第35話 虎徹以外とデートすることになった。意味がわからない(side理佳)

あずさの冗談に決まってるだろ。お前は何回騙されてるんだ」


 広いテーブル席に移動した理佳ただよしたちは必死の虎徹こてつの弁解を聞いていた。


「虎徹だって悪いんだよ。結構連絡とってるって話も前に聞いたし」

「それも前に説明しただろ。ジムに入らないかって誘われてるって」


 虎徹はメープルシロップとホイップクリームがたっぷり乗ったトーストを口に入れる。


 梓が食べたかったというカップル限定特大ハニートーストは二斤分の食パンを丸々使った超大作で、五人で分けてもちょうどよさそうなほどだ。これを二人で食べ切るつもりだったらしい。


「それよりも私はそちらのお嬢さんのお悩みの方が気になりますわ。先ほどからうつむいてお話しされていませんし」


 真尋まひろに視線が集まる。ビクリと体を硬直させるとまた俯いてしまう。


「こんな感じで緊張しちゃうの。ドキドキするとTSしちゃうからそれを治してあげたいんだけど、何かいい方法ない?」

「そうだよ。梓さんってモデルとか格闘家とかやってるし、緊張の取り方とかわからないかな?」

「そうですわねぇ」


 虎徹は女子トークを聞きながら次々にハニートーストを口に運んでいく。さっき騙されたばかりなのにすぐに梓に意見を聞くあたり、理佳にはやっぱり人を疑うことはできないらしい。


「やっぱりたくさん緊張して慣れる。これが一番ですわ。私も最初は言われた通りにポーズをとるだけでも震えてしまうほどでした。でもたくさん挑戦して、神経が擦り切れてしまえば緊張なんてしませんわ」


「いいこと言ってるかと思ったら、めっちゃスパルタじゃん」

「擦り切れるほどの緊張って。真尋ちゃん、大丈夫?」


 理佳が真尋の顔を見る。と思ったら、さっきまでそこに座っていたはずの真尋の姿がどこにもない。慌てて探すと、真尋はテーブルの下に潜り込んで膝を抱えて座っていた。


「何してるの?」

「だって、本物のモデルさんって聞いて。そんな人とオレが話なんてしていいんですかぁ? それどころか同じテーブルに座ってるなんて、恐れ多いですぅ」


「そんなことお気になさらずに。あら、これもまた緊張の特訓ですわね」

「こんなことずっとやってたらオレ消えちゃいますぅ」


 なんとかテーブル下から真尋を引っ張り出す。これは時間がかかりそうだ。


「じゃあさ、まーちゃんが今一番緊張することって何なの? いろいろあるけど一番ヤバいのを体験しちゃえばいいんじゃない?」

「そうだよね! 一番を体験しちゃえば後はその経験と比べればマシって思えるよ」


 真尋が首を傾けて考え込む。いろいろと自分の過去の経験を思い出しているのか、顔が赤くなったり苦くなったりと百面相ひゃくめんそうしている。数分間黙っていた真尋だったが、ようやく考えがまとまったのか、ゆっくりと口を開いた。


「幼稚園の頃、気になっている女の子がいたんです。それで兄貴の服を借りてカッコつけて遊びに行ったんです。でも会ったら緊張しちゃって、それでTSしちゃって」


 そこまでで真尋の言葉は途切れた。相当なトラウマになっているらしい。緊張するのはTSして失敗した経験が真尋の緊張に繋がっている。理佳にはその気持ちはよくわかる。自分の体が自分の自由にならないこと。それは子供のうちはそれを簡単に受け入れることはできない。


 理佳の場合は、それを真正面から受け止めて、守ってくれる虎徹がいた。真尋にも同じ存在がいれば、少しずつ自分の体質を受け入れていけるはずだ。


「それではそのトラウマを振り払うために、デートにでも行ってみればいいんじゃないですか?」


 新しいおもちゃを見つけた、というように梓が言う。それに驚いた声を上げたのは、意外にも信乃しのだった。


「またそういうこと言って! こてっちゃんとデートさせようって考えてるでしょ」

「信乃様はそう思ったんですか? その方が私がおもしろいと思っているなら、ちょっと違いますわ。私だって虎徹様が他の女の子とデートなんて許せませんし」

「梓ちゃんが言うと、どこまで本気かわかんないわ」


 虎徹は全然気にしていないけど、梓の本心も理佳は聞きたくてしかたない。信乃もそうだが、自分が虎徹に対して素直になったとたんにどうして急にライバルが増えてくるんだろう、と理佳は頭を抱えたくなる。


「私は理佳様が適任だと思いますわ。真尋様も懐いているようですし、どちらが男でどちらが女でデートするのか興味がありますもの」

「えぇー! 僕!? そんなこと急に言われても。真尋ちゃんだって困るよね?」


 真尋に話を振ってみる。デートなんていきなりハードルが高すぎる。そう思ったのだが、真尋はというとまんざらでもなさそうな顔をして、チラチラと理佳の顔をうかがっている。


「オレ、やってみます! 姐さんに協力してもらえるなら、きっと克服してみせます!」

「えぇー。なんでそんなにやる気なの!?」


 絶対に断ると思っていたのに。やる気を見せるように胸の前で小さくガッツポーズをとった真尋は理佳に期待の瞳を向けている。


「デートはいいですよ。普段と違う自分を見せてもいいんですから」

「そういえば、今日こてっちゃんとデートだって言ってたっけ。嘘だろうけど」


 信乃は少し悔しそうに鼻を鳴らしてハニートーストに手を伸ばす。そこにあるはずのものはすっかり消えてしまっていた。


「こてっちゃん、もしかして全部食べたの!?」

「そんな、私が食べたくて二人で入りましたのに」

「もう一個! もう一個頼もう。こてっちゃんのおごりで!」


 信乃が座っている虎徹を引っ張り上げようと腕をつかむ。重い虎徹を持ち上げることなんてできるはずもないが虎徹はバツが悪そうに立ち上がった。


「二人でデートも楽しいですが、こうして皆さんと一緒というもの悪くないですね」


 微笑みを浮かべた梓が虎徹とどんなことをしていたんだろう。と考えながら、理佳はこっそり虎徹の飲んでいたブラックコーヒーを奪って口をつけた。

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