第38話 二人っきりでいるとドキドキする。意味がわからない(side理佳&虎徹)
二人きりのカラオケは薄暗い密室のおかげか、
自分の方が緊張しているんじゃないかと思えるほどだ。服は
デートとは言っているが、それは真尋の特訓のために言っていることで理佳にとっては友達と遊びに来たに過ぎない。これが虎徹だったら、理佳は自分の姿が恥ずかしくてうまく話せないだろう。
「カラオケって何を話していいかわかんないですね」
「二人だとどっちか歌ってるし」
「俺は歌に集中してるからあまり緊張しなくていいですけど」
そう言われるとさっきからあまり真尋と話せていない。女の子に見られると緊張するという真尋だが、理佳が歌っているところに手拍子を合わせてみてもそれほど様子が変わっていないように見える。
格好を変えても、自分は女の子には見えていないのかもしれない。そんなことも考えてしまう。
「慣れてきたならレベルアップしよっか!」
真尋が緊張しないなら次のステージに行ってもいい。キリのいい時間でカラオケを打ち切って外に出る。次の行き先は梓からの指示書がある。
「次はなんなんですか?」
「えっとね、カフェでお話だって。これも大丈夫かな」
この間五人で楽しく過ごしたばかりだ。これなら真尋も大丈夫だろう。そう思って顔を見ると、真尋はポカンとして、理佳の顔を見つめていた。
「二人で、ですか?」
「うん。あ、カップル限定メニューはたぶんないから大丈夫」
「あ、あのハニートーストはおっきかったですもんね」
そう答えながらも真尋の視線は理佳から少し外れている。
「ふ、二人きりだと緊張しますね」
「落ち着いて。カラオケとそんなに変わらないよ。ほら、行こ」
ここで手を繋いだらTSしてしまいそうな勢いだ。二人きりだからってそんなに変わらないと思うんだけど、と思いながら、理佳はスマホで近くのカフェを探し始めた。
どうせ入るなら、とチェーン店を避けた理佳は、コーヒーがおいしいと評判だった純喫茶を選んだ。店頭にはバイクが置かれており、入ってみると壁には古いポスターが何枚も張ってある。まるで自分の知らない時代にタイムスリップしたみたいだった。
渋い外観からあまりお客さんは多くないらしく、奥の席に座ると、カウンターに座った常連らしいお客さんからは見えなくなった。これなら真尋もそれほど緊張しなくて済むだろう。
「どう? ここなら大丈夫そう?」
「えっと、はい。たぶん」
返ってきた声はかなり小さい。目の前に置かれたココアの湯気をじっと見つめている。
理佳は自分のエスプレッソに砂糖も入れずに口をつける。苦手な人なら耐えられないほどの苦みだが、理佳にはこれがたまらなく好きだった。
「あぁ、おいしい。ね、真尋、ちゃん?」
さっきから口数が少ない。緊張しているのが見た目からも伝わってくる。ただ理佳にはその理由が少しも理解できなかった。
「ちょっと俺、お手洗いに」
逃げるように真尋が席を立つ。理佳は頭に疑問符を浮かべながらエスプレッソに口をつけた。
* * *
「すごいねー、りっちゃん。こてっちゃんに負けず劣らずの鈍感っぷり」
「人は自分のこととなると案外気がつけないものですわ。私は見ていて面白いからいいですけれど」
二人の入った純喫茶の向かいのファミリーレストランで双眼鏡を交互に覗き込みながら、
「なんで店に入らないんだ?」
「こてっちゃんが目立つからでしょ。りっちゃんはともかく、まーちゃんにバレたらすぐにTSしちゃいそうだし」
「双眼鏡で隣を覗いてるお前も相当目立ってるぞ」
窓に張りつくように体を寄せて、双眼鏡で道路の向かいを見ている女の子なんて目立たないわけがない。窓の向こう側の通行人が、ちらちらと不審者のように横目に見ながら通っていく。
「これ、もしかして当初の予定とは別の理由でTSしちゃいそうじゃない?」
「それはそれでよい特訓にはなりそうですね」
「なんなんだよ、別の理由って」
「こてっちゃんには教えてあげなーい」
「そうですわ。私たちの口から伝えるなんて失礼に値しますから」
なぜか真尋の緊張の理由がわかっている二人は、虎徹の顔を見ながらため息交じりにそんなことを言う。今日はずっとそんな風にディスられているような気がするが、まったく二人の言っていることがわからない。
「この後どうする予定なんだっけ?」
「この後は駅前の
梓考案のプランは本人の憧れが含まれているらしく、高校生らしい背伸びしないルートが選ばれている。
「あれ? お二人ともどうしてそんな暗い顔をしていらっしゃるんですか?」
まだ理佳はメモの先まできちんと確認していない。ただ理佳がそれを見たときに嫌がりそうだということが、虎徹と信乃には理解できた。
「うーん。りっちゃん大丈夫かな?」
「別にルートは守らなきゃいけないわけじゃないしな」
今度は梓がよくわからない、と首をひねる番だった。
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