第25話 簡単にTSする方法がある。意味がわかる(side理佳)

「遊園地かぁ」


 理佳ただよしはベッドの上でスマホで検索した公式サイトを見ながら、明日のことを想像していた。


「高校生が遊園地っておかしくないかな?」


 最後に行ったのは何歳の時だっただろうか。小学校の遠足か何かだった気がする。

 そのときも遊園地に行ったところで何も乗り物に乗れなかったことは覚えている。


 絶叫マシンはもちろんお化け屋敷もびっくりするからダメ。メリーゴーランドやコーヒーカップは目を回したら危ないからダメ。観覧車は高いところでドキドキするからダメ。


 遊園地ではおやつにクレープを食べたことと不機嫌になった理佳を虎徹こてつが肩車してくれたことしか覚えていない。遊園地で乗った乗り物は虎徹だけだ。


「明日はきっといろいろ乗れるよね」


 どれに乗っても理佳には初めてのことだ。楽しみで楽しみで今日は寝つける気がしない。それに明日はもう一つやりたいことがあった。


 ベッドから体を起こし、ハンガーにかけてある服を見上げる。あずさに相談して明日のために選んでもらったものだった。


 白のシャツにボーダーのカーディガン。それから少し冒険した丈の短いデニム生地のタイトスカート。


 アルバイトでメイド服を着たときには、まだこういうフリフリしたものは無理だと思った。でもせっかくの虎徹とのお出かけにいつまでもダボダボのパーカーやシャツを着ていてはかわいくない。


 あまり飾り気の多くないこの服で、明日は虎徹にいつもと違う自分を見せるのだ、と頬をさすった。


「あとは明日どうやって女の子になるか、だよね」


 アルバイトのときみたいに朝から縄跳びやランニングをすればすぐに変わるはず。でも朝からそんなことして汗臭くならないだろうか。シャワーを浴びても臭いが残っていたらどうしようか。


 それに今日は眠れそうにないし、そんなことをしたら遊園地の途中で眠くなってしまいそうだった。


「あぁ、もう。どうしよ」


 今まではこんなことで悩んだことなんてなかったのに。

 女の子になるのはあまり好きではなかった。一時的に女の子になったところで、虎徹に何かできるわけじゃないと思っていた。虎徹に対して好きな気持ちを隠すのが辛くて、部屋にこもって男に戻るのをじっと待っていた。


 それがどうやって女の子になるかを悩んで、虎徹のためにファッションを気にするようになるなんて思ってもいなかった。


「虎徹はどう思うんだろ」


 考えても考えてもわからない。でも真正面から聞くにはまだ勇気も足りない。理佳自身が女の子になれるかもわからない。


「あ、そうだ」


 理佳は思いついたように手を叩いた。体を疲れさせることなく女の子になれて虎徹に少しだけ気持ちを伝えられる方法。


 おもしろい企みを思いつくと、高揚こうようしていた気分も少し収まってくる。明日に備えて眠らなければならない。明日は予定より早く起きなきゃいけないから。


 翌朝、理佳は目覚ましアラームで四時に起きた。両親もまだ寝ている時間。こっそりと家を抜け出した。


 まだ太陽も昇っていない時間。少し肌寒い街中には誰の姿もない。街灯に頼る必要もなく理佳は慣れた道のりをこっそりと進んでいった。


 理佳が向かっていたのは数軒隣の虎徹の家だった。もちろん虎徹も虎徹の父親もまだ眠っている時間。玄関からチャイムを鳴らして堂々と入るつもりはない。庭から家の裏手に回る。その先に虎徹の部屋の窓が見えてくる。このくらいの季節なら、虎徹は窓を開けっぱなしにして寝ていることは知っていた。


 静かに網戸を開ける。大きな布団に体を押し込めた虎徹はぐっすりと眠っている。


「今日は僕とお出かけなのに、緊張とかしないの?」


 寝ている虎徹は当然答えない。むむっとしながらゆっくりと窓を乗り越えて、静かに虎徹の布団まで辿り着く。ぐっすりと眠っているのかピクリとも動く気配がない。その布団の中へこっそりと潜り込んだ。


 虎徹の大きな背中に体を預ける。毎日のように会っているはずなのに、この背中に触れるといつも懐かしく感じる。何度も守ってもらい、何度も背負ってもらった背中に触れていると自然と心が熱くなってくる。


 伸びてきた髪が流れて腕にかかる。癖っ毛が撫でるような感触に高くなった声が漏れる。


 別に運動なんてしなくても理佳はこうして虎徹を意識すれば簡単にTSしてしまう。こんなにわかりやすいのだから虎徹も気付いてくれればいいのに、と思ってしまう。それと同時にまだ気づかないでほしいとも思う。すっかり複雑な乙女心がわかってしまった、と理佳は自分に笑いが漏れた。


「朝起きたら、虎徹はどんな顔するかな?」


 できれば少し驚いてほしい。そして喜んでほしい。ささやかな願いとともに、理佳はゆっくりと両手で虎徹の体を抱きしめて目を閉じた。

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