第21話 メイクをするとまるで別人になる。意味がわからない(side理佳)
メイク室に連れていかれた
一応は簡単なメイク方法を
そんなことを理佳が考えているうちに手が十本くらいあるんじゃないかという早さで、あっという間にメイクが完成した。
「うわぁ、僕じゃないみたい」
女の子っぽくなるんだろうと思っていた理佳の顔は目元に力があるように、丸みのある顎がシャープに見えるように変わっていた。
「なんかカッコよくなってる気がする!」
「気がするんじゃなくてなっているんですよ。メイクは何も女の子を飾るだけじゃありません。理想に少し近づけるお手伝いをする方法なんですよ」
「女の子っぽくされるのかと思ってたからびっくりしたよ」
「それは、この後のお楽しみです」
「後であるの!?」
理佳の疑問に答えることなく、今度はフィッティングルームに連れていかれる。どんな格好をするのかと思っていたら、メイクに合わせてスラックスにベスト、ネクタイを締めた男っぽい服装だった。
普段から急にTSした時のことを考えて、ややシルエットの大きな服を着ている理佳はこういったぴしりと決まった服はあまり着慣れない。メイクとスタジオの雰囲気も相まって、まったく別の世界に転生したような気分だ。
「でも男らしく、って意外だったな。僕って男のときも女の子っぽいって言われることが多かったから」
「だからいいんです。今回の写真集のテーマはまさにTS病なんです。男でもあり女でもあることの心の揺らぎを写真の中に収めたくて」
「だったら僕じゃなくて
「男の私は格闘家としてプロ契約していますから、写真集となるといろいろと手続きが必要なんです。この写真集はそんなことを待っていられませんから」
少し寂しそうに梓は微笑んだ。もうすぐTS病が治る。そうなるとこの写真集も撮れなくなる。梓はそんな予感がしているんだろう。そんな顔をされたら、同じ病気を持つ理佳としては協力しないわけにはいかない。
「わかったよ。どんなポーズすればいい? あんまりすごいことはできないけど」
「理佳様はそこに立って、私のことを横目で見るような感じでお願いします」
「それだけ?」
「えぇ。これは私の写真集ですから。理佳様はエキストラですので。それとも私を隅に置いて真ん中に映るおつもりでしたの?」
別に梓は怒っていないようだったが、理佳は自分の言っていることがあまりにも失礼で恥ずかしくなる。ド素人が大人気モデルの写真集に映るだけでも光栄なことなのに、すっかり自分が主役のつもりになっていた。
「虎徹に甘やかされすぎかな?」
虎徹はいつも理佳のことを一番に思って行動してくれる。だから理佳は、いつの間にか自分のことを誰かの瞳の中心に映っている主人公だと思っていた。
自分にとって虎徹が瞳の中心にいるように、この世界のあらゆる人の瞳の中心には、理佳ではない誰かがいる。
そして、自分以外にも虎徹を映している人が必ずいるのだ。
梓の目をじっと見る。色素の薄い青みがかった瞳には今は理佳の困ったような顔が見えるだけだった。
「今回の写真集のテーマは『変わる体と変わらない心』です。理佳様は私のことが好きなTS病の男の子という設定で、様々なシーンで私を遠目に見つめているというエキストラをお願いします」
「なんだか難しそう」
「心配いりませんわ。立ち位置やポーズはこちらで指定しますから。理佳様は、私のことを虎徹様だと思って見ていていただければ、それで完璧です」
簡単でしょう? と梓は笑う。心が見透かされているようで、理佳は自分の赤い顔が映る瞳から目を逸らした。
ポーズをきっちり言われた通りにキープして、目だけで梓の動きを追う。さっきまで普通に雑談していたのに、ライトが当たってカメラを向けられた瞬間に雰囲気が変わる。
真剣な姿が少しだけ虎徹に似ていると思った。虎徹は何に対しても真剣で、どんなことにでもまっすぐに向かい合って答えを出す。だからつい目で追ってしまうし、好きになってしまうのだ。そういう魅力が虎徹にはある。
スタジオを変え、衣装を変え、メイクを変え。
執事風の衣装で始まった撮影は、学生服、スーツ、ジャージ、結婚式のタキシードと梓のいるシチュエーションに合わせて変わっていった。
「はい、オッケーでーす」
順調に進んでいった撮影がようやく終わる。
「これで全部?」
「えぇ、男の理佳様の分はすべてです。ですので、ここからはTSしていただいて撮りましょう」
「えぇー、まだあるの?」
「今度は女の子になった状態で撮っていただきますから。ささ、ちょっとドキドキしていただきましょう」
梓の拳が両手から飛んでくる。理佳は後ろに飛び退いて距離をとった。
「あらら、冷静にかわされてしまいましたわ。ちょっとショック」
「僕だって虎徹のパンチを見てるから避けるだけならできるんだからね! へへん」
「簡単にTSしていただけると思っていましたのに、想定外ですわ」
そう言いながらも、梓はバッグから縄跳びを取り出す。
「ではロープワークしていただきましょう。心配せずともシャワールームがありますからいっぱい汗をかいても構いませんわ」
「梓さん、結構鬼だよね」
これも皆と遊びに行くため、理佳は自分にそう言い聞かせて、息が切れるまで縄跳びを飛ばされることになったのだった。
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