールな気がしてくる。
「早く食べませんと、間に合わなくなりますわよ」
「どこに行くか聞いてないんだが?」
「今日は私の理想のデートにお付き合いいただきますから。最初は映画を見に行きます」
珍しくにっこりと笑った梓の表情に裏を感じながら、虎徹は急いで自分のおにぎりに手を付けた。
虎徹も予想はしていたが、梓の選んだ映画は恋愛映画だった。病気に悩むヒロインが残りの命すべてを自分の憧れていた恋愛を実現するために使う、というストーリーは虎徹にはどこか身近に感じられる。
あまり興味のないジャンルだと思っていたが、いつの間にか虎徹は映画に集中していた。その手に隣に座っていた梓の手が重ねられる。
「素敵なお話ですわね」
梓が独り言のように呟いたが、虎徹は何も答えなかった。
映画が終わると、近くのファストフードに入ってみたいとせがむ梓を連れて中に入る。注文の仕方もよくわからないと言うので、代わりに二人分のトレーを受け取って、目立たないように隅の席を選んだ。
「良い映画でしたね」
「あぁ、思ったよりおもしろくて集中してたよ」
「病気で残りの短い命。それを全力で生きるというのは大切なことだと思いませんか?」
「何が言いたい?」
そんな言い方をされれば、いくら勘の悪い虎徹でも梓の言いたいことはわかってくる。
「私、TS病が治って思いましたの。病気で不自由なこともありましたが、自由にできていたこともあったと。今の私はどうあがいても男性の格闘家と試合をすることはできません。つい先月までできていたことが急にできなくなったんです」
「理佳にも今しかできないことがあるって言いたいのか?」
「そこまでは言っていませんわ。でも理佳様がTS病が治ったときに後悔するかもしれません」
「それは理佳に言ってやるべきじゃないのか? 俺にはあいつの心を動かせるほどのことは」
「できます」
梓ははっきりと言いきった。虎徹でも理佳でもないのに、二人の内面までわかっているというような口振りだった。その目には自信が宿っていて、言い返すことができなくなる。
虎徹が答えに詰まると、梓は答えを待つようにハンバーガーに口をつけると、何も言わないまま、食べ続けていく。虎徹はそれを見ながらも梓がどうしてそんなことを言いだしたのか、とその理由を考えていた。
「さて、考え込んでいても仕方ありませんわ。次に行きましょう。今日は一日、私に付き合っていただくのですから」
「あ、あぁ」
「別に、これからずっとお付き合いしてくださってもよいんですよ?」
梓の言葉は冗談か本気かわからない。急かす梓を追いかけて立ち上がる。
今の
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