第32話 後輩が幼馴染にやけに懐いている。意味がわからない(side虎徹)
「もう。
「いつも勢いで生きてる
「ちゃんと反省して!」
正座をさせられたまま虎徹は理佳に言葉を返す。正座なんて空手の練習で慣れている。なんとか事態は把握してくれたようだが、理佳ははち切れそうなほどの
「なんですかぁ。オレの胸ばっかり見ないでくださいよぉ」
「あ、ごめん。なんでTSしたらそんなに大きくなるの?」
「オレだってよくわかんないんですよぉ。こんなの困るだけなのに」
真尋が目を伏せながら首を振る。むぅ、と理佳が声を上げる。
「こいつもTS病なんだ。自分にはそんな症状がないから気になるんだろ」
「そうなんですか!? この学校にはTS病の人がいるって聞きましたけどぉ」
「
TS病の権威と言われる理佳のかかりつけ医でもある五倍木がこの町で診療所を開いていることもあって、治療のためにこの町の近くに引っ越してくるTS病患者は多い。真尋もその一人なのだろう。
「オレ、本当はこんなんじゃなくて、カッコいい男になりたかったのに。勝手に女になるの辛くないんですか?」
「んー、それも含めて僕かな。女の子だからできることもあるし、ね?」
理佳は横目に虎徹を見る。虎徹も理佳を見つめ返す。いつの間にそんなに強くなったのか、と虎徹は思う。ずっと守ってやるとばかり思っていたのに、理佳はもしかすると自分がいなくても一人で生きていけるのかもしれない。
「あぅ、そんなに見つめられると」
理佳の髪が伸びて声が高くなる。こうしてみると真尋や梓に比べると理佳の変化はあまり大きくない。男の頃から元々女の子っぽい外見をしているだけあって、TSしてもあまり違和感がない。
「もう! 虎徹のせいで女の子になっちゃったじゃん」
「なんで俺のせいなんだよ」
いったいどこに俺が心拍数を上げる要素があったと言うんだ。一応理佳も男だし、あの巨乳に動揺していたのかもしれない。
「後で着替えてこないと。虎徹のせいだから、後で先生に言っておいてね」
「わかったよ。調子が悪かったら保健室に行くんだぞ」
「すごいです!」
理佳のTSに興奮したように真尋が立ち上がった。
「オレ、緊張するとTSしちゃうから。クラスで国語の授業中に朗読することがあって、そこでいきなりTSしたんです。周りから珍しい動物みたいな目で見られて、それが嫌になって」
真尋は授業をサボって屋上にいた理由を話し出す。
授業中にTSした真尋はその大きな胸で今みたいにボタンを弾け飛ばし、クラスメイトから奇異の目で見られてしまった。
それが恥ずかしくて授業に出る勇気が出ないまま、屋上で時間を潰していたと言う。
「でも先輩は落ち着いてて、自分の病気とちゃんと向き合ってるんだな、って。感動しました! これからは兄貴と呼ばせてください!」
「えぇ、僕が兄貴?」
「まんざらでもなさそうだな」
「だってそういうカッコいいのは虎徹の担当だったんだもん。今は女の子だからちょっとイマイチだけど、男の時ならいいかな」
「じゃあ、女の時の先輩は
「おぉ、カッコいい! 採用!」
ノリノリで理佳は真尋の顔をびしりと指差す。誤解されるから慎重に行動しろ、と数分前に虎徹に怒っていた人間の言葉とは思えない。
「一時の勢いで決めると後悔するぞ」
「そんなことないよ! 虎徹、もしかして妬いてる?」
「後輩に兄貴と呼ばれたいって願望はない」
「そういうことじゃないよ!」
理佳は頬を膨らませて文句を言うが、虎徹には何のことだかまったくわからない。
「とりあえず着替えが必要だな。体操服とか持ってるか?」
「いや、ないですけど」
授業をサボってるんだから当たり前か。虎徹はポケットの中を探ると、小さな裁縫セットを取り出す。
「じゃあいったん脱いでこっちに渡してくれ。ボタンくらいならすぐつけられる」
それだけ言うと、虎徹は背中を見せて物陰で視界を遮った。
「あの、ありがとうございます。でも、どうしてオレなんかのために……」
「乗りかかった船だ。最後まで面倒見るさ」
二枚のジャケットで上半身を隠した真尋がおずおずとワイシャツを手渡してくる。虎徹はそれを受け取ると慣れた手つきでボタンを縫いつけた。
「ほら、これで大丈夫だろ」
元々が大きめの男物だ。裾を引っ張って寄せるように着ると、少し窮屈そうだが、なんとか真尋の胸はワイシャツの中に収まった。
下着をつけていないから、少し動くだけで津波のように揺れる。クラスの視線が集まったのは急にTSしたからじゃなく、この胸のせいなんじゃないかと思ったが、口には出さなかった。
「……カッコいい」
虎徹の顔を見ながら真尋がつぶやく。
「ちょ、ちょっと! ダメだよ! 虎徹は僕の幼馴染なんだから!」
理佳が慌てて虎徹と真尋の間に割り込む。しかし、真尋の少女マンガのようにキラキラとした瞳はまっすぐ理佳に向かっていた。
「カッコいいです。姐さん! こんなに強そうでしかも裁縫までできる器用な男を舎弟にしているなんて! オレ、ますます姐さんを尊敬しました!」
「いや、虎徹は幼馴染で……」
「そんなに昔から飼い慣らしていたんですね。さすがだなぁ」
真尋は理佳の声なんてまったく聞こえていない。ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねるたびに揺れる胸がまた弾けそうになる。
「わかった。わかったから落ち着いて。強い男を従わせるには男の体でも女の体でもきちんと生きていかなきゃダメなんだよ。だから、これからは授業に出ること!」
「はい。オレ、次の授業から復帰します!」
ビシッと敬礼して、真尋は屋上から駆け降りていく。その背中に理佳が慌てて声をかけた。
「その前にちゃんとブラつけるんだよー」
真尋にその声が届いていたかはわからない。
「そうか、安心した。これからは真面目に授業を受けて宿題もちゃんとして、テストでもいい成績とってくれそうだな。姐さん」
虎徹がからかうように笑うと、理佳は虎徹の太い腕をポカポカと叩いた。
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