第30話 観覧車は二人までしか乗れない。意味がわからない(side理佳)

 絶叫マシンは午前中に全部乗ってしまった。お化け屋敷に入ったら驚いた信乃しのが腰を抜かしてしまって虎徹こてつに抱きかかえられて出口まで連れていった。


「もう、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだけど!」

「しかたないだろ。治るまで待つわけにもいかないんだから」

「でももうちょっとやり方があったでしょ。初めてのお姫様抱っこがあんなシチュエーションなんて」


 助けてもらったはずの信乃が虎徹に向かって文句を言っている。


「汗臭かったなら謝る。でもしかたないだろ。ヒーローショーの助っ人やってたんだから」

「そういうことは言ってない! こてっちゃんは何もわかってない!」


 意外と夢見るタイプだなぁ、と膨れる信乃を見ながら、理佳ただよしは信乃に同意して首を何度も縦に振った。気持ちはわかる。虎徹はそういうロマンに対して疎すぎる。それなのに夢としか思っていなかったことを簡単に現実にしてしまうから性質たちが悪い。


「ホントに、虎徹はもっと女の子の気持ちを理解しないと」

「理佳が言うのか?」

「僕は虎徹よりはわかってるもん」


 虎徹と二人でやりたいことなんて理佳の脳内にはいくらでも入っている。

 遊園地で一緒に遊びたいというのもその一つだ。本当は二人きりがよかったが。


「じゃあさ、僕が遊園地で男の子と一緒に乗りたいのはなんでしょうか?」


 ちょっといじわるな問題を出してみる。虎徹は少し考えた後、僕の顔を指差しながらこう言った。


「観覧車、だろ?」

「うぅ、なんでわかったの?」

「女の子の気持ちはわからんが、理佳の考えならわかる」


 何でもないように虎徹は答える。そう言われると、理佳には返す言葉がない。嬉しくて顔がにやけるのを必死に抑えることしかできない。


「じゃあ次はその観覧車にしよ。私も怖いのやだし」

「えぇー、夜景を見たいのに」

「今の私は現実という恐怖から逃げる方が先決なの!」


 信乃が虚ろな目で理佳に近づく。肩に両手を置き、恐怖でげっそりとした顔が近づく。


「ごめんなさい。僕が悪かったです」


 そういえばお弁当の休憩はあったけど、ここまで絶叫系と恐怖系のアトラクションにしか入っていない。もう信乃の限界はとっくに超えている。


 信乃だって虎徹と二人で観覧車に乗りたいと思ってるんだろう、と理佳は思っていたが、それよりもゆっくりと休みたいという気持ちの方が勝っているようだった。


「んじゃ、行ってみるか」


 目指すは遊園地の華。大輪の花のように並ぶゴンドラを目指して、三人は歩き出した。


 昼を過ぎて疲れが溜まっているのは他の客も同じようで、行列は三〇分待ちになっていた。とはいえこれまでもこのくらいの待ち時間はあった。それよりも問題は注意書きの方だった。


「この観覧車は二人乗り?」

「じゃあ、三人で一緒に乗れないってこと?」


 ゴンドラが小さいため、この観覧車は二人ずつで乗り込むことになっている。今いるのは理佳、虎徹、信乃の三人。どう考えても一人余ることになる。


「しかたない。俺は残るから二人で行ってこいよ」


 当然のように虎徹が辞退する。しかし、それを聞いた二人が同時に虎徹を睨んだ。


「ダメ! 虎徹は絶対に乗るの!」

「こてっちゃんは乗ってくれないとダメ!」


 理佳の夢はただ観覧車に乗ることではない。観覧車に乗ること。そして、それは信乃も同じだということを理佳はわかっていた。


「どっちが虎徹と一緒に乗るか勝負だよ!」


 ここは負けられない。最近、虎徹が信乃のことを名前で呼び始めた。それをさせたのは信乃本人に決まっている。虎徹が自分からそんなことするはずがない。つまり信乃は理佳にとって大切な友達であると同時に恋のライバルでもある。


