第26話 幼馴染が俺の布団の中でTSしている。意味がわからない(side虎徹)

 目が覚めると、いつもより布団が狭く感じられた。元々体の大きい虎徹こてつはダブルサイズの布団を使っているが、それでも大の字になれば両手は簡単に外に出てしまうほどだ。きっちりと体をまっすぐにして寝るのがくせになっている。


 その布団の中に何かが入りこんでいる。寝る前のことを思い出しながら、寝返りを打って体を半回転させると、そこには女の子になった理佳ただよしが小さく寝息を立てていた。


 一気に脳が覚醒し、状況を整理するためにフル回転を始める。昨日は理佳は家には来ていなかったはずだ。朝にも夜にも遊びに来るという話をしていた記憶はない。仮に遊びに来たところで一緒に寝る理由も思いつかない。


「そもそも女の状態ってことは朝に来たってことだよな?」


 夜、虎徹が寝た後に布団に潜り込んだのなら理佳は心拍数の少ない時間が続いて男の体に戻っているはず。つまり理佳は数時間前にここに潜り込んだということになる。開いている窓から入ってきたんだろう。そこまでは虎徹にも理解できた。


「わざわざ朝に部屋に忍び込んで寝てるのか。意味がわからん」


 しかし、忍び込んだ理由にはまったく思い当たるところはない。


「おい、理佳。起きろ」

「んん? 虎徹?」

「そうだよ。なんで俺の部屋で寝てるんだ? しかも女になってるぞ」


 眠そうに目を擦って理佳が起き上がる。キョロキョロと周囲を見回す。状況が把握できているのかいないのか小さくあくびなんてしている。


「うん。今日は女の子で遊びに行くつもりだから。虎徹は今日も起きるの早いね」

「あぁ、弁当作っていくって話だったからな」

「そっかー。楽しみ。じゃあ僕、もうちょっと寝たら帰って準備するから」


 そう言って理佳はまた布団をかけて寝る体勢に入ってしまう。本当に何をしに来たのかわからない。


「しかし理佳とはいえ、女の子と同衾どうきんするとは。なんてことだ」


 信乃しのの言葉が思い出される。


『こてっちゃんはさ、りっちゃんが男の子になるのと女の子になるのどっちがいい?』


 どっちがいいかなんて、自分が決めることじゃない。虎徹はそう思っている。


 そもそも理佳を女の子扱いしないのは、理佳自身が嫌がっていたからだ。せめて幼馴染の自分だけは理佳の信じる性別で扱ってやりたいと思っていた。


「なのに最近の理佳はなんなんだよ」


 女の体になるのを嫌がらなくなったと思ったら、スカートを履くようになるし女の体で出かけたがるし、ついには虎徹の布団に潜り込んでくる。


 生まれ持った大きな体と厳つい顔。そしてなにより面倒見の良い性格で歳より老けてみられがちだが、虎徹だって年頃の男だ。幼い頃から一緒の理佳とはいえ、体を密着させられればそれなりに思うところがある。それをずっと空手で鍛えた精神力で耐えてきたのだ。


「あぁ、もう。あいつの考えてることがわからないなんてな」


 幼馴染だからなんでも分かり合えると思っていた。実際お互いに考えていることはなんとなくわかるし、言わなくても考えが通じ合っていることは多い。だからこそ、理佳の気持ちがわからないことが少し悔しかった。


「とにかく弁当作るか」


 気持ちを切り替えるためにやるべき作業に目を向ける。今日の弁当は信乃に教えてもらったきんぴらがメイン。サンドイッチではなくおにぎりにするが、和食ばかりだと理佳が飽きそうなのでハンバーグを入れる予定だ。


 昨日のうちにある程度の準備は済ませておいた。後は仕上げて冷まして詰めるだけだ。


 残った食材で朝ごはんを用意していると、起きてきた理佳がキッチンに顔を出した。


「それじゃ、僕は帰るね」


 理佳は窓の外に置きっぱなしだったらしい靴を持っていた。


「大丈夫か? ちゃんと眠れてないんじゃ」

「大丈夫。寝てから虎徹の部屋に入ってTSしただけだから」


「どうやって?」

「教えてあげない。今日の、楽しみにしててね」


 そう言うと、理佳は手を振って玄関から家に帰っていった。


「デート、か」


 もちろん今日も信乃と三人で遊園地に行くのだが、理佳がそう言うと考えてしまう。


 理佳がTS病ではなく、幼馴染の女の子だったら。自分は理佳と付き合っているだろうか。少なくとも理佳が茶化してデートと言い張りながら、放課後に寄り道したり休日に出かけたりしていたような気がする。


 だが、それはただの仮定。虎徹の妄想でしかない。


「あと三年くらいか」


 高校三年生から大学二年生くらいまで。その間に理佳のTS病は治る。そのときに理佳が女として生きることになったら、俺はどうしたいんだ?


 ぐるぐると頭の中にいろいろな考え方が巡っていると、うっかり鉄板に手を触れてしまった。


「熱っ! やっちまったか」


 少し腫れているが、痛みには慣れている。水ぶくれを潰して絆創膏ばんそうこうを貼る。ただおかげで堂々巡りになっていた思考が少し楽になる。


「デートだって言うならそう思って楽しんでみるか」


 これから先のことはまだわからない。それよりも目の前のことを全力で楽しんでいた方がいい結果が生まれるかもしれない。信乃だってきっと今日もデートだと思ってくるだろう。もっと二人の気持ちに真正面から向き合ってみよう。


 赤くなった指を見つめながら、虎徹は朝ごはんのおにぎりを一つつかんだ。

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