第41話 俺の部屋が出入り自由になっている。意味がわからない(side虎徹)

 部屋に辿りつくと同時に、虎徹こてつはしなびた野菜みたいに崩れ落ちた。


「なんで告白されるなんて思っちまったんだか」


 理佳が変に緊張しているから、妙に意識してしまった。真尋の告白未遂を見たせいかもしれない。あの青春の魔力のようなものにあてられてしまったのかもしれなかった。


 大きく息を吐き、部屋の中央に正座する。目を閉じて黙祷もくとう。試合前に心を落ち着けるルーティーン。だが、真っ暗なまぶたの裏に、今日の理佳りかの顔がいくつも浮かんできた。


 精神は少しも落ち着きそうにない。

 庭に出て、空手の型や正拳突きを二時間ほど無心に続けていると、汗と一緒に動揺もようやく流れ落ちていった。


「急に女の幼馴染ができてもなぁ」


 そう言った理佳自身がまったく今までと変わる気がなさそうなのも困る。理佳からすれば女の自分とも向き合う、とでも言いたかったのかもしれないが、虎徹にはどう扱いを変えればいいのかわからなくなるだけだった。


 こういうとき、相談できる相手もいない。父親は信用ならないし、母親に逃げられたような相手に男女の話を聞く方が間違っている。


 友人と言えば、信乃しのあずさくらいで、どちらも相談相手にするには理佳と近すぎるし、信乃に至っては告白の答えを待たせているのだ。


「どうすっかな」


 助けを求めるように呟くが、それに答えてくれる人はいなかった。


 それからも理佳ただよしの態度はほとんど変わらなかった。違いと言えば女になったときにリカ、と呼ぶと嬉しそうに顔をにやけさせるくらいで、信乃が複雑な顔で睨んでくる方が厄介なほどだった。


 虎徹は極力いつも通りを心がけながら、理佳の変化に動揺しないように立ち回っていると、数週間もすると、体と心に疲労が溜まってくる。


「何か、何かないのか」


 また誰もいない部屋の中で助けを求める。それと同時に電話が鳴る。ボタンを押すと、梓の楽しそうな声が聞こえてきた。


「以前の理佳様とのデートはいかがでしたか? 私の考えたプランでしたから、ご感想をいただきたく」

「芸能人でも意外と普通だなって思ったが」


「等身大の女子高生らしくてよかったでしょう?」

「等身大、なぁ」


 そういう意味では理佳はまだ普通の女子高生ではない。わざわざ普通を求めてそれに合わせてやる必要もないのかもしれない。


「理佳様はある意味で規格外ですものね」

「いろんな意味でな」


「では、普通の女子高生とデートをしてみませんか?」

「どういう意味だ?」


 電話の向こう側で、梓の笑い声が漏れるのが聞こえた。


「私、先ほど検査が終わりまして、TS病の完治が確認されましたの。まだマネージャーも知らない最新情報ですわ。一番最初に虎徹様にお伝えしたかったので。今日から私、普通の女の子になりましたの」


「それは、おめでとう、でいいのか?」

「えぇ、たくさん祝福してください」


 梓の場合は、格闘家としても有名だった。それができなくなったということを考えると、素直におめでとうとは言いにくい。ただ、梓自身はしっかりと割り切った上で女としての自分の人生を楽しむつもりだということが、声色から伝わってきた。


「ですからお祝いに一日付き合ってくださいな。この間は結局途中で皆さんと合流してしまいましたし、ハニートーストは虎徹様一人で食べてしまいましたし」


「結局追加で頼んだのをみんなで食べてただろ」

「カップル限定なんですから、二人で食べないと意味がないでしょう? 今度はゆっくり付き合ってもらいますわ」


「そういえば、TS病の安定期のこと、ちゃんと聞けてなかったしな」

「そうやって誘えばよろしかったのですわね。勉強になりますわ。それでは次のお休みに」


「おい、何時にどこで?」


 虎徹が聞く前に電話が切れる。元々梓は強引なところはあったが、日に日にそれが増していっているような気がする。


 TS病は完治する。


 その話は何度も聞いていたが、実際に梓という近くにいた存在が治ったと聞くと、急に現実味を帯びてくる。理佳もいつかはTS病から解放されて、男か女、どちらかの性別に収まって生きていくことになる。


「俺は、そのときどっちの理佳になってほしいんだろうな」


 理佳にも信乃にも聞かれたことをついに自分でも聞いてしまう。理佳は男でもあり女でもある。ずっとそう考えてきたからどちらかの理佳なんて考えはなかなかイメージがつかなかった。


「とりあえず寝るか」


 頭のいい虎徹でも簡単に答えは出ない。すべてを投げ捨てて、虎徹は疲れた頭を休めるために目を閉じた。


 次の土曜日になっても、梓からは連絡が来なかった。一方的な約束だったし虎徹の確認もとらなかったから、さすがの梓も遠慮しているのかもしれない。


 なんて考えはやはり甘かった。梓は梓。いつも想像の一つ先を行くことをしでかしてくる。


 翌朝、週末の日曜日。梓のために空けていた予定はそのまますっからかん、のはずだった。


 目を開ける。見えたのは見慣れた天井、ではなく虎徹の顔を覗き込む梓の顔だった。


「うわぁ! なんでいるんだよ!」

「お家を尋ねたら、お父様に快く中に入れていただけましたわ」


「あんにゃろ、何も考えてねえな」

「さ、約束通りデートに行きましょう。寝顔を覗き込めるなんて貴重な経験ができましたから」


 まだ目が覚めきっていない虎徹の体を梓が引っ張る。格闘家のときとは違って、その力はずいぶんとか弱くなっていた。


「なんでどいつもこいつも俺が寝ているところにやってくるんだ」


 はぁ、と大きなため息をついて、虎徹は顔を洗うために洗面所へと向かった。

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