第31話 不良の説得を頼まれる。意味がわからない(side虎徹)

 GW《ゴールデンウィーク》最終日は休み中の宿題をため込んでいた理佳ただよしを手伝って終わってしまった。なんとか終わってよかったが、寝不足で虎徹こてつは大きなあくびを一つ。


 学生の本分とは少しズレてしまったが、友達と遊びに行くのも大切な経験だ。理佳は女の子になると引きこもりがちだったから、ああやって外に遊びに行くようになったのはいい傾向だと思っている。その気持ちの変化の原因はまだ虎徹には理解できていなかった。


 昼前の窓際の席は温かい日差しが差し込んでくる。疲れた体に眠気を運んでくる。授業が始まるまで寝てしまおうか。


「こてっちゃん! 事件事件!」


 うとうとしていた虎徹の元に信乃しのがやってきて背中を叩く。どうやら数分の間に寝ることも許されそうにない。


「なんだ? 校庭に迷子犬でも来たのか?」

「それならみんな野次馬してるわ。一年生から相談があったらしいのよ」

「相談? 信乃ってそんなことやってたか?」


 虎徹が言えたことではないが、信乃も真面目過ぎるところがあるせいで、あまりクラスでも人気がある方ではない。常に成績は虎徹の次席なので一目置かれてはいるが、ちょっと絡みづらいと思われている。


「こてっちゃんに直接お願いできるわけないでしょ。私は顔繋ぎっていうかメッセンジャーって感じ」

「俺に相談なんてなおさら珍しいな。後が怖いって誰もそんなことしないだろ」

「うーん。まぁこてっちゃんが一番安全かなって」


 安全という言葉に少し引っかかる。勝手に評判に尾ひれがついて最強無敵の暴力マシーンのような扱いを受けているが、虎徹だって怖いものはある。この間の高いところとか。とはいえ、そんなことは誰にでも話すつもりはない。


「なんかね、一年生に授業に出てこない不良がいるんだって。ちょっと見た目もキツい感じらしくて。話してきてよ」


「そんなことでいいのか? 説得するとか」

「そういうのは事情を聞いてからでも遅くないでしょ? こてっちゃんの場合、普通に説得したつもりでも周りから見たら脅迫なんだから」


 ひどい言われようだが、事実だから虎徹も否定できない。小学生の頃、お菓子を買いたいとわがままを言う理佳を叱ったら、警察を呼ばれたこともある。顔が怖いというのは損だということを虎徹は一番よく知っている。


「それで、どいつと話せばいいんだ?」

「一年の柴島真尋くにじままひろって子。だいたい屋上に入りこんでサボってるらしいから、昼休みにでも行ってきて」


「あそこって立入禁止じゃないのか?」

「一年棟のは鍵が壊れてるから針金で簡単に開くの。これ使って」


 信乃から曲がった針金を受け取る。こんなもので開くくらいならそろそろバレてもおかしくなさそうだが。その柴島くにじまが屋上に引きこもってくれるなら対応しなくていい、と教師も思っているんだろう。


 信乃に言われた通り、昼休みに一年棟の屋上に向かう。針金を入れると簡単に鍵が開いた。


 昼の屋上は白い床に太陽光が反射してかなり暑くなっていた。こうなると人がいられる場所は少ない。日陰になっているドアの脇を覗き込むと、信乃の言っていた不良が寝ころんでいた。


「なんだよ、ここは俺のシマだぞ」


 面倒そうに振り返る。虎徹の顔を見た瞬間に、その顔が恐怖で凍り付いた。


 不良、と聞いていたからどんな奴かと思ったが、ちょっと髪が金色に染まっていて青のメッシュが入っているくらいで後は至って普通だ。アクセサリーをつけてるわけでもないし、制服もひどく着崩しているわけでもない。男の時のあずさの方がいくらか野蛮に見えるくらいだった。


「別にお前のシマを荒らしに来たつもりはない。ただ、ちょっと話を聞きたいだけだ」

「は、話ってなんだよ。金なら持ってねえぞ」

「金もいらないし、ケンカするつもりもない。とりあえず落ち着け」


 虎徹が壁にもたれかかるように座る。すると真尋まひろはその横に正座した。


「別に怒ってない。楽にしていい」

「あ、あぁ。わかったよ」


 これでもめちゃくちゃ友好的にふるまっているつもりなのに、どうしてこうなるんだ。最初は威勢がよかったはずの真尋も、今はもう死刑宣告を待つ囚人みたいな顔をしている。俺が何をしたって言うんだ、とため息が出そうになるのを虎徹はこらえる。


「それで、こんなところで何やってんだ?」

「何って、サボってんだけど」


「そのサボってるのはなんでだ、って聞いてるんだよ」

「それは、その」


 今までなんとか保っていた口調が一気に弱々しくなる。


「別に取って食おうってんじゃないんだ。そんなに緊張するな」

「いや、そうじゃなくて」


 ビクビクと体を震わせる真尋の様子が何かおかしい。


「どうした?」


 虎徹が心配そうに覗き込もうとしたとき、目の前に何かが飛んでくる。とっさに右手でそれをつかむ。手を開いてみると、それはワイシャツの半透明のボタンだった。


「こうなるから、授業に出たくなかったのに」


 聞こえた声はさっきまでとは違う。昔見た子供向けアニメで聞くような声。やや長かった髪が内側に巻くように癖がついて、前髪が揃ったボブカットに変わっている。真尋はワイシャツのボタンを弾き飛ばすほどに膨らんだ胸を両手で覆うように隠しながら、涙を浮かべて虎徹に不満そうな目を向けていた。


「お前、TS病か!」

「オレのことこんな風にして。責任とってくださいね!」

「誤解を招くような言い方するな!」


 何も事情を知らない人が見れば、虎徹が女の子に手を出したようにしか見えない。幸いここは立入禁止で、他に誰もいないのが救いだった。はずだった。


「こーてーつ。何してるの?」

「うわっ! 理佳!?」


「不良の説得に行った、って聞いたから様子を見にきたんだけど。その女の子は誰? なんで服が破れてるの?」


 いつの間に来ていたのか。理佳が虎徹の背中をつまんでいる。脂肪のほとんどない虎徹の背中に小さな痛みが走る。それよりもほとんど生まれてからずっと一緒にいる幼馴染に誤解を生んでいそうなことの方が虎徹にとっては痛かった。


「それはだな。っていうかいつもと立場が逆じゃないか?」

「そういうことはどうでもいいの! 僕は今、怒ってるんだからね!」


 真尋の体を隠すように理佳は自分のジャケットをかける。今度は虎徹がその大きな体を小さくして正座する番だった。

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