第28話 梓との試合で顔が売れていた。意味がわからない(side虎徹)
「大丈夫か?」
ぐったりとベンチにもたれかかる
「うん。こてっちゃんは割と大丈夫そうだね」
「地面に足がついていれば問題ない」
「私はまだフワフワしてる感じがする。どうやって立ってたのかわかんない」
信乃はお茶に口をつけると、一飲みだけしてすぐにキャップを閉じた。
「次はどこに行きたいって」
「あぁ、とりあえずお化け屋敷に行きたいらしいぞ」
理佳は信乃の休憩時間を確保するために、今は園内で乗れる電動立ち乗り二輪車の体験に行っている。あと五分は戻ってこないはずだ。
「あれはどうせ作りものだから、なんとかなるかな」
「なんでもキャストが特殊メイクをして客に襲いかかるから入るたびに驚かせ方が変わって何度でも楽しめるらしいぞ」
「何それ、無理! 怖くないお化け屋敷に行きたい」
「いや、それはコンセプト的に無理だろ」
またテンションが急降下した信乃は、ぼんやりと焦点の合わない視線で空を見上げている。少し理佳の意識を逸らしてやった方がよさそうだ。
とはいえ、初めて全力で遊園地を楽しめる理佳を止めるのは簡単なことじゃない。
「あの、もしかして
振り返ると、スタッフ帽を被った女性が息を荒くして、膝に手をついている。
「そうだけど、もしかして理佳がケガでもしたのか?」
「理佳さん? はすみません。よくわかりません。あの、私、
「それは、どうも」
梓と試合をしたとはいえ、虎徹はプロの格闘家ではない。結局
「それで俺に何か用ですか?」
「ファンなんじゃないの? サインとか書いてあげたら」
信乃がまだ
「えっと、実はあの試合をした伊達崎さんにお願いがあって」
スタッフの女性の話を聞いてみる。この後ヒーローショーが予定されているのだが、リハーサル中に怪人役のアクターがケガをしてしまったらしい。中止となると、せっかくたくさん遊びに来ている子供たちが残念がる。そこにいるだけで目立つ虎徹を見つけて声をかけたということだった。
「でも俺の体に合うようなスーツがあるか?」
「大丈夫です。今回の怪人は二メートルの長身で、アクターも厚底靴を使って演じていたんですが、伊達崎さんならそのままで大丈夫です」
「そんな靴履いてアクションしてたら、ケガもするわね」
格闘技には自信があるが演技力はさっぱりだ。だが、困っていると言われたら簡単に断れるほど虎徹は便利な性格はしていない。
「わかったよ。期待はしないでくれよ」
「大丈夫です。寸止め空手をやってもらえれば、フォローはしますから!」
虎徹は不安を抱えつつも、ヒーローショーの行われるステージへと向かった。
「助っ人を呼んできました!」
虎徹は紹介もそこそこにアクタースーツに袖を通す。
「すごいな。そのままでも着られるなんて」
「本当に怪人みたいだぞ」
褒められているのかいないのかわからない。少し窮屈なくらいにピッタリとしたスーツに身を包み、試しに構えをとってみる。
「おぉ、強そうだな」
「強そうじゃなくて強いんですよ。プロの格闘家レベルなんですから」
「そうだったな。じゃあ、伊達崎くん。リハーサルよろしく頼むよ」
顔に張りついたマスクで口もうまく動かない。首を縦に振って体で了承を伝えると、ステージに向かって他のアクターと歩いていった。
「セリフは声優さんの別撮りの音声が流れるから声は出さなくていい。ただ声と動きがまったくあっていないと違和感が出るからそこだけ気を付けて」
「は、はい」
思った以上に難しいことを言う。演技なんてまったくやったことがない虎徹にとっては、そこだけと言われても気をつけようがない。
虎徹の役割はヒーローショーの敵怪人。登場して司会のお姉さんを人質に取り、ヒーローにやっつけられて退場するという役回りだ。
セリフ部分は登場して人質をとる場面とやられる場面。やられるときはヒーローが必殺技を使うので、それに合わせて倒れた後、逃げていって舞台裏に戻ってくるというものだった。
リハーサル中もピッタリと張りつくスーツに苦戦しながらも、なんとか段取りを覚え、残った時間で一人練習を繰り返す。派手に吹き飛べばそれだけ観客の子供たちは喜んでくれるだろう。そう思うと自然と力が入った。
虎徹は時間ギリギリまで練習を続ける。悪人と間違われるのは慣れている。
最後にマスクの下で目に力を込め、悪役になりきるためにステージの袖で試合前のルーティーンの黙祷を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます