第23話 目を離すとすぐにどこかに消える。意味がわからない(side虎徹)
GW《ゴールデンウィーク》最初のお出かけは、
「本当に行くの? 私、死なない?」
「大丈夫だよ。ちゃんと辛くないのもあるお店を選んだから」
「おいしい烏龍茶だけでも飲めたらいいかな」
「警戒し過ぎだ。たぶんなんとかなるって」
言っている間にも理佳はスマホの地図を見ながら中華街の中を進んでいく。
「あ、そうだ。先にちょっと何か食べようよ。食べ歩きできるお店が結構あるじゃない」
「抵抗しても後回しになるだけだぞ」
虎徹が呆れたように言うと、信乃は虎徹の腕を思い切りつねった。
「いいから。舌が痺れて何もわからなくなる前に楽しんでおきたいの」
「なんだかんだ言って、信乃も結構楽しみにしてたのか」
しかたない、とスマホと街並みを見比べながら歩いている理佳の肩をつかんだ。
「せっかく遊びに来たんだからちょっといろんな店を見てみないか?」
「えぇ。そんなの後でいいじゃん。早く食べに行こうよ」
「そう言うなって。楽しみは最後にとっておいた方がいいだろ。それに先に甘いものを食べてその後に辛い物を食べれば、もっと楽しめると思わないか?」
虎徹の無理やりな理屈を聞いて、理佳は少し考える。そして。
「それいいアイデアだね! そうしよ!」
あっさりと丸め込まれた。
「なんかパイナップルケーキっていうのが有名なんだって。行ってみようよ」
冷静さを取り戻す前に、信乃が追撃する。すっかりその気にさせられた理佳はスマホの画面を切り替えて、聞いたばかりのパイナップルケーキの店を探し始めた。
「うまくいったな」
「自分でやっといて言うのもどうかと思うけど、りっちゃんってすぐに騙されそう」
虎徹は答える代わりに大きく頷く。この間もよく話も聞かずに梓のモデルの仕事を手伝ったらしい。知っている相手だったからよかったものの、知らない人の話でもよく聞かずについていきそうだから心配だ。
「あ、あったあった。あれみたい」
「よーし、たっくさん食べよ」
「ダメだよ。今日のメインはこの後なんだから」
そう言いながらも理佳はしっかりケーキとタピオカミルクティーを注文している。この量ならゆっくり時間をかけて信乃の決意を固めさせられるだろう。
一口食べると、甘さが口いっぱいに広がる。ミルクティーを吸うとこっちも脳を溶かすほどの甘さが広がっていく。
「はぁー、おいしい。こういうのもいいよねぇ」
「辛いより俺は甘いものの方が好きだけどな」
「虎徹って見かけによらずケーキとか好きだよねぇ」
「見かけによらずはお互い様だ」
理佳は虎徹と一緒にいると美女と野獣と称されるほどの美人で、梓と並んでも引けをとらないくらいだ。それでありながら好きな食べ物は苦いものと辛いもの。似合わないと言うなら理佳だって似たようなものだ。
「はぁー、おいしいー。このまま溺れたーい」
信乃は街灯の柱にもたれかかりながら、こっちはこっちで現実逃避を続けている。どうやらまだ決心はつかないらしい。理佳が言うには辛くない料理もあるらしいが、信乃の頭の中にはこの間のタンドリーチキンとデスソース玉子焼きが焼きついているらしい。
「そんなに嫌なら来なきゃよかっただろ」
「それはもっと嫌。だってそうしたらこてっちゃんはりっちゃんと二人で行くんでしょ」
「そりゃ約束したからな」
「だったら何があっても行くに決まってるじゃない」
信乃は虎徹の肩にそっと手を触れる。それだけで虎徹にはその先の言葉がわかってしまう。
「次は辛いものじゃないと思うからさ」
「そうそう。遊園地とか動物園とか行こうよ。のんびりさ。またこてっちゃんのお弁当食べたいし」
「そうだな。信乃から教えてもらったきんぴらも作ってみたいし」
「よし、じゃあ私とも約束しよ。約束したらこてっちゃんは絶対守ってくれるでしょ?」
信乃が虎徹の顔を覗き込むように上目遣いで見つめてくる。信乃は自分の気持ちを伝えてから理佳が見ていないところではこうして積極的にアピールしてくる。虎徹はまだ答えを出せないのが申し訳なくなってくる。
ん、理佳が見ていない? さっきまですぐ側にいたはずの理佳を探す。
「あれ、どこいったんだ?」
「えぇ、またぁ!?」
信乃も驚いて理佳の姿を探す。ちょっと目を離した隙に理佳の姿はどこにも見当たらなくなっていた。
知らない人相手でも簡単についていきそうだと心配した矢先にこれだ。信乃と手分けして周囲を探してみたが、近くに理佳の姿はなかった。
「携帯も出ないし。相変わらずだな」
「ここで何か騒動があったらもっと周りが騒ぐだろうし、きっとトラブルには巻き込まれてないと思うけど」
「我慢できなくて一人で店に行ったのか?」
「りっちゃんってそういうタイプじゃないと思うよ」
とにかく探さないと。休日の観光客の中、虎徹と信乃は小柄な理佳の姿を探して走り出した。
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