 そして、信乃は理佳と違って、正真正銘の女の子なのだ。何も引け目を感じることはない。それだけで理佳にとっては脅威だった。


「何で勝負するの? 公平にじゃんけん?」

「それじゃ納得できないよ。きちんと実力で勝負できるものがいい!」

「いや、だから俺が譲るって」


 もう一度虎徹がそう言うが、二人はそんな提案を受ける気はさらさらない。無視してあーだこーだと言い合っているが、なかなか種目は決まらない。


「そういや、小さいゲームコーナーがあったな」

「それだ! そこで何するか決めよ!」

「いいわ。りっちゃん相手でも容赦しないからねっ!」


 何度も首をかしげる虎徹を一人置き去りにして、二人は園内のゲームコーナーへと向かった。


 遊園地の中にあるゲームコーナーは同じようにアーケードゲームが並んでいても、雰囲気は違う。旧式のゲームや安い体感ゲームなんかが結構あるのだ。


 その中で、理佳と信乃の目に最初に止まったのは、エアホッケーだった。


「これならちょうどいいよね!」

「まぁ、いいんじゃない。クイズゲームなら私が勝っちゃうし」


「しーちゃん、僕が絶叫マシンに連れまわしたの結構根に持ってる?」

「さぁ、なんのことだか?」


 やけに好戦的な信乃とホッケー台を挟んで向かい合う。先に十ポイント入れた方の勝ち。わかりやすいルールだ。


 理佳はこういうゲームは得意じゃない。ゲームなら女の子になったとき部屋でやっていたアクションやシューティングの方が勝てる見込みはあった。


 パックが端にぶつかって跳ね返る音がする。それを楽しいと思える。信乃が虎徹を好きだということに困っているが、同時に同じ人を好きになる感性が嬉しくもあった。


 やっぱり信乃と友達でよかった。今はまだ、心からそう思える。

 でもこれは真剣勝負。譲る気はない。


 全力を尽くしたその真剣勝負に、理佳は敗れた。五対十の惨敗ざんぱいだった。


「やっぱりこういうの苦手だー」

「理佳は昔から運動系は壊滅だっただろ」


 走るのも球技もだいたい全部ダメなことくらい理佳が一番わかっている。


「もしかして私に勝たせてくれたの?」

「ううん。だって久しぶりに見てやりたくなったんだもん」


「まぁ私もだいたい同じ理由だったけど。本当にいいの? 他ので勝負する?」

「いいの! 男に二言はないんだもん」

「今のりっちゃん、女の子じゃない」


 信乃がツッコミを入れる。それでも理佳は譲らなかった。


「今の僕は女の子でも男の子でもあるの。僕は一人で乗るから気にしないで」


 強引にその場を押し切って、少し不安そうな信乃の背中を押す。

 信乃がこういうところで一歩引きがちなことは知っている。だからじゃんけんじゃなくちゃんと勝負がしたかった。理佳にとっての信乃は大切な友達でもあるのだから。


 三人で観覧車の列に並び、もうすぐ順番が回ってくる。夜景とはいかないが、夕暮れの赤く染まった空はきれいで、頂点から見ればいい景色になりそうだった。


「あの、失礼なのですが」


 あと三組、というところで虎徹がスタッフに声をかけられた。


「なんですか?」

「失礼ですが、体重をお聞きしてもよろしいですか?」

「一〇二キロだけど」


 それを聞いてスタッフは申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ございません。そうなりますとお客様にはお一人で乗っていただくことになります」


 観覧車で二人乗り。二人と言っても当然それは一般的な体重の話。規格外の虎徹を一人としてカウントするのは無理というものだ。


「悪いが、二人で乗ってきてくれ」

「えぇー。私たちの熱い勝負はなんだったの!」


 怒った声を上げる信乃を虎徹がなんとかなだめ、理佳と信乃の二人はゴンドラの旅を楽しんだのだった。

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