第29話 物語の中なら自分には悪役が似合う。意味がわかる(side虎徹)

 ヒーローショーの開演時間が近くなると、園内中の子供たちが集まってきたのかと思うほどステージ前は混雑していた。


「確かにこれなら中止にはしたくないな」


 ステージを見つめる子供たちの目は期待でキラキラと輝いている。ああいう顔を一度くらい向けてもらいたい、と虎徹こてつは密かに思っているのだが、今日も敵怪人役の虎徹にはあの目は向けてもらえない。


「そろそろ本番だけど、大丈夫かい?」


 ヒーロースーツに身を包んだ主演の役者さんが虎徹の背中を叩く。


「えぇ、大丈夫です」

「本当にどうしようもなくなったらアドリブでもいいぞ。俺は舞台俳優をやっていたことがあるから、声も結構出せるんだ」

「失敗したときはよろしくお願いしますよ」


 できることならそうはならないでほしい。少しキツいマスクをかぶって、虎徹は自分の出番を待ちながらステージの動きに目を凝らした。


「みんなー。元気かなー?」


 ヒーローショーが始まる。げんきー、という子供たちの声が聞こえてくる。虎徹はこれからこの子供たちを恐怖の渦に飲み込んで、しっかりとやられてここまで戻ってこなければならない。


「そろそろだ。行ってこい」


 ヒーローにハッパをかけられて出ていく怪人っていうのもなかなかおもしろいな。

 そう思いながら、虎徹は怪人の高笑いに合わせて、肩を揺らしながらステージに向かった。


「ハッハッハー! 動くな、この女に傷をつけられたくなかったらな」

「きゃー。みんなー、大きな声でヒーローを呼んで! きっと助けに来てくれるよ!」


 虎徹も子供の頃に何度か見たことのある展開。いつまで経っても子供にとってこれほど燃える展開はないらしい。


「待て! 私が来たからには怪人の好きにはさせんぞ!」


 向かい側からヒーローが登場する。ここからは練習したアクションシーンだ。


 激しい動きで拳をかわし、上段蹴りを打ち合うように足を合わせる。虎徹の寸止めにヒーローがバック宙返りで受け身をとり、反撃のジャンプキックで後ろに吹き飛ばされるように倒れる。


 その時だった。


 ビリっという嫌な音。借りもののキツいスーツがとうとう限界に達し、悲鳴のような音を残して破れる。虎徹の顔の右半分があらわになり。司会のお姉さんの顔色も悪くなる。急に広くなった視界の端に子供たちの動揺した顔が映った。


 虎徹は生唾を飲む。子供たちには夢を見てほしい。子供の頃の理佳ただよしの姿を思い出す。


 その頃の理佳はTS病の影響がわからなかった。だから様々なことを制限されていた。女の体になったときはよく部屋に引きこもって何も言わずに翌日まで出てこないこともあった。


 あの頃の理佳を見ているから、虎徹は子供に対しては優しくすると決めていた。

 生まれて初めての一世一代の大芝居を打つ。そう決めた。


「はっはっは。この俺にここまで傷をつけるとは大したものだ」


 元々鋭い三白眼にさらに力を込める。ニヤリと微笑みを浮かべながら、右手で傷を押さえるように耳辺りを隠す。生まれてからずっと恐怖の擬人化のように扱われてきた虎徹は、相手を怖がらせる方法なんて嫌になるくらい知っている。

 ステージから観客席をにらむと、怯えて体を固める子供たちが見えた。


「さぁ、かかってこい!」


 目で合図する。ここでヒーローの必殺技。俺が倒れて退場すれば顔を晒し続けなくて済む。


「行くぞ! 奥義、ディバイン・クルセイダー!」

「ぐわあああああー」


 タイミングよく怪人の叫びが流れ、激しい音とともに煙がたかれる。その陰に隠れて、俺は舞台袖へと逃げるように入った。


「すみません。破ってしまいました」

「いえ、そのくらいなんでもないです。それよりもステージができてほっとしました。本当にありがとうございます」


 虎徹に声をかけてきたスタッフが虎徹の両手をとって何度も何度も頭を下げる。緊張とアクションで汗にまみれたスーツをゆっくりと脱ぐ。よく見ると背中の辺りも破けてしまっているようだった。


 冷たいスポーツドリンクを受け取って、一気に半分飲み干す。飲んだそばから全部汗になっていくようだった。


「おつかれさまー。虎徹カッコよかったね」

「うん。悪役めっちゃ似合ってた。ってなんで裸なの!?」


 控室に理佳と信乃しのが入ってくる。信乃は俺の格好を見てすぐに目を逸らす。まだ上しか脱いでないから全裸ではない。半裸だ。


「っていうか見てたのか?」

「そりゃ虎徹が出るなら見るでしょ。おもしろかったよ」

「こてっちゃんの悪役っぷりもよかったねえ」


 二人が見ていたなんて虎徹はまったく気付いていなかった。マスクからの視界は狭いし、演じることに手いっぱいで観客一人一人の顔なんて見ていられなかった。


「理佳は子供だからな」

「そんなことないもん! ……さっきも面倒そうな男の人から走って逃げてきたし」


 理佳の顔が暗くなる。ちょっと目を離した隙にナンパされている。やっぱり理佳は守ってやらなきゃならない、と虎徹は改めて思う。


「もうすぐ戻るから外で待っててくれ」


 汗を拭いたところでベタベタした感覚はとれないだろうが、それよりも理佳の安全の方が大切だ。


「でもやっぱり虎徹はヒーローの方が似合うと思うよ」


 控室を出ていく前に、理佳は小さな声でそう言った。


「当たり前だ。正義のヒーローは目指してないが、お前だけは絶対に守ってやるって決めてんだから」


 虎徹は急いで体を拭いて着替えを済ませ、外で待っている理佳と信乃の元に向かった。

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