第24話 地獄の中で美少年が笑っている。意味がわからない(side虎徹)

 次のトラブルが起こらないように人気の少ない細い路地は虎徹こてつが、人通りの多い中心地を信乃しのが担当して理佳ただよしを探す。栗色の髪と誰もが振り返る美貌を持っている理佳ならば周囲の反応を探れば意外と見つかると思っていた。


「くそっ、どこにいった?」


 何本も路地を確認し走り回る。虎徹の額にも汗が浮かび始めていた。

 携帯が鳴る。


『こてっちゃん。りっちゃん見つかった! 見つかったんだけど』

「どこだ?」

「南門の通りのお店の前。人だかりになってるからすぐにわかると思う」


 信乃の話が終わらないうちに、虎徹は言われた南門に向かって走り出した。

 信乃の言う通り、人だかりはすぐに見つかった。周囲より頭一つ以上大きい虎徹は目立つ。信乃がすぐに駆け寄ってきた。


 虎徹は人だかりの上の開けた視界の先に見える横断幕を指差して、信乃に聞く。


「あれなんだ?」

「私が聞きたいわよ。しかもね、りっちゃんがあの中にいるの」


 唐辛子のイラストと真っ赤な文字で書かれた『激辛中華早食い大会』の文字。虎徹が背伸びしてさらに奥を覗き込むと、即席の壇上に三人の参加者が座っている。両サイドはいかにも暑苦しそうな太った男。そして真ん中には観客の視線を一身に集める理佳の姿があった。


「さぁ、盛り上がって参りました決勝戦! 昨年チャンプの新井あらい選手が連覇と思われていました今年の激辛早食い王決定戦ですが、波乱含みの展開となっております。


 中華街の火炎竜こと激辛料理評論家、金木かねき選手!


 そしてここまで予選、準決勝を最速タイムで駆け抜けてきました。見た目は甘口スイート、好みは辛口ホットなニューフェイス、九石さざらし選手!


 出来立て料理より熱い戦いはついにチャンピオンを決めるステージへ!」


 司会の口上が終わると、観客から歓声が上がる。


「九石くーん!」

「りっちゃーん!」


 すでに理佳にはファンがついているらしく、名前を呼ばれ、どこで作ってきたのか名前入りのうちわが振られている。


「あれなんだ?」


 虎徹はもう一度信乃に聞いてみる。信乃は答える代わりに首を振った。


「だからわかんないって。私が見つけた時にはもう準決勝だったのよ。麻婆豆腐だったみたいだけど、予選は何を食べたのか、決勝は何が出てくるかは」

「料理を気にしてんじゃねえよ。なんで理佳が出てるのか、って聞いてんだ」

「激辛料理が食べたかったんじゃない?」


 信乃はなんでもないと言うように答える。確かにトラブルに巻き込まれたわけじゃないからよかったが、最後に見たときには甘いタピオカミルクティーを飲んでたんだが。いつの間にこんなイベントを見つけてきたのか。


「さぁ決勝は灼熱の赤いスープを全部飲み干していただきましょう。焦熱地獄坦々麺インフェルノ・ドライバー!」


 司会の言葉とともに、真っ赤なスープに同じくらい真っ赤に染まった挽き肉が乗った丼が運ばれてくる。


 見ているだけで胸焼けがしそうなほどの赤さ。相当熱いのかボコボコと地獄の溶岩のように沸いている。


「なんかもう見てるだけで無理」


 信乃が虎徹の体で視界を遮るように体を寄せる。さすがの参加者も少し驚いたように器の中を覗いている。その中で理佳だけがキラキラと輝く瞳で地獄の釜を見ていた。


「決勝戦、麺、具の完食。そしてスープ完飲まで最初に到達した猛者が今年の優勝者です。では、はりきって、行ってみましょぉぉぉー!」


 開始を告げる銅鑼ドラが鳴る。三人が同時に箸をつかみ、理佳だけが両手を合わせて軽くお辞儀した。


「ぎゃぎゃぎぃ〜」


 理佳の左に座っていた金木からいきなり悲鳴が上がった。麺を少しすすっただけ。味見にも満たないくらいの量を食べただけで、呼吸を荒くして水の入ったコップをすがりつくようにつかむ。


「コヒューコヒュー」


 続いてスープを軽く飲んだ昨年チャンピオンの新井が心を落ち着けるように深呼吸を始める。


「水は飲んじゃダメだ。飲んじゃダメだ。飲んじゃダメだ」


 うわ言のように何度も繰り返しながら、レンゲに溜まった真っ赤なスープを見つめている。


 そんな中、理佳は一人淡々と坦々麺を食べすすめていた。


「はぁ。これおいしいなぁ。急いで食べるのがもったいないよ」


 左右の地獄絵図をまったく気にすることなく手が止まらない。観客すら青ざめるほどの真っ赤なスープも休憩なしに飲み干した。


「あぁ〜、おいしかった。ごちそうさまでした!」


 悶絶してギブアップした他の参加者を尻目に、理佳は余裕で優勝を手にしたのだった。


「りっちゃん、知らない人に勝手についていっちゃダメでしょ!」

「そんなママみたいなこと言わないでよ。僕だって高校生だよ?」


「いや、理佳は危なっかしいんだから勝手に行動するな」

「虎徹はパパみたいなこと言うし!」


 自慢げに優勝賞品を見せつける理佳に虎徹も信乃も容赦はない。どれだけ心配したと思ってるんだ、と文句も言いたくなる。


「わかったよ。お詫びにこれでごちそうするから」

「これって?」

「さっきの優勝賞品だよ。近くのお店のお食事券なんだ」


 理佳が見せびらかすように賞品を虎徹に渡す。それは確かにさっきの大会の協賛に入っていた店の食事券のようだった。


「待て。ってことはここって激辛料理の専門店ってことじゃねえか!」

「大丈夫大丈夫。さっきもそんなに辛くなかったからさ」

「あんなの見て全然大丈夫なんて思えないんだけどー!」


 先へ行く理佳を追いかけながら、信乃の必死の叫びが中華街に響いた。

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