第34話 話題に出そうとしなくても勝手に虎徹の話になる。意味がわからない(side理佳)
「具体的にどういうときに緊張するの?」
「やっぱり周囲の注目を集めてるときでしょうかぁ」
ショップを出て、近くのカフェでパフェを食べながら、
それぞれにスプーンで甘いクリームをすくいながら、乙女たちの話は続いていく。
「注目、か。でも授業で当てられただけでも緊張しちゃうんでしょ?」
「そうですねぇ。こう、みんなは座っているのに自分だけ立っている、っていうのがダメなんです」
「人と違うことが苦手なのに、屋上でサボっちゃったり、髪を染めてみたり。難儀な子ね」
注目と言えば、さっきから理佳の視線はまた真尋の胸に向かっている。机の上に乗っている。女の子の体を持つ自分でも体験したことがない現象に目線は釘付けだった。
「不良っぽくすれば周囲から避けられて、目立つこともなくなると思ったんですけど」
「いや、他人と別のことをしたら注目されるわよ」
「そういえばそうですねぇ」
頬にクリームをつけながら真尋が頷く。このぼんやりした雰囲気なら緊張なんてしなさそうなのに、と理佳は思う。
「そういえば、僕も最初は女の子になったら緊張してたなぁ。すぐ男の人が寄ってきてたし、なんか口説いてきたりからかってきたりするし」
「やっぱりそうなんですね。姐さんは美人ですから」
「私はそういう経験ないなぁ。りっちゃんはそういうのからこてっちゃんに守ってもらってるんだもんね」
「そうなんですか? 信乃さんもかわいいですし、優しい方なのに」
まっすぐ曇りのない瞳で真尋が信乃の顔を見た。少し驚いたようにまん丸な瞳が信乃の顔を映しだしている。嘘やお世辞で言っているようには見えない。
「私はそんなんじゃないって。嫌味っぽくて融通の利かない頭の固い奴としか思われてないよ」
「そうかなー? 最近のしーちゃんはちょっと変わったよね」
理佳はニヤニヤと笑みを浮かべながら信乃の顔を見る。信乃が虎徹にどんなことを言ったのか、どこまで行ったのかを理佳は二人から聞けていない。
自分の気持ちを信乃には言ってしまっているから聞きにくいし、二人が話さないのには何か理由があるように思えた。二人が教えてくれるまでは聞かないつもりでいる。
「ま、まぁ私のことはいいの。今はまーちゃんの話でしょ!」
「あ、そうです。姐さんの舎弟の人。虎徹さん、でしたか? あの人に見つめられるとドキドキしました。それでTSしちゃったんです」
それを聞いて、二人は同時に青ざめた。
理佳が真尋の肩を揺すって聞く。
「なんで? 何でドキドキしたの? 虎徹のどこが気に入ったの?」
「気に入った? オレ、本物の不良がケンカをしに来たんだと思って」
「あ、あぁ、そっちね。こてっちゃんの顔、怖いもんね」
今度は二人同時にほっと息を吐く。その姿を真尋は不思議そうに眺めていた。
「はい。なので、虎徹さんに協力してもらえれば特訓に」
「それはダメ! 虎徹は絶対にダメ。他の方法考えよ」
「えっと、どうして」
「とにかくこてっちゃんはダメなの。ほら、他に緊張する場面考えよ」
「うふふ。何のお話ですか?」
聞き馴染みのある声に振り返る。
そこには微笑みを浮かべて三人を見つめる梓の姿があった。
今日もトレードマークとも言える真っ黒なワンピースと帽子と真っ白に輝くプラチナブロンドの髪がさらさらと肩から流れている。
「あ、梓さん。いま、真尋ちゃんが緊張しないように特訓しようって話をしてて。梓さんはどうしたの? いつもならジムの時間なのに珍しいね」
「えぇ、今日はデートなんですの。素敵なカフェがあったのでふらっと入ってみたんです」
「デート!? 梓さんって彼氏いたの?」
驚いた信乃が立ち上がる。理佳は梓の後ろにいる見慣れた大きな人影を見つけて、呆然としていた。
「おい、梓。席をキープしておくって言ったんじゃなかったのか?」
「こ、虎徹?」
「理佳!? なんでここに?」
「虎徹こそ! いつから梓さんと付き合ってたの? 何で黙ってたの!?」
トレーを持った虎徹に理佳が体当たりをしかける。虎徹はびくともしない。持っているトレーに乗ったコーヒーは少しもこぼれることなく、水平を保っている。
「あらあら。これは困りましたわね。どうしましょうか」
そう言いつつも梓はまったく困った様子はなく、ただ虎徹と理佳のやりとりを見ながら微笑みを浮かべていた。
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