第40話 言えないことを言おうとするとTSする。意味がわかる(side虎徹)

 ショッピングモールの中に戻ると、さっきより活気があるように感じられた。虎徹こてつはその理由を、隣にいる理佳ただよしの機嫌が今日一番いいからだと思う。


「ね、なんで急に行こうと思ったの? 前は嫌がってたのに」

「約束だからな。他の奴と先に行きたくなかったんだろ?」

「……うん」


 理佳は噛み締めるように頷く。その姿を見て、虎徹はもっと早く誘ってやればよかったと思う。ここ数日の理佳は信乃しのあずさに連れまわされていて、あまり一緒にいなかった。その前からも理佳との距離は少しずつ離れていたように思う。


 以前の理佳が頼れるのは、ほとんど虎徹だけだった。でも今は信乃や梓がいる。理佳を頼りにしている後輩の真尋もいる。普通ならこのくらいの距離感でもおかしくないのに、今までと少し離れただけで不安になるのは、虎徹自身が理佳を守っていることに安心感を覚えているからだった。


 前に信乃と三人で行った雑貨屋は、変わらずピンクや水色で彩られていて、思わず虎徹の足が止まる。


「どうしたの? 一緒に行くんでしょ?」

「お前、わかって聞いてるだろ」

「なんでかなぁ? 僕にはわかんないや」


 理佳は満面の笑みで虎徹の腕に頭を寄せる。それでも虎徹の足はすぐには動かなかった。

 約束は約束だ。守るつもりはある。ただやっぱりあのファンシーな店の中に自分が入っているシーンを想像すると、胃が痛くなってくる。


「ほらほら、早く行かないと売り切れちゃうかもしれないでしょ」

「わかったから。袖は引っ張るな」


 意を決して雑貨屋に近付く。虎徹に集まった視線はすぐに理佳の方へとスライドして、ほっこりとした雰囲気に包まれた。


「ほら、平気だったでしょ? 前もそうだったんだから大丈夫だって」

「いや、それでも俺の精神がだな」


 虎徹は言い訳をするが、理佳はまったく聞いていない。通路を迷いなく進み、以前買えなかった髪留めの前まで虎徹を連れていく。


「どれがいいかな? あんまり派手なのは似合わないよね。黒っぽいのでいいかなぁ」


 理佳が手を伸ばす。その手を遮るように虎徹は隣の鮮やかな水色の髪留めをとった。


「きれいな髪色なんだから、理佳にはこれがいい」


 袋に入ったままの髪留めを理佳の額に当てる。栗色の髪とのコントラストの効いた、晴天の青空のような色が理佳の性格を映し出しているようだった。


「派手過ぎない?」

「元々お前は派手な方だろ。俺と並んでても見られるくらいには目立つんだから」


「そういうんじゃなくて、かわいすぎるかな、って」

「信乃のシュシュよりは控えめだ」

「自分で選んであげたのにひどい言い方」


 理佳は虎徹の手に乗った髪留めを見つめる。近くに鏡がないから自分では見られないが、虎徹の顔を見ていたら、それだけで大丈夫と信じられる気がした。


「じゃあ、買ってくる」


 髪留めをつかもうとした理佳から逃げるように虎徹の手が届かない高さまで上げられる。


「ちょっと、なんで?」

「買ってやるよ。約束したのに待たせたからな」


 理佳の答えも聞かず虎徹はレジに向かうと、簡単な包装袋をぶっきらぼうに理佳に渡す。


「本当にいいの?」

「いいって言ってるだろ。それつけたら次にいくぞ」


「次って?」

「そのデートコース。最後はあのプリントシールを撮るんだろ?」

「えぇ!?」


 思わず理佳は声を上げた。


「雑貨屋さんに連れてってくれるだけでも奇跡だと思ったのに。虎徹、熱でもあるの?」

「嫌なら行かないでもいいぞ」

「行く! これつけてから撮るからね!」


 屋上ではなく最上階の最新機種が並ぶゲームコーナーで。中腰で仏頂面を浮かべた虎徹と満面の笑顔で髪留めを指差す理佳のシールは半分ずつに切ってお互いの手の中へと大切に収まった。


「これは魔除けには使えなさそうだな」

「そういう使い方しないでよ」


 理佳は頬を膨らませて、虎徹を睨んだかと思うと、視線をまたシールに移して、何かを考えているようだった。


「どうした? まだ行きたいところでもあるのか?」

「行きたい場所じゃないんだけど、その、お願いがあって」


 シールで顔を隠す。半分に切った小さな紙では顔の半分も隠せていない。まばたきが増えて緊張しているのが丸わかりだった。


 今の虎徹にはその意味がわかる。

 真尋が理佳に何をしようとしていたのか、そしてどうしてTSしてしまったのか。

 つまりそれは、これから理佳が何をしようとしているのかがわかってしまうということだった。


「えっと」


 虎徹はそこまで言って、自分が何を言えばいいのかわからなくなった。

 理佳の勇気を無駄にしても止めるのか。告白されて受け入れるのか、断るのか?


 どれを選んでも自分と理佳を悩ませることにしかならない。

 TS病が治るまで。そう線を引いた虎徹はどこかで安心していた。後一年は、理佳と信乃の気持ちを待たせられると。


 それが今、壊れようとしていた。


「あのね、女の子のときは、理佳りかって呼んでほしいんだ!」

「え?」


「実はね、ママはずっと僕が女の子のときはリカって呼んでたんだ。恥ずかしかったから虎徹には内緒だったんだけど。でもね、僕の中にはなんとなく男の僕と女の僕がいると思う。女の僕がタダヨシって呼ばれるのはちょっとかわいそうだなって思うんだ。だから」


 シールで顔を隠したまま、理佳りかはすっと虎徹に体を寄せる。上目遣いの瞳には期待を込めた星のような輝きが映っていた。


「ダメかな?」


 小さく首をかしげる。それを見て、虎徹には断るなんて答えは持っていなかった。


「あぁ。慣れるまでちょっと時間がかかるかもしれないが」

「えぇ~、今すぐ呼んで! 一回でいいから」


「もうちょっと待て。次、次にTSした時には呼べるようにするから」

「なんでー? 僕がそう呼んで、って言ってるんだから気にしなくていいのに」


 告白される。そう思っていた自分が恥ずかしい。理佳が自分のことを見ると、時々急にTSするのは、自分のことが好きだからじゃないか、なんて考えてしまった。


「別に恥ずかしくて言えないことなんて、いくらでもあるよなぁ」

「何か言った?」

「なんでもない。もう帰るぞ、理佳りか


 言ったそばから顔が赤くなるような気がした。


「うん! 今日は楽しかった!」


 いつもと変わらず理佳が虎徹の腕に絡みつく。変わらない日常なのに、虎徹の気持ちだけは違っていた。理佳ただよしなら、男でも女でもない大切な幼馴染だ。


 でも、それが理佳りかなら。それは本人が言ったようにの幼馴染に他ならない。


 幼い頃から一緒にいたのに。性別を意識するとこうして腕を組んで帰っていることさえ急に気恥ずかしくなってくる。


 いつも以上に口数の少なくなった虎徹は、隣ではしゃぐ理佳の顔を横目に見ながら歩いていた。

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