第27話 絶叫マシンに乗らされたと思ったら降りられなくなった。意味がわからない(side信乃)

 今年のGWゴールデンウィークは人生で一番楽しいと信乃しのは感じていた。


 いつもなら学校に行かない以外に大きな変化のない休みだった。両親は祝日も変わらず仕事でどこかに遊びに行った記憶もない。大好きな祖母と一緒に過ごしたり、勉強をしたりするばかりだった。


 それがもう虎徹こてつ理佳ただよしと出かけるのはこの休みで二度目。友達と遊びに行くことさえほとんどやってこなかった信乃にとって、毎日が新鮮だ。しかも、理佳は大切な友達で虎徹はさらに大好きな人。そんな人たちと長く時間を共にできることに、信乃は慣れないこそばゆさすら感じていた。


「友達ってこんな感じなんだ」


 初めての気持ちを大切にしながら、今日もオレンジのシュシュを髪に飾って家を出た。


 ただ、忘れてはいけないことがある。

 理佳は大切な友達であると同時に、恋のライバルでもあるということを。


 待ち合わせ場所、駅前の噴水に向かう。早く着きすぎて近くの本屋で参考書を見るくらいの時間があった。約束の時間の五分前。真面目な虎徹と理佳は同じ考えのようで、三人ほとんど同時に現れた。


「おはよう。ってりっちゃん、何それ!?」


 栗色の長い髪。天然の癖っ毛が跳ねているのは変わらないが、きれいな巻きがかかっているからあまり違和感がない。そして、服がまったく変わっていた。いつもユニセックスのシルエットのダボついた服を着ていたのに、今日は全然違う。


 爽やかな白シャツがスレンダーな体にピタリと合っている。デニムのミニスカートから伸びる細く白い足がいつも以上に長く見える。制服のときもそうだが、スタイルのいい理佳は想像以上にスカートがよく映える。今日もジーンズを履いてきた自分の弱気さに嫌気がさした。


「ちょっといつもと違うことをしてみようと思ってさ」 


 理佳がポーズを決めると、休日の駅前を歩く人たちの視線が一気に集まった。あずさのモデルの仕事を手伝ったときに教えてもらったらしい。本当にズルいくらいに似合っていると思う。


「ねぇ、りっちゃんに何があったの?」


 観衆の視線に応えてポーズを変える理佳を横目に、信乃は虎徹の耳を引っ張って耳打ちする。


「知らねえよ。今日は最初から女の子で行く、とか言ってたけど」

「もう完全に女の子じゃん。ナンパとかされたらどうすんの?」

「そんときは追っ払えばいいだろ」


 そうだった。虎徹がいればナンパどころか不良に絡まれても何も怖くなかった。


「それにしても」


 理佳はどんどん新しいことに挑んでいく。その原動力はやっぱり虎徹なんだろう。それに比べて自分は、と信乃は頭のシュシュを撫でた。


*  *  *


「ねぇ、最初はどこ行く? ジェットコースター? フリーフォール? バイキング?」


 遊園地に着くと、理佳は興奮したようにパンフレットを広げて次々に乗り物の場所を指差していく。


「全部絶叫マシンじゃない! もうちょっと落ち着いたやつから行こうよ」

「あれ? しーちゃん絶叫マシンダメな人?」

「ダメかダメじゃないかって聞かれたらダメ、かな?」


 曖昧あいまいにボカしたが、信乃は実際のところ怖いものは大の苦手だった。お化け屋敷はニセモノだとわかっているからまだマシだが、落下というのはたとえ地面にぶつかる心配がなくてもそれそのものが恐怖なのでどうしようもない。


「まぁ無理して乗る必要はないだろ」

「うんうん。下から見上げるのも楽しいよ。僕はずっとそうだったし」


 気遣われているのがわかる。二人のこういうところが好きになったんだとわかる。

 でも信乃にも譲れないものがある。ここで下から見上げていたら、せっかく勇気を出して主人公の中に入ったのに、またモブキャラに戻ってしまう。


 何よりも、今日の気合の入った理佳を虎徹と二人きりになんてしたくなかった。


「行く。女は度胸! ジェットコースターなんて恐れることはない!」

「恐怖でキャラ崩壊してない?」

「してない! さ、りっちゃん。一番怖そうなのから行くよ」


 自分の手をぎゅっと握る。ジェットコースターなんてほんの数秒の守られたニセモノの恐怖。そう自分に言い聞かせて、信乃は理佳に続いて行列の最後尾に並んだ。

 気合で恐怖をごまかせたのは、乗り込んで安全装置のロックがされるまでだった。


「無理無理無理。やっぱり降ろしてー」

「まだ上がってる途中だよ。怖いのはこれから」

「これから怖くなるのわかってるじゃない!」


 虎徹を挟むようにして三人並んで乗ったコースターの左側で信乃は早くも叫び声を上げた。


「大丈夫大丈夫。死んだりしないから」

「比較対象が死の恐怖って何なのぉ?」

「頭いいツッコミが返ってきた。意外と冷静だ」


 余裕のある理佳が憎らしい。

 ギアの回る音とともに少しずつ高度が上がっていく。レールが下りに切り替わるポイントが見える。あと何秒後に落ちるんだろう。


「目つぶっちゃダメだからね」

「わかってる。わかってるけど」


 ピタリとコースターが止まる。まだ焦らしてくるのか。見ない方がいいと思いながらも周りを見ると、園内を歩く客の姿が米粒みたいに小さく見えた。


「まだなの?」

「結構焦らすよねー。わくわくする」


 もう何時間もここにいる気分だった。それなのに一向にコースターは動き出さない。

 そこにスピーカーからアナウンスが聞こえた。


「ただいま機器の不良が発生しております。点検のためしばらくお待ちください」

「こ、このまま⁉︎」


「すごーい。こんなところで故障なんて危なかったねー」

「全然すごくない! このままっていつまで? ここで私死ぬの?」

「そのうち動くんじゃない?」


 あっけらかんとした理佳は気にせず周りの景色を楽しんでいる。信乃はせめて気を紛らわせようと自分の手元に視線を落とした。その視界の端に虎徹の大きな足が見える。


「そういえば、こてっちゃんさっきから全然喋らないけど」


 顔を上げると、瞬きすらしない凍ったように固まった虎徹の顔が見えた。


「虎徹はねー、高いところダメなんだよ」

「え、こないだ崖登ってたじゃない」


「落ちたら耐えられない高さ以上はダメなんだよ。ビルの十階以上くらいからかな?」

「それより低ければ耐えられると思ってるのも異常だわ」


 もう一度下を見る。ここから落ちたら信乃ならひとたまりもないだろう。でも虎徹も同じだと思うと少しだけ心が軽くなった。


「あはは。こてっちゃんでも怖いことあるんだ」

「いや、ここから落ちたら普通死ぬだろ」

「大丈夫だって、安全装置がついてるんだから」


 一気に気の抜けた信乃たちの耳にまたアナウンスが聞こえる。


「機器の安全が確認されましたので運転を再開いたします」

「あ、動くみたいだー。やったね」


 理佳が正面を向いてはしゃぎ出す。コースターの正面。そこにはもう奈落のようなレールが敷かれているだけ。


「動くって、待って。心の準備をおおおぉぉぉぉー」


 信乃の願いは届かず、コースターが一気に地上に向けて落下する。

 放心状態になった信乃と虎徹は後日こう語った。

 コースターの上昇部分は決意を固めるために必要だ、と。

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